30 記憶喪失のソースは喪失中
村に着いたアスターは、村長と自警団のネクを呼んでテキパキと動き出した。
「まず感染を防ぐ為、患者と健常者は隔離するべきだ。咳やくしゃみが共通しているなら飛沫感染の可能性が高い。マスクをして感染防止。手洗いうがい、掃除洗濯もこまめにして清潔に。栄養のある物を食べて安静にすれば、これ以上の感染は防げるはずだ」
普段は他所者として遠慮して、村では発言の少ないアスター。
そんな彼が率先して行動を開始した為、ほぼ初対面の村長とさほど付き合いのないネクはとても驚いていた。ぶっちゃけフィストも家事以外でテキパキしているアスターを見た事がなかったので、いっている内容も含めて付いていけなかった。
「だからまず、患者を隔離する為に集会所を治療所にしたい。見たところ人が一番入れるのがそこだからだ。家族で罹っているなら、看病の人手がいなくなる。纏めてした方がいい」
「それはそうだが、纏めたところで感染が広がるだけでは? そのますくで感染が防げるのか? 防げたとして、薬が効かないのに病が完治すると言いきれるか? 病人を纏めて隔離したいだけではないだろうな」
仏頂面のネクがアスターを睨む。村長は冷や汗を掻きながら真顔の美貌の男と仏頂面の強面の男を交互に見比べている。
年老いた村長は人がよく、出産ほやほやとはいえ他所者のフィストが村に滞在するのを快く許してくれた。秘境の村にありがちな排他的な所もなく、むしろ若い人がいてくれると助かると受け入れてくれる懐の深いご老人だ。例によって、アスターが死の淵から蘇り奇跡の復活を遂げたと純粋に信じている。
ここまで純粋な人達が多いこの村、本格的に保護するべきかもしれない。
現在病魔に襲われているので、本当に保護したい。
ちなみに彼らは村の出入り口で問答中だ。
更にそこから数歩離れた場所で、フィストとルミネが観戦中である。少しでも感染を防ぐ為といわれたが、気遣うならルミネを連れてくるべきではない。
フィストは彼らの間に割って入りたいのを、ルミネを抱いて耐えていた。
(アイツこの為にルミネ連れてきたんじゃねぇだろうな)
水瓶とルミネを交換されたときからおかしいとは思っていたが、近付く事はできなかった。フィストはともかく、ルミネが感染してしまう。
「絶対感染しない保証はないけど、しないよりマシだ。手洗いうがいは絶対した方がいいし、掃除洗濯もだ。病気を避けるなら清潔にするのは最低限に必要な対処だ」
「その清潔というのがわからない。言われるほど汚くしている家庭も少ないぞ」
「いいやここの清潔基準がおかしい。正直病気が流行っても仕方がないレベルでなってない」
「なんだと?」
「だから清潔な場所で纏めて看病した方が絶対にいい。集会所を病院にする」
「そのう、話が半分も理解できないのだが……あなたは医者か何かかい? 専門の方だろうか」
睨み合う二人に竦み上がりながら、村長がアスターに問う。
フィストも話が半分も理解できない。理解できないが、発言に迷いがないので確かな知識からの発言だとわかる。わかるが。
アスターは、記憶喪失である。
常識や学んだ知識は残っているが、自分自身の事をスコンと忘れている。
なので、身分を証明できない。為になる知識も情報元がわからない。なので、彼からの情報を信用して良いのか判断に困る。
フィストはアスターがしょうもない嘘や混乱を招く誤りを語るような愚か者でないと思っているが、信用できない情報は信じて貰えない。
「俺は医者じゃない。薬師でもない。だけど、感染を防いでこれ以上悪化させないように手を尽くす事はできる」
アスターに記憶はない。
だけど彼には常識と良心。学んだだろう知識がある。
「信じられないのは仕方がない。でも頼む。一人でも多く助けたいんだ」
彼は自分の証明ができないからこそ、深く頭を下げた。
「俺の知識を試してくれ」
記憶喪失の男は、ただ誠実に頭を下げ続けた。
――それから、村ではアスターの作ったマスクを身につけるようになった。
深く頭を下げるアスターに思うところがあったのか、病魔に対して対抗策があるなら藁にも縋る思いだったのか。アスターがいったとおりに行動をはじめた。
清潔に掃除された集会所に患者が集められ、纏めて看病が行われる。出入りする人間も制限し、そこにアスターも加わった。
清潔を保つ為、フィストは今まで通り川から水を汲み続けた。しかしそのまま使うのもよくないと、濾過と煮沸を繰り返した。
ちなみにこの説明をするとき、アスターは濾過に失敗して濡れ鼠になり、煮沸の時に熱湯を被った。川に突っ込んだ。
栄養値の高い物を食べないと回復できないと、炊き出しも行われた。男達が揃って肉を取りに走ったが、フィストは鳥を狙って玉子をとってきた。それも以前、アスターが玉子は貴重なタンパク質で栄養も多いといっていたのを覚えていたからだ。
念の為、健常者も纏まって生活する。一人暮らしが倒れたら気付けないという事で、フィストもウッドの家にお世話になった。子供のジョーイとルミネは、喜ばしい事に咳一つしなかった。
それから少しずつ。
咳が減り、熱を出す者が減り、患者達の回復が見えた。
同じく力仕事専門で看病から外されたウッドは、じわじわと改善していく病症を純粋に喜び。
「死の淵を彷徨い続けたから、病への対処を知っていたんだな」
(納得の理由それでいいのか?)
そしてそれが村人達の共通認識になり、フィストは人知れずドン引いた。
村人達はアスターを、幻の薬草で病症から回復した病み上がりだと思っている。
ついでに長い間患っていた重病人だと思っているようで、今回の的確な指示は病人だったからこそ治療法を知っていたのだと思われていた。
――良くも悪くも、村人達が純粋なのは、情報が遮断されているからだ。
この山奥では国の情勢も、神々の後光も届かない。
だからフィストだけが、別の可能性を考慮していた。
(あいつ、もしかして……)
誰も知らない言葉で、予防になると。感染を防げると根気よく伝え続けたアスター。
解熱効果のある食材を調理して、誰よりも堂々と、自信を持って行動していた彼。
しかし、実際の所は違った。
「よかった……自己回復で治る病気でよかった……!」
あるようで、全く自信がなかった。
うっかりだってやるときはやるのだー!
と思ったらうっかり本音が。




