46 大罪
三人称視点です。
「ふぁー……あ、と」
薄明かりの中に、大きな欠伸をする影が一つ。
「あーっ! アンタやっと死んだってワケ!? 待ちくたびれたんですケド?」
どこからともなく現れた少女が、影に向かって叫ぶ。
「またこんなところで何十……何百年? とにかく長い間過ごしたんですケド!」
「相変わらず頭に響きやがる声だナ。少しは抑えられないのカ?」
「何よ"強欲"、私に喧嘩売ってるワケ? 殺されたいならそう言ってほしいんですケド」
「落ち着きなって、"憤怒"。その様子ならまた俺が最後だろ? なら直に次が始まる」
結んだ髪を揺らして殺気を撒き散らす少女を宥めるように、影――立ち上がった少年が、二人の間に割って入る。
「ふん、それもそうなんですケド。次は絶対美少年とお近付きになるんですケド!」
「どうせまた殺してしまうのでしょう。ああ、哀しい。嫉妬は私の専門だと言うのに」
「うっさいんですケド……私に男を見る目がないって言いたいワケ? どいつもこいつも、殺されたいならそう言ってほしいんですケド?」
再び殺気を放ち始める少女を、今度は長身細身の男――女――漢女が宥める。
「まぁまぁ、"憤怒"ちゃん。次は良い出会いを見つけるんでしょう? そのためにも、しっかりおめかしシていかないとね!」
「……そうなんですケド。こんな奴に怒ってる場合じゃないってワケ。感謝するんですケド、"色欲"」
「アラ、お礼なんていいわよ。"憤怒"ちゃんはやっぱり笑顔が一番だもの!」
"憤怒"が去り、再びその場を静寂が支配する。時折聞こえる欠伸だけが、その場に時間の流れていることを確かにした。
しばらくして、地面が光り始める。
「やれやれ、もう始まんのか」
「いい加減"怠惰"を待つのも飽きタ。今回は一つ目標を決めないカ?」
「目標ってなんだよ。最後まで生き残った奴が自由にやれる、そういうことで今までやってきたじゃねーか」
「いつまでも"怠惰"の一人勝ちではつまらない……私もあの世界を長く楽しみたいものです。そういうことでしょう? 乗りました」
"強欲"の提案に乗り気なのは"嫉妬"。彼は腰まで伸びた髪をかきあげて言った。
「まァそういうことだナ。次の転送での目標ハ――世界を手に入れること、ダ」
「アラ面白そうね。つまりは世界中を虜にしてしまえばいいってことでしょ?」
"色欲"の言葉に、"強欲"は頷く。
「その通リ。例え"怠惰"――お前がただ契約者の寿命で死ぬのを良しとしていようト、我々のうち誰かが世界を手に入れればその時点で強制送還ダ」
「良いじゃん良いじゃん、俺さんせーい!」
「げ、面倒なのは嫌だっつの。俺はそーいうガツガツしたのは苦手なの」
"怠惰"は露骨に嫌そうな顔をするが、場の賛成の空気に肩を竦める。
「聞こえたんですケド! 世界を手に入れればいいってワケ? 余裕なんですケド!」
「決定ですね……では皆さん、良い現世を」
"嫉妬"がそう言うが早いか、地面が一層その光を増す。
次の瞬間には、そこに七人の姿はなく。ただ薄明かりと、半透明に揺れる地面だけが残された。
*
"色欲"は、雨の降る森を歩いていた。
既に契約者は決めていた。世界中を虜にする「絶世の美女」となる者に。
だが、先ほどからその未来が視えなくなっていた。
「不味いことになったわね」
運命の書き換え。それは、「世界の外側」からの干渉でもない限り起こり得ない。
"大罪"が運命を視ることが出来るのは転送後少しの間まで。今更代わりを探すことは難しいが、契約者なしでは世界は獲れない。
「……焦げ臭い……?」
"色欲"は、雨の匂いの中に焦げ臭さを感じる。それは目指す屋敷の方から漂っており、恐らく契約者と無関係ではないであろうことを意味していた。
自然と歩幅は大きくなる。進めば進むほど雨に混ざる焦げ臭さも強くなっていく。
すぐに道が開けた。視線の先には。
「……燃えて、る」
案の定、屋敷は天を衝くほどの劫火に灼かれていた。
"色欲"は、まず他の大罪による妨害を疑った。彼らもまた世界の外側の存在だ。運命を書き換えることは可能ではある。
だが、不可能だ。他の大罪の未契約の契約者を知り、尚且つ殺すなど出来るはずがない。
では、何故か。他の要因によって書き換わったのであろう。"色欲"には知る由もない。
「今はそれより救出ね――我、精霊に命ず」
"色欲"は半ば諦めつつ、防火の魔術を使って炎に手を伸ばす。
が、バチッという音と共に弾かれた。
「結界? 仕方ないわね――我、其の魔術の解呪を望む」
防火の魔術の上から結界を破壊し、燃え盛る炎を掻き分ける。
だが穴があいたのは数瞬で、すぐに結界は閉じた。
(これほどの使い手が、何故?)
