173 捜索
第6.5章は誠視点です。123話の続きです。
魔族の街は思いのほか快適だった。この街の周りには凶暴な魔物が多く、龍牙とシエルはここで冒険者の真似事をしていたらしい。
異界の存在だからって邪険に扱われることはなかった。……むしろ歓迎された。仮宿として貸し出された場所も、街の中ではかなり大きな建物だったし。
最近は僕も冒険者業を手伝いつつ、ここを拠点にエリッツさんを探している。
「誠! そろそろ朝飯食いに行くぞ!」
「うん。ちょうど着替え終わったところだよ」
いつもの白シャツ白コート。この街に来た日は雨と泥の中で戦っていたけど、汚れは気付いたら落ちていた。
魔物の返り血を浴びたときだってそうだ。この服の汚れが勝手に落ちなかったことはない……ただの一度も。どういう素材でできているんだろう。
「――遅いぞ、無能」
「ルインに言われたくないな。いつまで経っても呼び掛けに応じなかった''遅すぎる''天使は誰だっけ?」
ルインは、この街に着いて数日してやっと顔を見せた。勿論、開口一番に悪態だ。
それ以来もずっとこの調子。多少は言い返さないとやってられない。
「何度も言わせるな、あれはお前が――!」
「はいはい。誰かさんと違ってルインは沢山魔力を持ってくから大変だな」
ルインは小さく舌打ちをして消えた。正直、やいやい言ってくるくらいならこの方がいい。
あのピンチの中ルインが助けに来なかったのは、彼女に言わせれば僕の魔力不足が原因らしい。確かに溜まったそばから解析に使ってはいたけど、それならそう言っておいてほしかった。
「おはよう! って誠、まーた喧嘩してたのか?」
「いや、そんなことないよ」
「本当かー? その割には、なんだかイライラしてるみたいじゃんか」
おっと、顔に出てたみたいだ。いけないいけない。
「おっはよマコト! あれ、ルインちゃんは?」
「この辺にいると思うよ。見えてないだけだ」
「えー、ここでは姿隠す必要ないのに! おーい?」
ルインは、シエルの呼び掛けにも応えることはなかった。まったく困った奴だ。
「うーん、仕方ない。俺らだけで行くか」
「ルインちゃんの分も買ってきといてあげるからね!」
本当は、天使には食事が必要ないらしい。だけどシエルみたいに、食事を娯楽として楽しむようなのもいるんだとか。
と言っても、ルインはそういうタイプには見えないし、買ってくる必要はなさそうだけど。……まあ、料理を選んでるシエルはいつも楽しそうだし、いいか。
「それじゃ出発しゅっぱーつ!」
「お、屋台街まで競走か? 負けねーぞ!」
「ちょっと待ってよ。走ると危な――」
「おお悪い悪い、創造・加速!」
龍牙は僕に加速をかけて走り出した。そういうことじゃないんだけど。
仕方ないから僕も走って後を追う。今日も曇りで、空気は冷たい。地面のぬかるみはマシになってきたけど、なんだかパッとしない天気が続いてる。
*
「ふー、食った食った。それじゃ依頼板見に行くか」
「美味しかったね! ルインちゃんも喜んでくれるといいなぁ」
シレンシアほどではないけど、この街はそこそこ規模が大きい。その分屋台の数も多いから、同じ味に飽きるなんてこともない。
シエルは肉まんみたいなものをお土産に選んだみたいだ。何の肉だかは分からないけど、そういうのにはもう慣れた。そもそもシレンシアにだって知ってる肉はなかったし。
「今日は街の北を探しに行きたいな。良さそうなのあるか?」
「んー……これとかどうかな? 指定場所が北の方で、内容も魔物討伐だけ!」
「おお、それいいな。誠はどうだ?」
「え、ああ。僕はどれでも構わないよ」
じゃあ決定、と龍牙はカウンターに向かった。知らない魔物じゃないし、解析が必要な場面はなさそうだ。
あれから擬態系の……シエルとかに化けるタイプの魔物には出くわしていない。この辺りにはいないのか、単に運がいいだけか、それとも一人のときにしか現れないのか。
あれの正体を見破れるくらいには解析の練度を上げておきたい。中途半端な解析の結果で下手に安心するのは危険だし、何よりもうあんな思いはしたくないから。
「マコト! 早く早く!」
「ごめん。すぐ行くよ」
もう手続きは終わっていたらしい。シエルに続いて外に出る……やっぱり寒い。特に手先の部分。今の革手袋とは別に、防寒手袋を買うべきかな。
シエルとルインは新しく防寒服を買ったらしい。もこもこの素材が暖かそうだ。シエルはどんな服も似合う。
「あれ、ルインちゃん! もしかして着いてきてたの?」
「違う、このまま依頼をこなしに行くんだろう。宿に戻るのでは二度手間だ」
「なるほどルインちゃん頭いい! それじゃはいこれ! まだホカホカだよ!」
シエルから肉まんを受け取ったルインは、そのままシエルの隣で食べ始めた。反対側に龍牙がいるんだし、後ろの僕の隣に来ればいいのに。まあ、三人横に並んでも困らないくらいの道幅ではあるけど。
「どう? 美味し?」
「……悪くない」
「良かったー! 好きそうだと思ったんだよね!」
立ち上る湯気、漂ってくるほのかな香りを嗅いでいると、まだ朝食を食べたばかりなのにお腹が空いてきた。……明日の朝食はあれにしよう。
街を出て少し歩くと、あちこちから魔物の気配を感じる森に着いた。嫌な雰囲気だ。
短剣の柄を軽く握る――こうするだけで、緊張が少しほぐれる。
「あれ? なあ、あれ姉さんじゃないか?」
「あ、ほんとだ! おーい!」
少し離れた場所で倒木に腰掛ける、鎧姿の女性。その背中は確かにエリッツさんに見える。けど。
「エリッツさんだとは限らない。僕らの知り合いに化けるような魔物がいるんだ」
「ああ、前のシエルに化けてたやつか。魔物図鑑に載ってないんだよなぁ。見分ける方法があればいいんだが……ってシエル!」
「エリ姉! どーん!」
大胆にも、シエルはその女性に後ろから抱きついた。相手があの魔物ならあまりにも危険すぎる。
「――創造・具現化」
龍牙は剣を作り出し、構えた。女性はまだ動かない。
「あれ? エリ姉? もしもーし? ――わわっ!」
女性は振り向きざまに大きく腕を振った。斬られた――いや、反応からして躱せた?
でも攻撃してきたのは確かだ。残念だけど、本物の線はこれでほぼ消えた。
「龍牙!」
「おう! 創造・加速!」
龍牙は僕が声を発するより先に動き始めていた。迅い。
「ちょ、ちょっとリョーガ! ストップ! ストーップ!」
「うぉおう!?」
けど、斬り掛かる直前でシエルに制止される。この短期間で乗っ取られた? でも体に傷は見えない。服が少し濡れてるくらいだ。
……濡れてる? どうして?
「三人ともごめんね、驚かせちゃった」
「えーっと、姉さん?」
「うん、お姉さんだよ! 正真正銘、本物の!」
エリッツさんは元気に笑ってみせる。襲いかかってくる様子はないし、ひょっとすると本物かもしれない。まだ油断はできないけど、そうであってほしい。




