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33 距離感微妙な話し合い


 アスターの腕を握ったネクは、仏頂面で睨むようにアスターを見下ろしていた。

 それなりに長身のアスターだが、そんな彼でも目線を上げないとネクと目が合わない。長身だが細身のアスターと、長身でぎっしり筋肉の詰まったネクでは隣に並んだだけで圧が違う。

 アスターの腕も細くはないのに、ネクの手の平にしっかり収まっていた。


「話って……」

「……」


 ネクは無言でアスターから小麦粉を取り上げて、材料の並べられているテーブルに置いた。


(……なんか言って!?)


 誤爆しない為に大事な事だが、何か言って欲しい。

 アスターは無言の圧に負けないよう、菜箸を握りしめた。


「あの、これから炊き出しが始まるのですが」

「勿論だ。終わってからでいい。その間、俺も手伝う」

「えっ」


 当たり前のようにそういわれて、アスターは驚いた。

 無精髭に仏頂面の大男は迫力がある。動き回る所為かいつも小汚く、今回一番洗浄されたのは彼だ。アスターは何度か彼と清潔について口論した。決着が着かず、間に入ったフィストが強制洗浄した事すらある。


 そんな彼に、炊き出しのイメージがなかった。

 しかし驚いたのはアスターだけだった。


「あらネクちゃんも手伝ってくれるの? 助かるわぁ」

「えっ」

「ネクちゃんこっちね。スープの盛り付けをお願いね」

「えっ」

「自分基準で盛り付けて大盛りにしちゃダメよ。ちゃんと均等にね」

「えぇっ」


 わらわらと集まった女達が、当たり前のようにネクにおたまを持たせて鍋の前に誘導しエプロンを着せた。女達はその隣で同様におたまを持ったり追加の材料を切り始めたりしている。

 いつの間にか、アスターとネクは並んで給仕する事になっていた。


「えっ」


 戸惑うアスターの声は、誰にも受け取って貰えなかった。


 その後、炊き出しを受け取る人々は、仏頂面と並ぶ宇宙顔をする美貌の男を二度見した。

 ちなみにフィストは通り過ぎるだけで全く反応してくれなかった。


 そして二人は炊き出し終了後、二人並んで畑の柵に寄りかかっていた。

 手には、二人分のうどん。


 せっかくだからちゃんと食べなよー! と気を利かせた女達から持たされたが、これから話をするというのに二人並んで麺を啜っていた。


 フィストが念入りにコシを入れた麺はもちもちしていて、喉越しもよい。温かなスープも具だくさんで、鶏の出汁が利いている。

 美味しいのだが、まったり味わってはいられなかった。

 アスターは相変わらず宇宙を背負った顔のまま、麺を咥えた。


「まずは、礼がしたい」

(あっこのまま話すのか!)


 麺を咥えた所で切り出され、啜る事もできずうっかりその体勢のまま固まった。


「お前の采配のおかげで、妹と姪……村の人達も皆、回復する事ができた。助かった……ありがとう」

「……っ」


 真剣な声音に、アスターは真面目な顔でゆっくり頷いた。頷いたついでに、なんとか麺を噛み千切る。うっかり唇も噛んだ。


「俺はお前のいう、清潔感の意味が分からなかったが……結果から見て、大事な事だとわかった。床の汚れは今までそこまで気にしてこなかったが、手洗いうがいと掃除だけでここまで差が出たのだ。これからも、気を配る事にする」

「うん、それは。本当に気を付けてくれ」


 アスターが自分の中の清潔感が村人達とズレがあると知ったのは、村に挨拶をしてからだ。


 フィストは元々掃除洗濯が苦手だったので散らかっていたが、ルミネが排便で汚すので一生懸命洗っていた。出会ってすぐ家の掃除を引き継いだので気付かなかったが、ここでは清潔を保つという概念がそもそもない。


 アスターも自分が何故、そうする事で健康が保てると知っているのかを知らない。しかし知識に対する確信があった。

 やらなければ皆死んでしまう。その確信も。


 暫く、二人揃って麺を啜る音だけが響く。

 炊き出しのうどんは成人男性の胃には少なく、あっという間になくなってしまう。スープを最後の一滴まで飲み干して、最後にほっと息を吐きだした。

 ネクは、そのまま秋雲の広がる空を見上げた。


「……スートは……妹は、魔物に襲われて、足が悪くなった。怪我の所為もあるが、身体に瘴気が残って弱くなった所為もある」


 だから今回も、他の人より回復が遅かった。

 今では回復しているが、一番回復が危ぶまれたのは彼女だ。

 その妹が無事に回復したというのに、ネクの表情は暗い。


「魔を宿す魔物の攻撃には、瘴気が含まれている……その瘴気が身体に入ると、衰弱して死んでしまう……」


 だから魔物と戦うときは一撃も食らってはいけない。

 魔物の肉を喰らうと耐性が付くと言われているので、魔物の肉は需要が高い。それもあって戦う男達は、倒した魔物を必ず食す。


 根拠のない、村の迷信だ。

 だがネクはそうしていたし、他の男達もそうだった。その成果あってか、瘴気を感じた事はなかった。


 しかし村の娘達は違う。

 戦わない娘達は、魔物の肉を食わない。困窮しているときは手を出すが、そうでないとき、魔物の肉は男達の食材だった。


 根拠も確証もない。

 けれどその差が――明暗を分けたかも、しれない。


「俺の妻は……魔物に襲われて傷を負い、瘴気に身体を蝕まれて、衰弱死した」

「つっ!?」


 うっかり大声を出しそうになり、アスターは勢いよく自分の口を塞いだ。力を入れすぎて顔面を殴打してしまい、一瞬視界に星が散る。

 クラクラしながら、震えた声を出した。


「け……っこん、していたのか」

「ああ」

「奥さんも、魔物に襲われて……?」

「妻と妹は、一緒にいたんだ。一緒に……子供達といた」


 ここで、アスターは違和感を覚えた。

 おかしなことではない。夫の妹と、その子供達と一緒にいるのは、おかしなことではない。

 けれど。


 思わずじっとネクを見てしまったアスターの視線を感じたのか、ネクは気まずそうに視線を逸らした。


「……産まれたばかりのエンに、妻と……息子が、会いに行っていた」


 大声を出しそうになったアスターは、二度目の顔面殴打を繰り出した。




フィスト「だからないって言っただろ」

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