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秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです  作者: 甲斐 八雲
Main Story 02

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ユニバンスの猟犬

(2/1回目)

 ヤージュは部下数人と共に必死の撤退戦を強いられていた。


 王子を取り逃しはしたが、逃げた先にはトリスシアが居るはずだ。だからそれ程慌てもしなかった。

 間違いなく王子を締め上げてユニバンスの化け物を呼び出すはずだが……彼女はそこまで馬鹿ではない。

 きっと最低限の仕事はしてくれるはずだ。


 ならこちらもさっさと護衛の騎士を殺して合流をと考えていたら、騎馬が一騎……駆け抜けて行った。

 たった一騎の増援であの帝国が誇る化け物を打ち破るなど不可能と、ヤージュはたかを括っていた。

 それから始まる地獄を知らずに。


 最初何が起きたのかすら把握できなかった。

 仲間が……帝国が誇る大将軍の密偵部隊の精鋭が、抵抗する間もなく殺されて行くのだ。


 誰がどうやって?


 それを理解した時には、仲間たちの半数が絶命していた。

 彼は迷わなかった。迷えなかった。

『逃げます』と宣言し、仲間たちと共にその場から逃げ出したのだ。


 ただ追っ手は、物音一つ発せずに付いて来る。

 最後尾に居る者が一人、また一人と食われて行く。

 まるで猟をする犬に追い回されている感覚にすら陥る。


「ユニバンスの猟犬……」


 部下の誰かが発したその単語は、逃げる仲間たちに病気のように広まる。

 逃げるヤージュも聞いたことのある話だ。でも彼はそれを嘘だと決めつけていた。


 どの国でも自国を優位に見せるためにその様な噂話が生じる。そんな話の1つだと思っていたのだ。

 曰く……『ユニバンスには他国の密偵を喰らい尽くす恐ろしい猟犬が居る』と。『それはとても優秀な密偵で、それの前では全ての隠し事が筒抜けになる』と。


 そんな話が現実に起こりえない。ヤージュはそう決めつけて活動していた。

 事実そこまで優秀な密偵など今回の活動をしている限り出遭わなかった。

 だからこそ彼は注意すべき点からその存在を完全に消していたのだ。


(私もどうやら焼きが回ったようですね)


 自信過剰過ぎたか、それとも老いなのか……自嘲気味に笑って彼は足を動かし続ける。

 共に居た部下たちは自分を逃がすために足を緩めて迎え撃とうとして狩られて行った。

 残っているのはもう自分一人だ。


 音はしない。でも確かに感じる。背後から迫って来る死を運ぶ存在の気配を。


 自分は決して捕まることなど許されない。

 最悪は奥歯に仕込んである毒を飲んで息絶えるしかない。

 死体も残したくはなかったが……そこまでの贅沢を言える状況ですら無かった。


 覚悟を決めて舌で奥歯を動かそうとした時、彼の前から頭上を越える様に引き抜かれた立木が背後に向け飛んで行った。


「生きてたのかい」

「……今ちょっと死にそうになりましたが」

「肝の小さい男だね。あれぐらいで」


 姿を現したのは着ている物の面積が極端に少ないオーガだった。

 異なる世界の生き物であっても、女性の形をしている以上は服を着て欲しいと彼は普段から思う。


 ヤージュはとりあえず彼女と合流出来たことを素直に喜んだ。


「で、何に追われてたのさ?」

「ユニバンスの猟犬でしょう」

「……強いのかい?」

「さあ? 静かに背後に現れて食い殺して行く類の存在です」

「暗殺者か。アタシはあの手の人間は嫌いなんだよ」

「……貴女と正面で殴り合いをする人間などほとんど居ないでしょうが」

「確かにね。でも……ユニバンスの化け物は強かった。ただあれはダメだ」


 また追っ手が来るかもしれないと、2人は急ぎその場から離れる。

 走りながらヤージュは会話の続きを促した。


「ダメとは?」

「……化け物の種類が違う。あれはきっと体の中に何匹も獰猛な"化け物"を飼っている」


 前を向き、邪魔な枝をそのまま体当たりで圧し折りながら彼女は足を動かす。


「何をどうしたのかは知らないけど、あれは絶対に開いてはいけない箱だ。開けたら最後……全てを喰らい尽くすまで人を殺し続けるかもしれない」

「貴女とはまるで別ですね」

「はん。アタシは喰わない物は狩らない主義なだけだ」


 その主義のお蔭で彼女は、戦場に出ることは無く日々ドラゴン退治をしている。

 ただ立ち向かって来る者が居れば話は別だ。その時は正面から全力で戦う。

 正面で全力……それもまた彼女の主義なのだ。


 ヤージュは彼女が持ち帰った情報を吟味して考える。

 ただ走りながらは色々と難しい。


「トリスシア」

「何さ?」

「考えたいんで運んでいただけますか?」

「……アタシを荷運びに使うと?」

「その荷が私なんですから大目に見てください」

「…………子牛の丸焼き3頭でなら考えよう」

「せめて2頭で」


 伸びて来た彼女の腕にすくわれ、ヤージュは走ることを止めた。


「とりあえず逃げるよ」

「ええ。まず共和国方面に」

「そっちで良いのかい?」

「ユニバンスのことです。帝国との国境付近は完全に固めているでしょう」

「分かった。全力で走るから舌を噛むんじゃないよ」


 舌を噛む以前に……荷物に対しての安全を一切考慮しない彼女の走りに、ヤージュは肝を冷やした。




 それは立ち止まり悩んだ。


 もう追う必要は感じられない。

 相手は標的の確保に失敗している様子だった。


 何より今の"自分"はこんな仕事をする必要はない。

 繋がれていた首輪は外されて自由の身なのだから。


 でも……また足を動かし走り出した。




(c) 2018 甲斐八雲

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