62 下級天使
おかしい。明らかにおかしい。
もう日はとっくに沈んでいる。ギルドで飲んだくれてた冒険者も、そのほとんどが宿に移動した。だがレルアは一向に現れないし念話も送れない。ついでに、さっき爆風とともに何か建物が崩れるような音がした。
……事件の匂い。
(レルア?)
ここ数時間で30回目くらいになる念話を送るも、やはり返事はない。そもそも、送っている感覚はあるが届いてる感覚がない。
気絶してるとか? でもレルアが気絶って……それこそ大罪と出会してでもないと考えらえないだろ。
「お兄さん、もしかして宿をお探し? さっき空きがでたから貸してあげられるけど」
「あ、いやぁ、大丈夫です。少し人を待ってて」
「そう? 最近物騒だから気を付けてね。夜間は聖騎士様も見回ってくださってるみたいだけど……」
物騒ってのは大罪のことかね。ただ『暴食』ならむしろ昼間に活動しそうだが。夜は屋台も閉まってるし。
とりあえず昼間レルアが行った方向に移動してみるか。念話って離れすぎてもダメらしいからな。
――って、あのローブは。レルアのローブだ。暗闇でもはっきりわかるあの白さ、間違いない。
一瞬しか見えなかったがまだ路地を曲がったばかりだ。走れば間に合う。
「おーい、レルア?」
息を切らしながら角を曲がると、レルアはまた次の角を曲がったところだった。
早速魔術結晶の加速使ってみるか? ていうか時空魔術にもそんな感じのがあったはず。そっち使ってみるんでもいいな。
……暴発とかしたらシャレにならんしやめとくか。どっちも一回目は何もないときに試そう。
が、なんとなくここで逃げられたらまずい気がする。明らかに様子がおかしい。
もういっそ空間ごと遅くするってのはどうだ。後ろからなら減速じゃなくても当たるはずだし。
さて、範囲を指定――
「――遅延!」
「――解――呪」
遠くに小さく遅延を無効化した光が見えた。ダメか。もう走れないんだが。
かくなる上はもうアレだ。レルアの目の前に直接転移するしかない。
「――聖雷!」
「どっわ!?」
突然目の前に金色の光。轟音。咄嗟に腕で目を覆ったがそれでもまだ眩しい。
石畳に煉瓦造りの家、ってなわけで引火はしてないだろうが……焦げるくらいはしてそうだな。てか地面抉れてるだろこれ。暗くてよく見えないがデコボコしてる気がする。
「おい、どうした! 今の爆発はなんだ!?」
おーやべえやべえ、そりゃ騒ぎにもなるよな。俺、逃げます。
逃げるっていうより追う側だった。幸いまだ追いつける。そう、時空魔術ならね。
「――転移ぉぉぉ!!」
一瞬でレルアの真後ろに出た。俺の勝ち! なんで負けたか――
「っ、忌々しき教会の犬よ……!」
教会の犬? 誰かと勘違いしてるのか?
っていうか口調違くないか。声も幼いような。
「土の精霊よ、我に従え」
ちょっと待て雷撃ってきたあたりから怪しいとは思ってたけどこれ確実に俺のこと殺しにきてるよねいやほんとすみませんダメマスターですみませんストーキングしちゃってすみま……
「彼の者を貫け――土鎖!」
ほら拘束じゃなくて貫きにきてるしな!? でもまだ死にたくないでござる!
「――置換!」
「――解呪」
土鎖の目の前に開いた空間は、ひび割れて、消えた。
「ちょ、ま、――遅延!」
鎖は俺の身体スレスレで減速、爆散した。衝撃でフードが吹き飛ぶ。月明かりに照らされた髪色は――
銀。
ってことは、まさかの人違い。嘘だろ? たまたま服が似てただけ?
……マジで?
「おや、聖騎士特有の嫌な臭いがせぬな……? どうやら、追手ではなかったらしいの」
「……サーセンっしたぁぁぁぁぁぁぁあ!」
全力スライディング土下座。膝あっつ。
てか口調違うどころじゃねえ。ガッツリ古風じゃん。
「ふん、苦しゅうない。顔を上げるがよかろう。にしても時空魔術とは珍しいの。童、何者ぞ?」
「あー、えーと、すみません、本当に、人違いで……。水嶋彩人……21歳……趣味はゲーム……です」
一瞬の間の後、銀髪の女性――よく見ると中高生くらいか――少女は笑い始めた。
「――くく、かっかっか! 面白いではないか。どうやら敵対する気もないらしいの。人違いは許す、むしろ本気の反撃を謝罪しようぞ。で、我のローブはそれほど探し人のものに似てたのかえ?」
「え、あー、似てるっていうかもうそっくりで……」
「ほう、驚いた! これは特注の――いや、待たれよ童。天使を探しているというのは真か?」
童って歳でもないんだけどな。っていうか俺そんなに色々喋ってないぞ。こいつ直接脳内を!?
「ああ、少し覗いたとも。気に障ったなら悪かったの」
「いや、気に障ったっていうか……ええとあの、こちらこそ」
「――伏せよ!」
体を屈めるよりも先に壁に打ち付けられた感覚。背中痛ってえ。何。何が起こった。
「童! 何でも良い、ここから逃げる術は!?」
「あ、るにはあるがまだレルアが街に」
「たわけが、そんなことを言ってる場合かえ! このままでは童も死ぬ!」
背後に爆発音、次いで何かが崩れる音。確かにヤバい。レルアはまだ念話も繋がらないし心配ではあるが、天使だし大丈夫か――いや本当に大丈夫か? 結構心配だぞ。でも確かに俺ここに残ったらワンチャン死ぬまであるよな。戦闘型の勇者じゃないし。
「早よせい! 死にたいか!?」
「うわ――転移!」
爆風にビビりまくってたら青い光が揺れた。くそ、集中できね――
*
「……あー」
なんとか成功したらしい。迷宮……城がぼんやり見えるくらいの場所に出た。っていうかなんか落ちた。見様見真似でも案外なんとかなるもんだな。
これ派手に失敗したら次元の狭間に取り残されるとかあんのかね。だとしたらちょっと怖いぞ。
「よくやったの、童。ついでと言っては何なのだが……そちの城に我を少し匿ってくれないかえ?」
「え、や、ついでって言われても」
黄金色のツリ目が、悪戯っぽく俺を眺める。
「あの巨大な城は童のものであろう? 何、我はこう見えても強い。そこらの魔物、冒険者になぞ引けはとらぬよ。間借りしている間はなんでも力を貸そうぞ」
いや、強キャラは間に合ってるんで。
「つーか、強いんならさっきの追手とやらもまとめて吹き飛ばせば良かったんじゃ」
「わかってないのう、童。街中で聖騎士と戦えば、街にも少なからず被害が出ようて」
「ははー、左様ですか。てか聖騎士に追われてたのか。うちにも聖騎士に追われてるやつがいるよ」
聖騎士っていつも何か追っかけてんな。休みなさそう。聖騎士なんて名前なのにブラックなのか。
「それは良い! 古来より、敵を同じくする者は同士と言うしの」
「はぁ……。ま、レルアにも聞いてみてだな」
って、レルアまだ街だったか。なんかの事件に巻き込まれてなきゃいいけど。
「街を出たときには、既に童の天使の力は感じなかったがのう。先に帰ったのではないかえ?」
「いやいやいやいや。俺に一言も寄越さず勝手に帰るようなやつじゃないから。ってかマジで何者?」
そういえば名乗っていなかったの、と少女は少しはにかみながら口を開く。
「我はリフィスト。下級天使のリフィストよ」




