159 非常用通路
「部屋……なんだよな?」
「勿論。これは前の利用者がこういう場所に設定しただけ。外に出たがらない人も多いし、こうして散歩したりする人も多いみたい」
どこまで続いてるんだ? 走り回ってたら突然見えない壁にぶつかったりしてな。
「……マスター、あまり遠くまでいかないで。鍵を持たないと遭難しかねない」
「そ、遭難?」
「うん。鍵さえあればどこからでも戻れるけど、うっかり失くすと出られなくなる」
おいおい恐ろしい部屋だな。だが恐ろしい以上にリアルさが凄い。迷宮の擬似空間と比べても遜色ないくらいだ。日光は勿論、草の匂いも頬を撫でる風も、室内のものだとは思えない。
「さっきのエレベーターもそうだが、ここだけ技術力が未来をいってないか?」
「未来というか、正確には過去。この建物自体が旧時代のものだから」
振り返ると、もう扉は消えていた。アイラは虚空に鍵を向けて何かを唱える。
――と、今までの景色も嘘だったかのように消え、突然真っ白で無機質な部屋に変わった。そろそろ驚かないぞ。
「あと、エレベーターだけなら空間魔術で似たようなのを作れると思う。というか、彩人は街の宿屋向けに作ろうとしてた。私は完成品を見ることはなかったけど」
「そ、そうか……帰ったら試してみるか……」
名前、俺の名前だ。ナチュラルに名前で呼ばれた。いや呼ばれたわけじゃない、俺じゃない俺だってのは分かるがムズ痒いというかなんというか。別時空の俺は名前で呼ばれてたのか。
「それよりマスター、結晶の準備はまだ?」
「ああ悪い、ぼーっとしてる暇はなかったな」
懐から先程と同じ魔術結晶を取り出す。またあのヤバいのにぶち当たるかもしれないが、とにかく''傲慢''の場所さえ分かればこっちのもんだ。
「必要ないと思うけど、周囲は警戒しておく。術を通して攻撃を受けたらすぐに中止して」
「オーケイ、いくぜ――起動せよ!」
波が広がっていく――反応あり――
――大ハズレ。あいつだ。
一瞬で鳥肌が立った。震えが止まらない。全身が危険だと叫んでいる。
……それでもさっきよりは余裕がある。まだ''傲慢''を見つけてないし、ここでやめるわけにはいかない。
だがいくら探せど''傲慢''は見つからない。……待てよ。気のせいかもしれないが、あのヤバい気配に''傲慢''のイメージが含まれているように思えた。黒は黒でも、これは色々なものが混ざりあってできた色だ。
有り得ないとは思うが、可能性はゼロじゃない。ひょっとして――
そのとき、黒い気配が俺を捉えた。意識がこちらを向いた。
『ああ――君か。助かるよ――君に――会いたかった』
頭の中に声が響く。念話とは違う。もっと直接的に、耳元で囁いているかのような――
『少しだけ待ってほしい――君の場所を――探しているから』
――すぐ隣にいるかのような。
「……っ! はぁ、はぁ」
俺はこの声を、この老人とも若者ともつかない声を知っている。確実に聞いたことがある――だがいつ、どこで?
「失敗?」
「失敗だ。多分、一刻も早くここから逃げた方がいい」
「同感。声は私にも聞こえたし、並の魔術師じゃないのは確実」
それってつまり、この古代魔術の障壁を越えてきたってことだよな。解析したにしても知っていたにしても、並の魔術師じゃないどころの騒ぎじゃない。
術式は強制的に中断したが、あの分じゃここを特定するのも時間の問題だろう。
「''傲慢''は今回は諦める。街の外を探してる余裕はないし、一旦帰って作戦練り直しだ」
「了解。転移ならここからでも戻れるはず」
「よし分かった。んじゃ帰るぞ――転移!」
……発動しない。ってか、素因の動きが阻害されてる感覚がある。
「魔術が発動しない? おかしい、そんなはずは」
「んー、参ったな。外に出てから試すか」
「……うん。建物内部に、新たに魔術妨害の結界が張られた可能性がある」
アイラが地面に鍵を挿し込む。床が抜けた。
「どわ!」
「これが一番早いから。でも――」
落ちたと思ったら床に寝そべっていた。俺は今確かに落ちてきたはずだよな、いや落下した感じはない……痛みもないし……浮遊感もなかったような……?
まあいい、この建物の面白ギミックは今に始まったことじゃない。問題はなぜかエレベーターに繋がらなかったってことだ。
「――どうして。ここは非常用通路のはず」
「場所は分かるのか?」
「……ううん。こんな仕掛けも知らない」
暗くて少し肌寒い場所だ。さっきまでの明るい感じとは正反対だな。
そして、人の気配がする。それもかなりの人数。今だって足音が近付いてきてる。
「お前たちは新入りか。無事で何よりだ」
横の道から出てきた、全身モフモフなやたら獣っぽい男に声をかけられた。同じ獣人でもユネとはかなり違うな。あいつはちょっと猫耳と尻尾が生えただけでほぼ俺らと変わらない姿だったが、この男は首や顔、腕に足まで全部毛に覆われてる。ガッツリ獣に寄ってる感じだ。
じっくり観察したいとこだが、あまり眺めるのも失礼だろうしやめておく。どうせ薄暗くて細部までは見えないしな。
「……あなたは?」
「俺はユント・ガ・ザッハ。保守派の幹部で、第三棟の管理者の一人でもある」
アイラが少し困ったような顔をしたのが見えた。
(どうかしたか?)
(知らないの。……彼のことも、第三棟という名前も)
(まあ、多少人の入れ替わりとかはあるんじゃないか)
(……そう、かも)
「ああ、名前が長くって驚いたか? ザッハっていうのは保守派の頭の名で、ガっていうのはその幹部であることを表す。俺の夜名はユントだ……っと、そんなこと話してる場合じゃなかったな。何か知らないか?」
「何か……って?」
アイラはしらばっくれてみせるが、心当たりはある。絶対あいつが関わってるだろ、あの大罪。障壁を越えてきたわけだからな。
「ほら、いきなりこんな場所に飛ばされただろ。どうやら結界が一部破られたらしいんだ。国に知られたとは思いたくないが……。現代の魔術では修復に限界があるし、上はここの放棄も考えているらしい」
うわ、やっぱ100パー俺らのせいじゃねえか。アルデムに頼めばなんとかしてくれそうだが、迷宮の守りはほぼあいつに任せてるからなあ。あまり長時間出てきてもらうわけにもいかない。あとで詫びの簡易結界でも持ってこよう。
「まあとにかく、何も知らないなら今は逃げた方がいいな。新入りにできることは少ない。ここを真っ直ぐ行けば第四地下倉庫の脇に出るはずだ。それじゃあな!」
「ど、どうも」
ユントさんは軽く手を振ると、忙しそうに走り去っていった。ええと、第四地下倉庫だったか?
(そんな地下倉庫も知らない。ここは私の知ってる場所じゃないみたい)
(……マジか)
(でも、そこまで行けば外に出られるはず。魔術機構が止まっているのは、本部と本部に接続する通路だけだと思うから)
(っし、ならとりあえず進むか)
ユントさんの言った通り、ひたすら真っ直ぐ進み続ける。……何か嫌な予感がする。当たらなければいいんだが。




