235 ラティス
「よし、ここもこれで良しと」
一行はもう地下88階にいた。俺は俺なりに色々やろうとしてみたんだぜ。ただ十数分で何ができるってんだ。
「ほえ〜……すごいねえ、マコト。神様みたいだよ」
「はは、うん、そうかも。今そんな気分だ」
そんな気分だ、じゃねえよ。散々好き勝手しやがって。
(ラティス、そっちはどうだ?)
(駄目だな、全て弾かれる。小さい穴を作って――或いは見つけて――奪取を試みても、すぐに埋められるような状態だ。あの若者にそれほどの知識があるとも思えないが)
自動防衛機能を使われたか。無駄に優秀なだけあって、敵側に渡ると厄介だ。
(多分迷宮側の機能だな。……あいつらがもうすぐそこに着く。改めて準備しといてくれ)
(やれやれ。ああ、私からも一つ。下手に結界維持装置に触るなよ。侵入者として認識される恐れがあるし、そうなればいよいよ面倒なことになる)
(了解)
危ね。今からちょっと様子を見に行こうと思ってたんだ。
シルヴァがいればなんとかなるか、と思ってたがやめといた方が良さそうだな。こうなった以上なるべくリスクは避けていきたい。……そうも言ってられない状況になりつつあるが。
「あれ、誰かいるみたい」
「罠以外で魔物を見るのは初めてだね」
「またてめーらか。俺様を追ってきたのか? わざわざご苦労なこったな」
「っ、魔王!」
偽レイレスを見て血相を変えるエリッツ。当たりだ。直感を信じて正解だった。
「待ってよ、エリッツさん」
「止めないで、まーくん! お姉さんは――」
「止めはしないよ。でも、そんな偽者に本気を出す必要はない」
なん……なんて? 遂に無詠唱で解析を?
「ああ? 俺様が偽者たあご挨拶だな。まとめてブチ殺してやるよ!」
偽レイレスの手のひらに黒い霧が集まり始めた。そうだ、やっちまえ! 仮にも魔王の意地見せろ!
「――創造・解呪」
「ハ、生意気に解呪か。だがこれなら――」
「少し黙っててよ――創造・封言」
術が届く直前に、偽レイレスは左前腕の外側を裂き、その血で刃を作り出した。よし、なんとかなってる。
「やっぱり先に片付けないとか。エリッツさん、殺したいなら譲るよ。多分余裕でやれる」
「うん……じゃあ、お姉さんがやるね」
紫の瞳に殺意を宿し、無言で突っ込む偽レイレス。対するエリッツは先程とは打って変わって冷静に、それでいて正確に、光を纏った剣を振り抜いた。
「――聖斬!」
一撃だった。
腰を境にして二つに分かれた偽レイ/レスは、ご丁寧に元のデッサン人形に戻り、そして消えた。
「ほら、偽者だった。この分だと本物はもう死んでるかな」
「そんな……じゃあ、ここの管理者は……」
「真の黒幕、ってとこかな。シレンシアとも敵対してるらしいし。大方、戻ってきた魔王を自分たちで処分したとかだろう」
いや待て微妙に違うぞ名探偵気取り。つーか黒幕って何だよ何の黒幕だよ。
「で、でもでもなんで殺しちゃったんだろ?」
「そこは分からない。僕らを始末しきれなかったのが理由かもしれないし、ひょっとしたら衝動的に殺したのかも。ただ一つ確かなのは、黒幕――迷宮の王は僕らと戦いたくないらしいってことだ」
それに関しては当たりだが。平和が一番。
「こんな偽者で釣って、僕らを帰そうとでもしたのかな。君たちの恐怖が伝わってくるようだ。悪いけど、僕は止まらないよ」
畜生め。まあそうくるとは思ってた。
''あいつは俺らが殺っちゃいましたテヘペロっつって帰ってもらう作戦''もたった今潰えましたと。
「じゃあ、進もうか。シエル、エリッツさん、着いてきてくれるよね?」
「うん!」
「……うん。黒幕がいるなら、そいつも殺さなきゃ。まだ復讐は終わってない」
おお怖。なんか俺悪者にされてね? あれ?
