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秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです  作者: 甲斐 八雲
Main Story 02

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三十六計

「ほ~い。なら行くよ~」


 何故か見送りに来たクレアとイネル君に手を振って僕らは城を出た。


 今日はノイエ小隊の待機所に建設する建物の工事説明だ。

 雨期が来る前に建設予定地となる場所を確認して、工事手法や工期の確認。工事中の職人たちの警護など計画書通りで行えるのか確かめる。


 一応言い出したのが僕だから最高責任者となっているが……普通に考えれば僕が引っ張り出される様な事案ではない。

 そこそこの地位の人間が介入したことだけは素人目からもハッキリと分かる。


 事前に十分準備した"釣り"なので、今日の護衛は近衛の中でも指折りの実力を持つ騎士らしい。それ以外にも密偵が街道脇に配置されている。

 完璧なはずなんだけど……こう胸の奥がざわざわとするのは何だろう?

 この手の荒事に慣れて無いから腰が引けてるだけかな?


 僕の不安をよそに順調に馬は進み、残り半分程度の距離まで来た。


 ここからは木々の多い茂る部分を通過して行く。

 事前に手渡された資料だと、絶好の襲撃場所らしい。絶好って……襲う方は良いけど襲われるこっちの身になれと言いたい。


「何者か!」


 前を行く騎士の声に僕も視線を向ける。

 ひょろっとした感じの線の細い男が立っていた。


「初めてお目にかかります。アルグスタ王子……いえ、元王子とお呼びした方が宜しいでしょうか?」

「好きに呼んで良いよ。結構な数が『王子』とまだ呼んでるしね」

「あはは。では王子……不躾ではありますが、貴方を攫わせていただきます」

「お断りします」

「なら実力行使で」


 男が手を上げると先頭に居た騎士が何本もの矢を食らい馬から転げ落ちた。


 嘘……先行している密偵が警護しているはずなのに?


 と、男が地面に向かい何かを投げた。

 ぐちゃっとか、めちゃっとか、そんな音を鳴らしたそれは……間違いなく人の鼻だ。複数の。


「そうそう。邪魔くさい虫けら共は全て退治させていただきました。本当にユニバンスの者は……平然と王子を餌に使って来る。それとも"貴方"が本当は王子では無いから使い捨てる気でいるのか?」


 相手の言葉も気になったが、このままだと拙い。

 予定では突っ切って待機所まで直行するはずだけど、その作戦が相手に露見している可能性すらある。

 警護の騎士たちが剣を抜き警戒しているが……このままだとヤバい気がする。

 良く分かんないけどそんな気がする。


「三十六計」

「はぁ?」

「逃げるに如かず!」


 手綱を引いて馬を反転させると、僕は迷うことなく馬の腹を蹴った。

 ヒヒーンと軽くいななき走り出す。

 慌てた様子で飛んで来た矢が数本横を通り抜けたのを見ると……全身から冷や汗がっ!


 でも迷わず逃げる。

 敵の標的は僕だ。僕が動けば、追うか諦めるかのどちらかしか選べないはずだ。

 結構スピードが出て怖いけど……でも今はこのまま逃げるしかない。


 あれ? あんなところに人が?


 街道の中央に人が立っていた。腕を組み軽く首を鳴らしている様子の女性だ。


 何かが変だ? あの人……。


 騎乗していたので普段よりも高い視野からの錯覚。

 何よりそもそもの計算間違いに気づいた時には、相手との距離は完全に詰まっていた。


 大きい。大きいだなんて言葉が正しいのかすら不安になるサイズだ。

 たぶん僕が二人分くらいの身長……3mは優に超えている。


「逃がさないよ」

「ぐふっ」


 鋭く伸びて来た腕が、横を過ぎようとこっちの胴を掴んで、僕を馬上から毟り取った。


「おーおー。あのキシャーラを言い負かせたと聞いてたからどんな男かと思ったら……何だい。まだ可愛らしい坊やじゃ無いか」


 メリッと掴まれた胴から何か軋む音が聞こえる。ノイエの力んだハグの方がまだ嬉しいかな!


「ずいぶんと……逞しい腕をお持ちで」

「ん~? こんな目に遭って軽口が叩けるなんて立派じゃ無いか……もう少し大きかったらお姉さんが色々と楽しいことを教えてあげるんだけどね」

「いえ……僕、妻帯者ですから」

「子供が遠慮するんじゃないよ」


 筋肉王子だったら大喜びかな?

 今までに見たことの無いサイズの胸が目の前にある。でもこれって胸と言うよりほぼ胸筋にしか見えないけど。


「さて坊や。お姉さんのお願いを聞いてくれるかな?」

「攫われるのは遠慮したいかも」

「ああ。それはヤージュの仕事だからどうでも良い。アタシはね……ユニバンスのドラゴンスレイヤーと戦ってみたいんだよ」

「いえ……見た目結構強そうなんで、大陸最強を名乗っても良いと思いますよ?」


 とんでもない握力と腕力で、胴体を握られたまま……まるでマイクを口元に寄せるかのように彼女が僕を近づける。


「お前の嫁を倒したら名乗るさ。だから呼びな。

 アタシはね……こんなつまらない世界に"呼び出され"て飽き飽きしてたんだよ。来る日も来る日も蛇の化け物みたいなのを相手にするなんてただの拷問さね」


 グイッと持ち上げられて、彼女の眼前に来た。

 意外と美人だな……体格からすると顔は小さめか。


「熱心にアタシを見て……欲情でもしたかい?」

「いえ。僕の"知識"にある生物かと思いまして」

「あはは……無い無い。アタシはこことは別の場所から呼ばれた生き物さね」




(c) 2018 甲斐八雲

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