121 疑念
「俺は長に話を通してくる。住民に見つかれば混乱は避けられないし、お前は厩舎の裏を回って客屋に向かってくれ」
「客屋? いや、確かに客……か……」
「客ということにしておけ。下手に表に連れていく方が、より面倒なことになりかねん」
「――それもそうだな。客屋の方は人も少ない」
村は木製の柵で囲まれていた。けど、なんだか貧相な作りに見える。さっき戦ったムカデでも簡単に壊せそうだ。
入口で痩せ型の魔族と別れる。ガタイがいい方に連れられて裏道のような場所を歩いていくと、一軒の平屋の前に出た。
なんだか全体的に活気のない村だ。静かだし、広さの割に人が少なすぎる気がする。ここまで歩いてくる途中も、誰かに出会うことはなかった。
「げっ、埃が積もってやがる。酒もあるが……飲めんのか、これ?」
男が何か呟くと、部屋中のランプに火が灯った。かび臭いせいもあってか、どこか暗い印象を受ける部屋だ。
中央に大きなテーブル、周りに丸椅子が数脚。そして酒瓶や――よく分からない置物が置いてある箪笥が一棹。
他には何もない。けど、少なくとも拷問部屋には見えない。
「まあ座れよ……あー、名前なんて言うんだ?」
「あ、はい。ええと、誠って言います」
「マコト、か。異界の名前は面白れー響きなんだな。俺はネァハ。古い言葉で大木って意味らしい」
大木。名前負けしない体格だと思った。
「それでマコト、これ飲むか?」
「ええ……いや……遠慮しておきます」
「案外美味いかもしれねーぞ? 何の酒だかもわかんねーがな!」
ネァハは豪快に笑うと、木彫りのコップに薄緑色の液体を注ぎ始めた。丸々テーブル一台分離れているからか、こっちにはかすかに甘酸っぱい匂いが漂ってくるだけだ。
「ん! んん……? こいつは……美味くはねーが……不味くもねーな」
うん。やっぱり遠慮しとこう。僕らにだけ効く毒とかも入ってるかもしれないし。
「飲み物はこいつだけか。水を汲んできてーとこだが、ここでお前から目を離すのは不味いんだよな。一応注いどくから、気が向いたら飲んでくれ」
「あ、いえいえ、お構いなく!」
「いーんだよ、別に俺の酒じゃねーし」
ネァハはもう一つコップを出すと、そこに酒を注いで僕に渡した。香りは良い。ちょっとそそられる……けど、やっぱりやめとこう。命には代えがたい。
「あー、でさ。回りくどいのは苦手だし単刀直入に聞くんだが……お前は戦争しに来たのか?」
ネァハが真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。
「……え? いや、違います! 僕は、ただ――」
――ただ、なんだ? 正直に転生……召喚された勇者だって告白しても許されるはずがない。
けど、魔界に来る理由なんてそう多くないはずだ。というか、普通はない。許可を得なければ扉の近くまで行けないようになってたし、興味本位では通れないようになってる。観光目的とかで簡単に来れる場所でもないってことだ。
「まあ、言いにくいならそれでもいーんだけどよ。長には嘘つかない方がいーぜ。絶対バレるからな」
「は、はい……」
会話が終わり、居心地の悪い沈黙が場を支配した。時折ネァハが酒を呷る音以外は、全くの無音。
コップの中の微動だにしない水面を眺めつつ、言い訳を考える。……何も浮かばない。やっぱり捕まった時点で詰んでるんじゃ……。
しばらくして、扉が開いた。入ってきたのはさっきの痩せ型の魔族と――仙人みたいな老人。腰は曲がっていないし、眼光は鋭い。背丈は僕と同じくらいだけど、なんというか威圧感が凄い。
「ネァハ! 客人用の酒を勝手に開けたか!」
「い、いーだろ別に! その客人が来てんだから!」
「全く貴様は! ……まあ、今は酒などどうでも良い」
僕の正面――今までネァハが座っていた場所に、今度はその老人が座った。空気が張り詰めたのを感じる。少しでも動けば怪我しそうな、空気そのものが刃になったかのような。
