81 失敗
「ええ、本当に知らないのう?」
「だから知らないんですって、俺の住んでたとこには猫耳ちゃんはいなかったんで」
「うーん、僕は嘘を見抜くのが得意なはずなんだけどねえ……」
杖先が離れていく。話によれば、尻尾モフはドNGな行為らしい――それこそ恋人同士とかでもない限り。
んで普通は子供でも当たり前に知ってるんだと。そういう知識は予め教えといてくれよ神様よー。
「時空魔術なんてのを使ってるくらいだし、それこそ別の時間……或いは、別の世界から来たんじゃないかと思っちゃうなあ」
「時空魔術ってそんな珍しいんですか?」
「珍しいなんてものじゃないよう。僕が知る限り、今この世界で扱えるのは君だけだしねえ」
おっと激レア固有スキルか? 今んとこ単体に刺さるのがないから微妙に不便だが、まあ激レアなら悪くねーな。
「まさか魔族ではないよねえ?」
ハルティアさんが、にゅっと俺の顔を覗き込んでくる。近い近い。
魔族どころか勇者っすよ。
「魔力の質が少し人族と違う気がするんだよねえ。例えばユネの陣は、彼女の一族に古来から伝わるものらしいけど……それと似たようなものなのかなあ? でも、君の場合はまともに扱えたら御伽噺の魔術になっちゃうよねえ」
まともに扱えたら、ね。確かに俺素人だけど、これが限界って可能性はないのか?
「知ってる風の口調が気になったかなあ? ん、でも一応知ってはいるんだよう。''はるか昔に失われた魔術''として、ねえ」
ロストテクノロジー的な? いいねえそういうの。
「アヤト君、師は誰かなあ? 僕はその方面の名前には詳しいんだあ」
「師……?」
いません。なんて答えるか……マジでなんて答える……?
高名な魔術師の名前なんて知らないし、仮に知ってたとして、ハルティアさんと繋がっててもおかしくないのも確か。
――いや知ってた。高名な魔術師で、且つハルティアさんが知るはずのない存在。我が愛読書の主人公の師!
「魔術の師だよう。君の時空魔術、自分だけで鍛えてきたわけじゃないよねえ?」
「ああ、それならメティス先生です。メティス・エルス・トレスティア。ご存知で?」
よくフルネーム出てきたな俺。読みこんだ甲斐があった。
「……うん、やっぱり知らないなあ。まずトレスティア家を知らないし、エルスの持つ意味もわからない……爵位……ああ、トレスティアは地名かなあ? 過去に似たような地名があったような気もするよう」
顎に手を当てて歩き回るハルティアさん。すまんな。あんたにはわかるわけがないのさ。
「ん……にゃー……」
「お、ユネの目が覚めそうだねえ。さっきのことは黙っておいてあげるけど、これからはあんなことしないようにねえ?」
全力で頷く。もうあんな殺意向けられんのもごめんだしな。
一応勇者らしいが聖騎士には勝てる気がしない。
「……あれ、なんでアヤトの方が先に目覚めてるにゃ。なんか納得いかないにゃ」
「ふっふっふ、時空魔術師を侮るなかれ」
「ほらほら、気が付いたなら先行くよう」
「あ! 待つにゃ、一番乗りはぼくがもらうにゃ!」
ユネが全速力で駆け出していく。が、その前を半笑いで走り続けるハルティアさん何者だよ。運動は得意じゃないとか言ってなかったっけ? あれか、風魔術でバフ盛ってるとかか。
行く先に見えるは青く光る渦。と、横にある透明なのはなんだろ。薄いパネルみたいにも見えるが、これまた怪しげな……ハイテク風なのが余計に違和感を放ってるっていうか。
「にゃー、これ、何かにゃ?」
「多分これが地上への出口だろうねえ。――ふむ、乗るだけでは変化なし、となると操作はこれかなあ?」
ハルティアさんがパネルを少しいじると、渦の光が強まった。本当に出口なのか。
でも確かに入口もハイテク感あった気がする。
「よし、これで良さそうだねえ。アヤト君、冒険者証明書はあるよねえ?」
「え、あ、はい」
そういや俺はここまでだった。まぁ正直ハルティアさんのフレンドリーファイアはもう懲り懲りだしな。
こいつを翳すんでいいのか?
『認証完了。最高到達階を更新』
パネルに累計滞在時間やら所持エルやらが表示される。上手くいったっぽい……ん?
よく見れば全部エラー表示だ。バグってんのかね。ひとまず今は地上に出れりゃいいけど。
「じゃ、お世話になりました」
「元気でにゃー!」
「魔術関連で困ったらシレンシアの教会を訪ねてねえ。僕の名前を出せば取り次いでもらえるはずだよう」
二人に手を振って青い渦を踏む。
『転送先:地上・入口――』
少し緊張しつつ転送に備えていると。
『エラー:識別パスが一致しません』
……どういうこったよ。認証完了とか言ってただろ。
『エラー:管理者権限がありません』
『天の羽衣により記憶領域への介入を遮断しました』
待て待て落ち着け同時に話しかけんな。てか管理者権限はなくて当たり前だよな探索側だし。
んで記憶領域ってのはなんだ。それ参照しないと地上出れないとか? 迷宮側からのアクセスを勝手にブロックしたのか? ウイルスバスターアプリかな。例外登録が必要っすか。
「にゃ、様子がおかしいにゃ?」
「うーん、もしかして失敗かなあ?」
多分失敗だこれ。どうするか。
「一応僕が脱出使えるけど、目的を達するまでは帰るわけにいかないんだよう」
「アヤトも連れてくってのはどうにゃ?」
「いやあ……確かに戦えるけど、一般人を巻き込むのもあまり良くないよねえ」
あ、その点はお構いなく。勇者なので。
てかここに置いてかれても困る。ソロだと多分次の階くらいで死……待てよ? 死んだら生き返れるんだっけ?
「アヤトはどうしたいにゃー?」
「んー、二人の迷惑になるのもあれだし、ソロでテキトーなとこで死んで脱出するよ」
ハルティアさんの顔から笑みが消える。
「……いや、それはダメだよう。生き返るっていう情報もまだ確かじゃない。第一、生き返ったあとの君が君である確証もないしねえ」
「ま、聖騎士だからその仕組みを認めるわけにはいかないんだにゃー。死んでも生き返るなんてリフィスト様への冒涜、そんな非現実的な仕組みを信じてる冒険者たちもどうかと思うけどにゃ」
珍しくユネまで真面目な顔だ。てかそんな危険だったのかよ。生き返るのって普通なんじゃねーの? 他の迷宮は死ぬのか……まぁゲームじゃないしな。ソロで飛び込んだの今更になって怖くなってきたぞ。
「と、なるとやっぱり僕らと一緒に来てもらうのが良さそうだねえ」
「不安に思うことはないにゃ! さっきはたまたまハルティアが苦手な敵だったけど、大抵はぼくらだけでなんとかなるにゃ。アヤトは後ろで立ってるだけで大丈夫にゃ! ……多分」
や、俺も戦うけどね。てか立ってるだけだと(フレンドリーファイアで)死ぬから、最低限自衛はしないと。
「よーし、じゃあ気を取り直して進もうかあ」
「どんどん行くにゃー!」
再び二人に続いて、少し長い階段を降りる。
「おお、驚いたねえ」
「すごいにゃー! これ本物なのかにゃ?」
大量の草木に辛うじて道と言えそうな踏み場、そして僅かに射し込む木漏れ日。
俺らは迷宮にいたはずだが、間違いなく、そこは――
「森、だってのか……」
遠くに獣の鳴き声が聞こえた気がした。