そんなバチバチの殺意向けられるほど悪いことした覚えは……ない……と思う。思いたい。自覚はない。
「じゃ、行こうか。次は多分ボスだ」
そうだ、もう地下90階に着く。
(二人とも――)
(そう何度も連絡を寄越さなくてもいい。言われずともそう簡単にやられたりはしない)
(ええ、ロード。ご心配なさらないでください。シルヴァが秘密兵器を開発中だと伺いました。時間稼ぎはお任せを)
秘密兵器……? あの研究してるとか言ってたやつか。それでなんとかなってくれ。つーか間に合うのかね。やっぱ俺の方でも何か手を打つべきなんだよな。何も思い浮かばないが。
「ようこそ地下90階へ」
「死んだ女を従えてお出ましか」
「こんにちは。変なことを言わないでほしいね――創造・土裂」
いきなり地面がバッキバキに割れた。
「成程、お見通しというわけだ」
「うん、解析を使うまでもない。これで君の策は封じた」
ラティスは何か仕掛けていたらしい。当然だが自動修復も切れているようで、割れた地面が元に戻る様子はない。
「なら仕方がない、ゼーヴェ殿」
駆け出すラティスに頷きで返すゼーヴェ。だが既にゼーヴェの方にはシエルが向かっている。
「やあっ!」
「!」
避ける素振りも見せずに刃を受けた――と思ったが、もうそこにゼーヴェの姿はなかった。
「幻影か……!」
「ご名答。仕掛けが一つだけとは言っていない。幸いにして少し時間があったものでね、楽しんでいくといい――暗堕」
「小癪な――聖浄!」
辺りに闇が満ちる直前に、エリッツが聖浄を放った――が、それも幻影。
「はは、愉快愉快、勿論それも幻影だ。幻影が術を撃てないとでも?」
普通は撃てないはずだろ。どういうカラクリなのか気になる。
「――聖陽!」
「おやおや、どこを見ている。私は此方だぞ――雷裂!」
「――創造・土壁!」
闇が晴れたときには既に、ラティスがシエルの背後で杖を構えていた。マコトが土壁で上に持ち上げてシエルを逃がすが、左半身に火傷が広がっている。
「まだ作り物の肉体に慣れていないようだな! 赤子一人分では不足だったか?」
「っ、大聖浄!」
これも幻影。一体作るだけでもかなりの魔力と時間が必要なはずなんだが。
「また!? キリがないよ! もう一人もどっか行っちゃったし!」
「仕方ない。つまらないプライドで戦闘を長引かせたら、相手の思う壷だ。発言は撤回するよ――解析」
遂に解析を使ったか。
「そこだ――創造・雷刺」
「――闇壁!」
雷の弾丸は闇の壁に吸収されて消えた、が、互いの様子を見るにこれが本物か。
「マスターの言う通りだったな。貴様のそれは強力すぎる」
「お褒めの言葉をどうも――創造・雷裂・複式!」
「――闇壁、っ!」
今度は消しきれない。ちょうど周囲を覆うように展開された雷が、ラティスに容赦なく襲いかかる。
「二人とも、今のうちに北の壁際へ! 大聖浄でいい!」
「わかったよ!」
「了解!」
やっぱりゼーヴェの位置もバレてたか。この一体二は分が悪すぎるし、多分今術の仕込み中だろうから邪魔されるのはまずいな。
「っ、はぁ、良かろう。では次だ――炎よ!」
「っ!」
見覚えのある熱線。それ使えたのかよ……いや、多分まだちゃんと再現できてるわけじゃない。精度も含めて色々不安定だし、一発撃っただけでラティスの疲れ方が半端じゃない。
「これなら、消せまい? ――炎よ!」
「なら同等の魔術で打ち消すまでだ――創造・氷弾!」
大爆発。さっきのも当たってたらヤバかっただろうし、同じようなのをぶつけて相殺することにしたか。
「やれ、やれ。そろそろ、私も、限界だ。ゼーヴェ殿!」
「――闇の茨よ!」
「「――大聖浄!」」
エリッツとシエルの大聖浄は、真っ黒の茨のドームに阻まれて消えた。だが茨の方も無事ではなく、術を防いだ直後に崩れ去る。
ゼーヴェの様子は見えないが、無事であってくれ。
「――創造・聖雷!」
「――闇、壁」
雷の槍は、壁などものともせずにラティスの腹まで貫き、消えた。こっちは致命傷だ。
マコトは余裕の表情でラティスに手のひらを向け、口を開く。
「さっき、僕じゃ足りないとか言ってたね。まだ開ききっていないだけだ。喚び戻した存在は彼女たちの未来をも含む。信仰なんかで形だけ保ってるような歪なのとは質が違うんだよ」
勝ちを確信したかのようなマコトに、ラティスは満面の――狂気すら感じさせる笑みを返した。
「そうか、そうか。その驕り、こそが! 貴様の赤子たる所以だ! ――我が肉体を贄とし、彼の者に我が傷を与えん!」
「っ!」
マコトはその場から飛び退くが、遅い。もう術式は発動した。ラティスが倒れて消えたのが何よりの証拠だ。
『使い魔:ラティスが死亡しました』
んなことは見たらわかる。マコトは腹部を押さえて片膝を突いた。効いてればラティスと同じだけの傷があるはず。昔レイに使った術と同じだ。
「――創造・治癒!」
治癒だ。確かに風穴が空いてる。出血は止まったがそれだけならいずれ死ぬ。
…………これは、もしかしなくても、やったんじゃないか?




