52 死闘
「僕らは聖騎士だよう? 人の自殺を手伝う気分じゃないんだけどなあ」
「俺だって死んでやる気はねーよ」
今の俺なら、短時間の時間操作ならいけるだろう。前回は魔術名すら言わなかったせいで魔力切れを起こしたが、元々魔力量はそこまで少なくない。
いや、わざわざこの迷宮内の全てを歪ませる必要はないか。相手を遅くしちまえばいい。聖騎士と言えど、突然俺が速くなったように見えれば動揺するはずだ。その隙に圧空で――
「どうやら本当に逃げる気はないらしいな」
「馬鹿な奴だにゃー。ま、それがきみの信念っていうなら否定はしないにゃ。せめて苦しまないように殺してあげるにゃ」
「待ってよう、殺すのは勿体ない――繋檻」
「――遅延!」
地面から生えてきた黒い半球を、その生成速度を落とすことでギリギリ躱す。地面に縫い止めるのがメインっぽいし、下に注意しとけばいいのが幸いだな。
てか俺、この戦いが終わったら解呪覚えるんだ……。多分そっちの方が楽だし消費魔力も少なくて済む。
「得意な風魔術を使えば良いものを――土鎖」
「――置換!」
問題はこっちだ。どこから飛んでくるかわからないし、遅延だと結局刺さって多分死ぬ。
だから置換でテキトーな場所に空間を繋げて無理矢理弾いてるわけだが……
「っ!」
「にゃ、避けると余計な傷が増えるにゃー?」
数瞬前まで俺の頭があった場所にユネの拳。間一髪。つーかよく躱せたな今の。運3,420さまさまだぜ。
「――遅延!」
「に――ゃ――」
遅延の効果時間はそう長くない。この間に一人は圧空の餌食にする。
ルファスよりは大嵐野郎の方が楽に狩れそうだな。
「風は加減が大変なんだよう……僕は殺す魔術しか覚えてないからさあ」
「気にせず撃てばいいだろう? どうせ今までだって打ち消されてるんだからな」
「……ああ、それもそうだねえ! じゃ、僕も本気出しちゃおうかなあ――我は風の精霊に誓う」
風が啼いた。大嵐野郎の足下に小さなつむじ風が起こる。聖騎士がそうホイホイ本気出しちゃダメだろ。
素因の共鳴具合? っつーのかな。魔力の高まりみたいなのからしても、俺の魔術じゃ太刀打ちできなそうだ。そもそも俺は戦闘が得意な勇者じゃないし。
幸い詠唱は長そうだが、周りに張られた風の障壁のせいで干渉も厳しい。
となると、必然的にルファスを圧空で行動不能まで持っていかなきゃならないわけだが。
「――閃光」
「置――っ」
ルファスの指先から光が伸びる。左肩に衝撃。昔間違ってはんだに触ったときみたいな痛みだ。咄嗟に右手で確認したが、すぐに後悔した。
血は流れていない。一滴たりとも。
だからといって傷がないわけではなかった。
恐らくだが焼けて出血がないだけだ。なんか焼肉みたいな匂いするし。指を通す勇気はなかったがやけにスースーする気がするし多分貫通してる。無理無理無理マジで無理。痛え。考えると余計痛え。
「――閃光!」
「ぬ、わ、っ」
のたうち回っている暇はない。このままだとジリ貧だ。早いとこなんとかしないとマジで死ぬ。つーか肩が痛え。嫌でもそっちに気を取られる。
「――遅延!」
ルファスに遅延をかけようにも、あっさり躱されて終わりだ。一か八かではあるが時間操作を使うか。
運3,420を舐めるなよ、運ゲーは得意なんだ。
「おのれちょこまかと――聖浄」
こいつよりにもよって右肩に撃ってきやがった。まずい、躱しきれな……
……ん? 痛くない? そういやさっき大聖浄に巻き込まれたときもノーダメだった。
今しかない。
「効かねえな――時緩、減速!」
「何――――!?」
っしゃ運ゲー成功! 見たか運の力! 運を愛し、運に愛された男! そう! この俺こそは……
「水し――」
「――解呪、にゃー」
……は?
