119 ゼーヴェ・アーゲンデルト
「わ、っと――危ないんですケド」
ラステラはゼーヴェの剣を宙返りで軽々躱し、着地までの間に地上に何本もの小型熱線を降らせる。
つい先程までの疲れきった様子はない。左肩から先の結晶部は、今や眩しすぎるほどに光り輝いている。
「……なんで正面から受けてまだ生きてるワケ? 面倒なんですケド」
「――踊れ、嗤え、そして貪れ――」
どうやら、ゼーヴェは魔術障壁か何かを展開して熱線を防いだらしい。
「――崇高なる闇の支配者よ!」
真っ黒の何かがラステラを囲んで、噴水のように噴き出す。リフェアの影にそっくりだ。量も勢いもリフェアのものには及ばないが、その分何かアレンジされてるようにも見える。
「まさか影の一族ってワケ!? でもこんな小細工、何の意味もないんですケド!」
ラステラは腕の一振りで粘土のような――というよりは乾留液のような、粘り気を増した影の膜に穴を開ける。
だが、影はそのままラステラの体にまとわりついて離れない。
「はあ? 動きづらいし、イライラするんですケド!」
「私は拘束系の魔術が得意でな――繋檻」
ゼーヴェは、影と格闘するラステラの上から更に漆黒の繭を被せにいった。
ラステラは繭の方には見向きもせず、無抵抗で飲み込まれる。繭が完全にその姿を覆い隠しても動きはない。
「聖なる光よ、此より広がり魔を祓え――」
おいおい。レイスなのに聖浄、それも高位のやつなんて使っちゃって大丈夫か。
……案の定大丈夫ではないらしく、魔力を練っている段階で既に掌が焼けてる。
「――よ――宿りて――と成せ――」
「――大聖浄!」
大聖浄が発動して爆発を起こす頃には、白い炎は腕まで移ってとんでもなくヤバいことになってた。すぐに解呪で消して治癒したお陰で、治りは早そうなのが救いか。
ラステラ側も何か詠唱していたようだが、漆黒の繭は派手に弾け飛んだし、あれは避けようがないはずだ。腕を犠牲にした甲斐はあったってこと――
「――全っ然効いてないんですケド!!!」
上から熱線。ゼーヴェは躱しきれずに数本食らった。
「何を終わったみたいな顔してるワケ? アンタの大聖浄なんて毛ほども痛くないんですケド?」
嘘だな。ギリギリで加速して避けたみたいだが、大聖浄が当たった部分はしっかり傷が残っている。膝と脛の爛れてる部分は、今の爆発で負った火傷だ。
「――ならばもう一度食らわせるまでだ。私とて大罪の弱点くらいは把握している」
「はっ! レイスごときが調子に乗らないでほしいんですケド!」
次の瞬間には、ラステラはゼーヴェの背後を取っていた。疾い。今までにない速度だ。これがラステラ本人が使うラステラの肉体か。
「――焼き尽くせ!」
「――聖盾――っ」
咄嗟に盾を出して守るが、ラステラの炎は前方だけに収まらなかった。
「まさか上がったのが速度だけだと思ってたワケ? 超ウケるんですケド!!」
「――闇鎖!」
「そんな遅い鎖、当たるはずないんですケド?」
「――治癒」
なるほど治癒のための時間稼ぎか。だが治りが遅い。聖浄の火傷はすぐ治ったのに。
「――闇の茨よ、隔絶の茨よ! 深淵より出で、その体に魂を宿せ! 我が腕を贄とし、我が命に従え!」
「そんな低練度の複合魔術なんて怖くないんです……ケド……?」
詠唱終了と同時に、ゼーヴェの焼け焦げた右腕が消失した。治癒で治らないと判断して捨てたのか。だがそのせいで出血が酷い。そして多分めちゃくちゃ痛い。見てるだけでも痛い。
と、先程の影が棘を纏って復活する。それらはまるで意思を持っているかのように、バラバラにラステラに襲いかかった。
「なっ……ちょ……面倒なんですケド!」
重力を無視して四方八方から向かってくる影の相手は中々に大変そうだ。一本一本熱線で撃ち落としてるが、キリがない。
しかも、影は燃やされて数秒後には復活した。
「――炎の蛇は灼熱の渦に身を投げる!」
鞭のようにうねる炎の蛇が、影の茨を燃やしにかかる。だが影の復活ペースは落ちない。
燃やすのにもエネルギーを使うらしく、対する炎の蛇はどんどん小さくなっていく。
「――其の闇は冠を象る――」
ゼーヴェは止血もそこそこに、新たな詠唱に入った。素因の震えからしてかなり強力なやつだな。多分勝負を決めにいってる。
「――其の闇は黒衣を飲む――」
「ねえ! アンタは悔しくないワケ!? ウザったい攻撃ばっかだし、もう私一人じゃ厳しいんですケド!」
ラステラがレイ――恐らく――に向かって叫ぶ。
「――されど、其の闇は器を作らぬ――」
「そう思うなら、もっと、脳が沸騰するくらいキレまくってほしいんですケド! 私の、そしてアンタの勝利のために――」
ラステラの周囲に黒い霧が出始めた。だが、レイに使ったものとは全く別物な気がする。
そもそも、まだ詠唱が終わっていない。
「――顕現せよ、闇霊の心臓よ!」
「――消し飛べ!」
――轟音。鼓膜が破れるかと思った。
突如として出現した巨大な黒球が、ラステラを押し潰すようにして包み込む。
ラステラから放たれた純白の光線は、そのブラックホールのごとき黒球に飲み込まれて、消えた。
少し経っても、黒球は沈黙したままだ。ゼーヴェは残った片腕と両膝を地について、肩で息をしている。
「理に触れたな、レイスの童」
「うおリフィスト、いたのか。それよりゼーヴェがどうしたって?」
「ふむ……あれは恐らく、精霊王の核を擬似的に創り出したモノであろう。闇のそれは、一般的には災厄を呼ぶとされているらしいの」
これまた凄えのを作ったもんだ。
「詠唱を聞くに、あえて不完全な状態で止め、純粋な力として創り出したようだが……精霊王の心臓など一個人が創り出していいものではないからのう。本来なら、対価として己の全てを捧げても失敗に終わるはずよの。それを可能にしたのは迷宮の素因濃度の高さが故か、はたまた……」
そんなの作って大丈夫なのかよ。ゼーヴェは強いが、それでも普通のレイスの域を出ないはずだろ?