「――異界からの客人よ。イメェスの――害虫の駆除は貴様が行ったのか?」
「が、害虫?」
まさか、あれが? 害虫というよりは、もっと凶悪な……
「人を模した上半身を持つ魔物だ。互いに喰らいあって死んでおったぞ」
「多分、僕、だと思います……」
「そうか。だが一人でやったようだな。共に来た仲間はどうした?」
――出た。皆の居場所なんて知らない。けど、答えなければ拷問だ。最悪だ。
「しっ、知りません! 本当なんです、僕は、扉をくぐったときに皆とはぐれて、それで」
「――良い。大体の事情は想像がつく。大挙して押しかけて来なかったということは、戦争より対話を選んだということ」
……対話? 話が読めない。
「まあ、私は今更謝罪など受け取る気にもならんがな。融和は難しいだろう。王がどう考えるかは知らないが、時間が経ちすぎた……あまりにも長い……」
老人は目を閉じる。やっぱり話が読めない。融和? でも、それならそれでいい。僕らは無理して魔王を殺す必要はない。
そもそも、なんで殺す必要があるんだ。
「……異界の歴史はどうなっている? どのような経緯で、此度の試みへ至った?」
歴史? そんなもの知らない。僕はそもそもこの世界の人間じゃない。
「歴史……は、よく分かりませんが、魔界には魔王がいて、人族とは別の魔族という種族が住んでいるという説明を受けました」
「魔族! 魔族か! 随分と差別的な名だ!」
何かまずいことを言ったかもしれない。魔族は魔族であることに劣等感とかあるのかな。わからない。僕はこの世界のことを何も知らない。
「異界ではそう教えているのか? 我々が、数多の魔物を従えし、邪悪な魔王の眷属であると? とんだ歴史の改竄だな。魔術に長けた我々を恐れ、このような場所に放逐したのは他ならぬ異界の民だろう!」
魔王は邪悪じゃない? 魔族は魔王の眷属じゃない? 魔物を従えていることすら違うって?
それに、放逐……? わけがわからない。王様は僕らに嘘をついていた? それとも、王様自身も何も知らなかった? 或いは、この老人が嘘を?
「……いや、貴様は何も知らないのだったか。確かに魂の形が我々とは少し違っているな。なるほどその疑問の数にも納得がいく――大方、嘘を吹き込まれてこちらまで来たのだろう。融和の使者に無関係の第三者を使うか」
老人は再び目を閉じ、唸った。
「何千年も前からの確執を解く貴重な機会だ、王に会うというのなら止めはしない。だが、これだけは覚えておけ。我々も人族だ。貴様らと同じ、な」
人族……でも、明らかに向こうの人たちとは違う。何より角が生えてるし。
でも、もし老人が話していることが事実だとしたら? 悪いのは僕ら、というか向こうの人族側になりかねない。勇者に正義なんてないことになる。
……何を以て正義とするか、によるけど。向こうの世界の利益を正義とするなら、このまま魔王を殺しにいくのは何も間違っていないかもしれない。
まあ、戻ってこのことを話したところで、いい結果になるとは思えない。洗脳されて送り返されるか、処刑されて新しい勇者を召喚されるかってとこだろう。
「――そして、貴様の援助をするほど私は異界の民を赦せん。野垂れ死ねばそのときだ。貴様自身の力で、王城を目指すと良い。……話は終わりだ。ネァハ、客人をお送りしろ」
「……ああ。ほれ、行くぞ」
来たときと同じ道を通って、村の入口に戻る。生きて帰れる喜びよりも、もっと別のことで頭がいっぱいだった。
魔王を殺したら、向こうの人たちは侵略を始めるのかな。長もネァハも痩せ型の魔族も、別に悪い人には見えなかった。聞いていた情報とは大きく違っている。そういう意味では、長の言葉――同じ人族というのも信じられる。
……僕は、向こうの人たちだけのために動く気はない。どうするかはあとで考えるとして、まず魔王に会ってみないと。




