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【完結】転生ニートは迷宮王  作者: 三黒
余章

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259 墨涙

 結果的に、私たちのささやかな活動は上手くいかなかった……いや、現在進行形で上手くいっていない。

 彩人はどうしても諦めきれないみたいで、まだ試行錯誤を続けてる。DP的にもかなり損が出ているらしいし、そろそろやめてもいいと思うけど。

 

「まーた反対運動だとよ。ほら署名」

 

 ドサ、と紙束を置く彩人。亜人歓迎政策(仮)に対しては反対意見が多いんだとか。署名を集めたりしているのはまだ少数派だけど、それでも何となく皆亜人を避けてるような雰囲気はある。

 ギルド主体という形で交流会を開いても、双方参加者は少なめ。彩人の望んだ多種族パーティも、まだ数えるほどしか例がない。

 パーティ内の種族数に応じて、報酬が豪華になる仕掛けはしている。勿論大々的に告知も。それでも……問題は根深いみたい。差別の歴史は長いし、その分溝も深い。

 

 リフェアは、皆もっと仲良くすればいいのにと言っていた。私もそう思う。一部種族以外は即処刑ってほどでもないんだし。でも、そんな簡単な話じゃないんだろうとも思う。

 

 亜人の移住自体は順調に進んでる。亜人の探索者もかなり増えてきてる。

 ただ、街のあちこちで諍い――小さな衝突が起こってると聞く。残念なことに、亜人が街を歩いているのすら気に入らない人が一定数いる。

 そんな状況もあって、亜人も1箇所に固まってあまり外と交流は持っていない感じ。

 

「それじゃ、行ってくる」

「おう、頼んだ」

 

 リフェアと街に出るのも、最近は治安維持のような側面が強くなってきた。それ専門のゴーストも配備してるけど、数が足りていない。

 迷宮外で長時間活動できる、そこそこ強力なゴーストともなると、召喚にかかるDPも安くはないみたい。それをまとめる役割のレイスも追加で召喚してたし、迷宮の家計は火の車。 

 

「お姉ちゃん、あれ……」

 

 リフェアが私の裾を引いた。指さす先には、強い口調で互いを罵る人族と亜人。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそう。

 

「うん、連絡しとこう。一番近いのは……」 

 

 マップを開いて、見回りゴーストの場所を探す。運が悪いことに、少し離れた位置にしかいない。やっぱりもう1人くらい増やすべき。 

 アイコンをタップで連絡がいくので、あとは待つだけ。なぜ私たちも待機しているかというと、彼らだけで収拾が付かなくなったときのため。

 

「っ、この!」

 

 頬を押さえる亜人。一瞬目を逸らした隙に人族の方が手を出したみたい。

 と、亜人が背の両手剣を抜いた。人族の方も腰の曲剣を。これ以上は大変なことになる。

 一応、忘却(ヴァピル)の魔術結晶の使用は許可されてる。あまり取りたくない手段だけど、見回りゴーストがこれ以上遅れるならやむを得ない。

  

「そこまで。両者武器を下ろせ」

 

 バッグの中の結晶を握ったタイミングで、見回りゴースト――ヴァースが到着。ヴァースは彼らの中でも一番腕が立つし、私たちが出る必要はなさそう。

 

「なんだぁ? これは俺とこいつの問題だ、すっ込んでろ!」  

「悪いがそうもいかない。貴様のような存在を取り締まるのが私の仕事でね」 

「てめえも亜人の肩を持つってか? ハハハ、どう思う、お前ら!」 

 

 外野からまばらに上がる、人族に賛同する声。

 

「貴様らが何を(のたま)おうと、私の仕事は変わらない。この街の秩序は乱させん」 

「おうおうやってみやがれ! 俺はA級――」 

 

 次の瞬間、人族は組み敷かれて地を舐めていた。

 

「理解したか? 大人しくしていろ」 

「お前……!?」 

 

 この速度で、片腕だけでの制圧。ゼーヴェさんはまだまだと言っていたけれど、その滑らかな動きには一切の無駄がないように見える。

 

「だが関係ねえ! いずれ正義は執行される! 穢れた半人共が、精々――」

「――昏睡(スナイド)」  


 後頭部に掌を押し当てられ、意識を失う人族。

 その体を――重さを感じさせない動作で――肩に担ぐと、ヴァースが口を開く。

 

「さて、他に何か文句のある者は?」

 

 静まり返る外野。他に気絶したい人はいないみたい。

 

「行動には気を付けろ、当然亜人の貴様もだ。もし戦闘行為を行っていれば同罪、担ぐ荷物が増えていたところだった」

 

 亜人は俯いたまま、何も言わない。あと数秒遅ければ斬りかかっていた自覚があったのかも。

  

「では諸君。引き続きこの街を楽しむといい」 

 

 ヴァースは私にだけ分かるような軽い会釈をすると、去っていった。

 

「私たちも、行こうか?」

「……うん」 

 

 リフェアの元気もない。それも当然かな。差別の現場なんて、見ていて気分のいいものじゃない。

 

「リフェア、この前言ってた噴水を見に行ってみない?」 

「やった! 気になってたんだ!」 

 

 不自然に元気な声と満面の笑みを見て、間違えたかな、と思う。確実に、私に気を使っている。

 どうすればリフェアの気を晴らしてあげられるのか、私には分からない。今回の散歩で少しでも良くなるといいんだけど。

 

「大丈夫?」

「え? 私?」

「ううん、なんでもない。じゃあ、行こ」  

 

 リフェアには、こう少し大人びたところがある。普段は甘えたがりなのに、時たまこういった一面を見せる。

 この子を守ってあげたいと思う。この子を傷つける全てから。……それは私のエゴかもしれないけど。

 

 噴水広場まで歩く間、噴水付近で小鳥に餌をやっている間、帰り道、少し雑貨屋に寄る間、その全てでリフェアは楽しそうに振舞っていた。

 私は少しほっとしていた。返事をしたときよりは確実に元気になっているし。

 

「あ、れ?」 

「どうかした――」 

 

 振り向くと、リフェアが泣いていた。それもただの涙ではなく、真っ黒の、墨のような涙。


「違うの、ごめんね、心配しないで?」

「心配する。歩ける?」 

 

 いいや、この状態で歩かせるのも危険? どうすればいいのか考えて、脳裏を過ぎったのは彩人の顔だった。


「彩人を呼ぶ?」 

「ううん、平気」 

「その涙は? 今までに経験はある?」  

「ない、けど、別に危なくないと思う。ほら」 

 

 リフェアが拭った涙を見せてくれる。それは普通の水が乾くよりも早く、空気に溶けて消えた。

 確かに成分はリフェアの操る影に似ていそう。けどそれが涙として出るのは、多分異常事態。

 

 やっぱり彩人を呼ぼうと思って、通信結晶を探す。と、リフェアが影に潜って走り出した。仕方なく追い掛ける。

 本格的に息が上がるくらいの距離を走って(かなりの人数に怪訝な目で見られた気がする)、迷宮裏に到着。地面に座り込む。

 影から出てきたリフェアに声をかけようとするけど、呼吸に忙しくて上手く発声できない。するとリフェアの方から話しかけられた。

 

「お姉ちゃん、涙のことはマスターには内緒にしてね?」

「どう、して?」

「心配かけたくないから!」  

 

 また遊ぼうね、と言いながら再び影に沈むと、あっという間に見えなくなる。

 1人残されて空を見上げる。リフェアは何を恐れているんだろう? とにかく、彩人に伝えない選択肢はない。

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