「うむ。まあ駄目であろうな。レイスの童の肉体はもう長くは持たぬ」
「マジかよそれを先に言ってくれ! 待ってろゼーヴェ、今助けに――」
「やめておけ童。人の形を保っているだけでも奇跡のようなものであるぞ。何をしてもレイスの童は助からん」
……そんな。
「何を悲しい顔をする? どうせ復活するのであろ。違うかえ?」
「あ、ああ。そうだった……」
そうだ。別にマジで死ぬわけじゃない。すっかり忘れてた。ここは迷宮内だからな。
――と、黒球が派手な音を立てて割れた。ゼーヴェもその場に崩れ落ちる。確かにもう限界って感じだ。
ラステラの側は……レイと分離していた。っていうか動いてる。レイは気絶してるみたいだが、ラステラには動けるだけの力が残ってる。まずい。
(レルア! 今から地下40階に向かってくれ、俺も行く!)
(了解しました)
「童が行く必要はなかろ」
「いや、俺がここで座ってるだけってのはなんか、ほら、違うだろ」
「ふむ、そういうものかえ」
一応近くにあった紅蓮刀を引っ掴んで転移門を踏む。
「……アンタがマスターってワケ?」
「いかにも俺がマスターだ」
やっぱ殺気立ってる大罪って弱ってても怖いな。レルアももう着く頃だと思うが……。
「はあ……認めるんですケド。今回は私の負けってワケ。契約もここで破棄するんですケド」
「おう、そうか! 話が早くて助かる。ま、ここで死んだところで上で復活するけどな」
「はあ? アンタはそうでも、私はそうはいかないんですケド。まあ詳しいことは色欲にでも聞けばいいと思うんですケド――」
ラステラが目を閉じると、その体は細かい橙のガラス片のようなものに変わり始め……数秒で完全に消えた。消え方が他の魔物と違うし、もしや大罪は復活できない……のか?
「マスター、レイは死ねば復活します。叛逆者はここで……地下51階以降で殺しておくべきかと」
ああ、ラステラが消えたから魔術が解けて、肩の結晶部分が消えたのか。早いとこ止血しないと、というか止血しても間に合わない気がする。
「……ろ、ロード……」
「ゼーヴェ! どうした?」
ゼーヴェもかなりヤバそうだな。今にも死にそうな雰囲気だ。……まあリフィスト曰く何しても無駄らしいが。
「勝手な願いであることは承知しておりますが、どうか、レイの記憶を消して……平和に暮らせるように……していただけませんか……」
「ゼーヴェ、分を弁えなさい。貴方の息子だとしても、叛逆者に変わりはありません」
「いや……本来ならそうすべきなんだろうが、レイがこうなったのは八割方俺の責任だ。ここはゼーヴェの意見を採用したい」
「ロード! ありがとうございます……! このご恩は、必ず……!」
そう言うと、ゼーヴェの姿は塵となって消えていった。
まあこれはせめてもの罪滅ぼしだ。ひとまず止血しないと。別に無理に殺さずとも、傷治して記憶消して上に送ればいいだけだし。
「――遅延――時遡」
「……申し訳ありません。差し出がましい真似を……」
「いやいやレルアが謝る必要はないってマジで!! 普通はその判断が正しいし、迷宮王としてはそうするべきだった」
だが、無理だ。甘すぎる選択な気もするが、俺にレイを殺す権利はない。
「それで、ええと……その、レイの記憶を消してもらうことってできるか?」
「勿論です。お任せください。不自然にならないよう、忘却ではなく改変を使用します」
「ありがとう、頼んだ」
さて……これで全部終わりか。今回は楽しくパーティする気にはなれないが、ゼーヴェとカインは特に頑張ってたしな。復活したら何か美味いもんでも贈ろう。
次回から第4.5章です。