屋敷の中に入ると、目の前の広間に倒れ伏す一人の少女。
彼女は――瀕死だった。恐らく、対・影の一族用の毒によって。
浄化は効かない。そもそも、一般人に無害なこの毒に毒消しは存在しない。
魂も弱っていた。今すぐ素因濃度の高い場所に移動せねば、仮に肉体が助かっても朽ちるのを待つ人形となるだけだ。
「困ったわね」
確かに目の前の彼女は花も恥じらう乙女に成長するだろう。その後には、見る者すべてを虜にするほどの絶世の美女に。だが、このままではもう長くはもたない。
契約は一度の転送につき一度きり。ここで彼女を生かす方法もないわけではない。
しかし、それをしてしまえばもう世界を獲ることはできないだろう。
"色欲"は考えた。そして考えるまでもないと気付いた。
"色欲"の本質は美の探求者である。世界よりも美しさを選んでこそ己だと。
「貴方、は……?」
「じっとしてなさい。それより一つだけ質問よ。アナタは――生きたい?」
僅かな沈黙。続いて少女のか細い声。
「意地悪な質問ね……例え生き残ってもいずれ私は殺される。だって私は――」
「影の一族だから? そんなことわかってて言ってるのよ。契約すれば、アタシはアナタを一生守るわ」
少女は力なく笑う。それは無理だという風に。
「じゃあ、試しにそこの聖騎士を三人倒してみてくれる? 勿論、私が死んでしまう前にね」
「……お安い御用よ」
"色欲"は少女を抱え、屋敷の外に出る。
「やっと出てきたか……っと、誰だ貴様! 止まれ!」
「悪いけど時間がないの。本気でイかせてもらうわね? ――我が魔力を大地に捧ぐ」
一瞬で勝負はついた。
いや、それは「勝負」ではなかった。
地面が――森ごと空間が消失した。
巨大な穴を背にして、"色欲"は少女に笑う。
「これでいいかしら?」
「ええ……ええ、勿論。貴方は一体何者?」
「"大罪"が一人、"色欲"のラビ。それじゃ、早速契約するわよ」
少女は力なく、差し出された"色欲"――ラビの手に触れた。
「我――"色欲"のラビは、汝――リフェア・ルル・イルートツェルンと大罪の契りを結ばん!」
風が巻き起こり、触れた互いの手の甲に紅く光る紋章が刻まれる。
「――願いは『美の凍結』!」
少女――リフェアの身体を、手の甲から伸びた光が包み込む。
「……っ、あれ、何も変わって……?」
「いいえ、アナタは今この瞬間から一切歳を取らないわ。代わりに、体内の毒も消えたはずよ」
「確かに、体が楽かも。ありがとう……えっと」
「好きでやったことだし、感謝しなくていいわ。それと、ラビでいいわよ。改めてよろしくね、リフェア」
リフェアは差し出された手を、今度はしっかりと握った。
「こちらこそよろしくね、ラビ」