嘘だろ、なんでもう出てこれてる? 流石に早すぎるって。
あの場で圧空を使っていれば、と悔やんでももう遅い。次はどうすればいいんだ。
「ユネ、助かった」
「このくらい朝飯前にゃー」
いや、逆にチャンスと考えるべきか。今やつらは油断しきっている。俺の腰には邪竜剣。
勿論そのままじゃ届かない。だが置換を使えば?
「厄介な術だったけど、内側から解呪を使えば案外あっさり出られたにゃ」
「ふ、どうやらハルティアの魔術を使うまでもなく終わりそうだな」
口の中がカラッカラだ。この冷や汗も痛みによるものだけじゃない。
俺がしようとしているのは人殺しだ。
剣が抜けない。自分の生死がかかっているというのに。嫌になる。
甘えは捨てないと。大丈夫大丈夫。こっちの法律なんて知らぬ存ぜぬ、正当防衛ってやつだ。殺されそうなんだから殺しても過剰防衛ではあるまい。
殺るぞすぐ殺るぞ絶対殺るぞほら殺るぞ。
「――置換!」
多くの動きは必要ない。剣を握った手を大きく引き、そして勢い良く突き出す。
俺は首の皮やら肉やらを裂く感覚を想像して目を瞑った……が。
何か固いものに当たった感覚と共に剣が弾かれた。どうして。首周りに鎧はなかったはず。
「そんな弱々しい攻撃で――殺意も碌にこもっていない攻撃で、聖騎士たる我々に刃が通るとでも?」
「そもそもうなじには厚く防御結界が張ってあるにゃー。例えぼくが本気で刺しても、少し前のめりになるくらいのやつにゃ」
「……勝ち目なんて万に一つもなかったってわけか」
「そういうことだ。それ」
ルファスの声と共に剣が引っ張られる。
「これで貴様は丸腰というわけだな」
「面白い素材だにゃー、竜種かにゃ? こんなのどこで手に入れたにゃ……」
残りの魔力は大体強制送還一回分。運ゲーに勝っても解呪されるし何の意味もない。
「さて、最期に何か言い残すことはあるか」
最期、か。二度目の人生は短すぎた。もう一回くらい転生させてくれてもいいぞ。勿論職業は迷宮王、あとレルアも一緒にな。これはチュートリアルだったってことで。
「ちょ、ちょっと待ってよう。殺すのは勿体ないって……」
「ちっ、詠唱中に殺してしまおうと思っていたんだがな。まあいい。ユネ、ハルティアを押さえておけ」
「わかったにゃー」
ん……? ああ、やっぱりこの勝負俺の勝ちだ。
そもそもこいつらを殺す必要はなかった。
「どうやら天使は俺に微笑んだらしいな」
「リフィスト様が影の存在をお赦しになるはずがあるまい」
「ちげーよ、天使は天使でもリフィストじゃない――」
直後、あたり一面が眩い光に包まれる。
あ、もしや顔隠すためか。天使とか言っちゃったのまずかったかもしれん。
「――土鎖!」
「にゃ、この気配!」
「な、何故貴方様が……いや、違う。誰だ、一体誰なのですか!」
(マスター、この場で殺してしまっても?)
(あ……いや、待ってくれ。殺すのはよそう。これは完全に俺の我儘なんだが、レルアにも手を汚してほしくはない)
結局は自分の前で、自分のせいで、人が死ぬのが嫌なだけだ。例えそれが敵であっても。
ま、可愛い女の子を人殺しにしたくないってのがデカいけどな。魔物は良いが人は……。
(しかし、彼らはマスターを殺そうとしたのですよ)
(いいんだ。忘却だけ頼めるか)
(かしこまりました。では、そのように)
「我はミレイル。この世界の歪みを修正せし者」
「天使様あ、天使様なんでしょう!?」
「――忘却」
金属が地面に衝突する音。次いで、一行が地面にぶっ倒れる音。そういや忘却って一時的に昏倒するんだっけ。
丁度いい、シレンシアの方まで送るか。
「レルア、もう一つ頼まれてくれるか」
「なんなりと」
「こいつらを転移でシレンシアまで飛ばしてほしいんだ。地上までは俺が強制送還で送る」
「お安い御用です。地上で待機しておきます」
「ああ、頼んだ」
レルアは転移門を踏んで地上へ向かった。さて、あとは俺が魔術――を――
あれ――意識が。ダメだ、ここで倒れるわけ――に――は――




