32 周りの方が盛り上がりやすい
秋が深まる頃。
アスターは村の女達に交じって、炊き出しの準備をしていた。
当初は美貌から遠巻きにされていたアスターだが、看病や食事の準備を共にするようになって、自然と打ち解ける事ができた。女達の多くが家庭を持つ、子持ちばかりだったのも打ち解けた最大の理由だろう。
何故ならアスターは、一日一回はやらかすうっかりだ。
真剣に、真面目に看病しているのに、一回はやらかす。
失敗してしゅんと落ち込む姿が叱られた大型犬……否、彼女たちにはわんぱくして叱られた幼子に見えて仕方がなかった。
つまり、母性。
この大男、私達が世話をしてやらねばと思われていた。
奇しくも、フィストが最初に抱いた母性と同様の流れだった。
さらに厳しい状態の患者が軒並み回復した事もあって、炊き出しの準備も穏やかな気持ちで進められていた。
「あらアスターちゃん。それなぁに?」
「う、うどんを作ったので使えればと思って……」
「まぁー! アスターちゃん手打ちうどん作れるのぉー!?」
「あらやだー! うどんなんて麓のお店じゃないと食べられないと思ってたわぁー!」
「ざ、材料があれば結構簡単だから、作り方教えますね」
「ええー!? おばちゃん達にもつくれるかしらぁー!」
「だい、大丈夫。大丈夫ですぅ……」
逆に緊迫感がなくなったアスターの方が、村の女性達に日々気圧されていた。
一つ質問に答えれば十倍の熱量で返されて、お湯を沸かしながら息も絶え絶えだ。
「手間だけど、出すときに一人分をさっと茹でて、入れますね。それは俺がやるんで、皆さんにはスープの方をお願いします」
「まだ喉が痛い人も多いから、つるって食べられるのは嬉しいわねぇ」
「食欲ない人も食べられそうねぇ」
「沢山作ってくれたのね。大変だったでしょう」
「フィス、フィストも手伝ってくれたので、そこまでは……」
うどんは本当に簡単に作れる。
小麦粉と塩水を混ぜ合わせれば、簡単に作れる。
揉んで休めて、揉んで休めてと時間はかかるが、難しくはない。
ちなみにフィストが活躍したのはうどんを足で踏みながら揉み込む作業。ルミネを抱っこしながらトレーニングのように揉んでいた。感触が新鮮だと目を輝かせていたのが可愛かった。
「あらあら」
「仲がいいわね」
「うふふふふ」
うどん作りでフィストを思い描いたのがバレたのか、女達に微笑ましい目で見られる。ハッと気付いたアスターが誤魔化すように手を動かすが、ネタを得た女達からは逃げられない。
いつの時代。どの世代。いくつになっても女は恋愛事が大好きだった。
「フィストさんっていつもキリッとして、格好良いわよね。背は高いし、引き締まっているし、力持ちだし」
「そうそう。あっという間に魔物も退治しちゃうし。あれって一撃よね。私あんなに綺麗な素材初めて見たわ」
「それそれ。自警団の息子が弟子入りしたいって言っていたわ。フィストさんは拳だけじゃなくて、あらゆる武器に精通しているらしいから」
「まぁあそうなのぉー!? かっこいいー!」
始まったフィストを称える声に、アスターはソワソワした。
彼女たちの脳裏を過るのは、キリッとした顔で背丈以上の魔物を担いでくる逞しいフィストに違いない。
「でもね、そんなフィストさんも不器用でかわいいのよ~! 欠点なんかありませんって顔なのに、料理も裁縫も得意じゃなくて、しょっちゅう指を切っていたわよねぇ~」
「そうそう! 失敗して困って助けを求める顔が本当にお困りで可愛いのよ~! ルミネちゃんのお世話にも必死で、失敗しながら努力する姿がいじらしくて可愛いわよね~!」
「それそれ! わかるわぁ~!」
(わ、わかる……!)
きゃっきゃと姦しい女達の会話に入っていけないアスターだが、内容には心でしっかり頷いていた。
頼りになる人だし実際頼りにしているが、苦手分野がとことん苦手な様子がとても可愛い。必死に練習しているのも可愛い。アスターの骨はきっちり抜かれていた。
「でも最近はリラックスして、良い意味で力が抜けているわよね」
「そうそう。肩の力が抜けた感じ」
「それそれ。今までは自分がなんとかしなくちゃって力が入っていたのよね」
「きっと、アスターちゃんと再会できて安心したのね」
うどんを小分けにしていたアスターはうっかり麺を握りつぶした。
「だって! アスターちゃんと一緒にいるフィストさんってば表情が柔らかいと思わない!?」
「そうそう! 思うわー! ルミネちゃんとセットだと更に柔らかいわよ!」
「それー!! それよ! 見ているこっちも幸せになっちゃうくらいよねー!」
「「「アスターちゃんってば愛されてるー!」」」
きゃーっと大喜びの女達に、アスターは首まで真っ赤になった。
(――や、やっぱりそうだろうか……!)
お湯も沸いているが、アスターの頭も沸いていた。
(だってなんか、最近……距離が近付いた気が、する!)
元々、とても近かった。近かったがそういう事ではなく。
接触ではなく、心の距離が狭まった気がしていた。
たとえば抱擁。感染対策で自重していたそれも、再開しようと言ったのはフィストだった。
今までぎゅっと抱き合って終わっていた抱擁が、ぎゅっと抱きしめられた後にフィストがアスターの背中をポンポン叩くようになった。
うっかりアスターの気持ちがフィストにバレてギクシャクしていた時間。その動作一つで、何かが許された気持ちになる。フィストの方が仕方ないなと笑ってくれているような、そんな近さを感じた。
うどん作りだって、アスターが必死に捏ねているのを見て自分から手伝いを申し出てきた。最近のフィストは、アスターが何か困っているのにすぐ気付いて、手助けしてくれる。
今までもそうだったが、最近は稀である。最近アスターのうっかりが頻発している訳ではないと思いたい。
(これはもしかして……脈ありという奴、なんだろうか……!?)
アスターの好意が許容されているという事は、そういう事だろうか。
(でも今俺を振り払えないだけで、好きでいる分には自由とほったらかしにされているだけだろうか!)
状況的にそれもあり得る。
(それとも無意識に弄ばれているのだろうか!!)
無意識はあるかもしれない。
(待てよ……俺がうっかりしすぎて、子供を見守る気持ちで微笑ましく受け入れられている可能性もあるな!?)
なんなら一番、可能性が高そう。
(考えないようにと思っているのに、すごく気になる。気持ちに余裕ができたからか? すごく気になる……俺、脈あり、なのか!?)
あったとして。
フィストの隣に座る事は、許されるのか。
「アスターちゃんそれ塩じゃなくて小麦粉よ!」
「アッ」
うっかり大鍋に投入しそうになった小麦粉は、横から伸びてきた手によって阻止された。
その手は、アスターと同じ……いや、アスターより大きい手の平。
振り返ると、いつの間にかアスターの隣に、自警団の団長、ネクが仏頂面で立っていた。
「アスター。君に話がある」
見守る女達の中で、カーンッ鐘の鳴る音がした。(鳴っていない)




