それで戦争をするんですか?
大陸北西部・ユーファミラ王国王都
当初は帰国の話をする予定だったのに、やって来た椅子が公国との国境のことを教えてくれたので話が変わった。
ありがとう椅子。今回は素直に感謝だ。君には特別に重要かつ最大の褒美を取らせよう。
屋台巡りをしているであろうノイエを連れ戻して欲しい。
ちなみにお代の支払いが滞っていたら立て替えておいてくれ。後でまとめて払うから。
満面の笑みを浮かべて椅子は全力で走って行った。走りに迷いがない。
そんな立ち去る王女さまをポリポリと甘さを微塵も感じない瓦せ〇べいを齧るテレサさんと見送る。
というかこの国のお菓子はお菓子ではない。ぶっちゃけ非常食である。その証拠に目の前にあるこの瓦せ〇べいの硬さといったらどうだ? これを食べ続けていたら強靭な顎になるだろう。
「テレサさんが『ケーキが甘い』と感激していた理由がようやく分かったよ」
「ほほれすは?」
ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。
確かに十分に口の中でふやかさないと噛めないけどね。
ちなみにこれはケーキではない。ケーキはあれだ。バターの塊のような化け物である。
あのノイエですら半分食べて『美味しくない』とコロネに預けた。
アイツはあのバターの塊をどう処理したのだろうか?
「アルグスタ様?」
「ほい」
「のんびりして良いんですか?」
「逆にのんびりすることになったんです」
「はい?」
まだまだこの辺は教育不足かな?
「逃げて良いなら全力で逃げるけど?」
「……逃げた方が良いんじゃないんですか?」
うむ。これは教育係に問題があるな。
「キラー。出て来い。さもないとマッチョな野郎共の宿泊施設にお前を投げ込むぞ?」
ユーファミラ王国の兵舎とかそんな感じだろうと勝手に想像しての発言だ。
「……勘弁願おうか。この身が腐る」
姿を現した老執事風の男性がテレサさんの横に座った。
幻、つまり幻影の類であるから本当は椅子に座った風の映像を僕らに見せているだけだ。
「これに戦術や戦略などを聞くな。我を持って敵に挑むしかできん」
「酷いです! もう少しできます! 最近は自分が使ったベットのシーツとか忘れずに交換できるようになったんですから!」
僕とキラーは同時に手を伸ばしテレサさんの頭を撫でてやった。
それで満足するドラゴンスレイヤーにも問題があり過ぎる気がするけどね。
「まあ良い。テレサよ」
「はい」
教育係の1人であるキラーが真面目な様子で口を開く。
「彼らが逃げても公国はこの国を攻めて来るぞ」
「はい。でもそれはいつものことで」
「違う。今回はいつもとは違うのだ」
彼は腕を組み静かにその口を動かした。
「敵の目的は彼らがこの国に運んだ薬だ。それをどうやっても手に入れたいのだよ」
「はい。だから全力で守ります」
「つまりそれは『戦争』が起きるということだ」
「戦争?」
テレサさんが自身の首を傾げた。やはり理解していない。
「いつもの紛争ではない。公国はこの国を地図の上から消す……つまりユーファミラ王国が滅亡するまで攻め続けるということだ」
たぶんキラーの言う通りだ。その覚悟で公国は攻めて来る。そうなるように仕組んだわけだしね。
「どうしてですか? 今までは」
「だから環境……状況が変わったのだよ」
老人の静かな語りはこんな時よく響く。
「公国が欲しいのは薬だ。それもユーファミラ王国が保持している全ての薬だ。そしてそれを手に入れる伝手も欲しい。つまりはこの国の全てが欲しいのだよ」
「だから攻めて来て奪うというのですか?」
「その通りだよ」
その通りだ。
ただテレサさんは良い意味で純粋だ。だから怒りにその身を震わせ立ち上がった。
「ふざけないでください! そんな理由で公国はこの国を亡ぼすというのですか!」
「公国からすればそんな理由が戦争を起こすに値する大義名分なのだよ」
「おかしいじゃないですかっ!」
まあテレサさんの言いたいことは良く分かる。
だから僕は立ち上がり暴れる肉塊……義憤に駆られぶるんぶるんしている彼女を宥めて座らせた。
「テレサさん」
僕も椅子に座って一度落ち着く。
「はい」
「今からとある話をします」
「とある話?」
「はい。ある意味で有名な話です」
それはある意味で有名な話だ。
ある場所に池がある。それはその地域でたった一つの水源だ。池の周りには村が二つある。これも良くある話だ。その村はお互い池から水を取る。でも池の水量は決まっている。多く取れば池は干上がる。
だからお互いで取る分を決める。話し合いをする。けれど大半は上手くまとまらない。何故か?
「えっと……多く水が欲しいから?」
「その通りです」
だからお互いどうにかして自分の取り分を増やそうとする。
で、最後は争いに発展する場合が多い。
「どうして? 分け合えば」
「うん。それはお互いが理知的で冷静であればね」
でも人間の本質は獣だ。だから奪われるなら奪う。そして自分たちを、自分たちの村を守れるなら相手の村を亡ぼすことも辞さない。相手が居なくなれば池の水を独占できるのだから。
「ここで問題です。テレサさんならこれをどう回避する?」
「回避? 回避する方法があるんですか?」
「何個もあります」
「何個も!」
目を輝かせて彼女は考えた。でもそれのどれもが平和的だ。
話を聞いているキラーが苦笑し頭を抱えるぐらいに大変平和だ。
「もう分かりません! というか2人してわたしの意見を否定ばかりして!」
だって仕方ない。話し合いが通じない相手に話し合いを求めてどうする?
「まず簡単な方法は片方が水の使用を諦めれば良い」
「はい?」
僕の答えに彼女は首を傾げる。
「争わずに済みます」
「でもそれだとその村は?」
「はい。でも争わずに済みます」
「……」
相手に全てを譲り静かに滅びることを待つ選択肢だ。
個人的にこれを実施できるのは行き過ぎた盲信的な信者が住まう場所ぐらいだと思う。
「それとは別に池を潰すという方法もあります」
「はい?」
「だから争いの元になる池を潰してしまうんです」
「……」
争いは無くなります。争いの原因が無くなるのですから。
「別の方法もあります」
「いや~! 聞きたくないです!」
両手で耳を塞いでテレサさんが泣き出した。
「アルグスタ様の話はどちらかが滅ぶか両方滅ぶかしかないじゃないですかっ!」
「争いは無くなりますよ?」
「それは争いだけが無くなる方法です!」
まあその通りである。
テーブルに突っ伏し『もっと平和に……』と泣いているテレサさんの頭をキラーが撫でる。
「で、そこの小僧よ」
「あらあら可愛い娘が泣かされてお爺ちゃんが怒った感じ?」
「囀るな。お主の考えはテレサには刺激が強すぎる」
「みんなして甘やかしているからちょっと強めにしただけですよ?」
過保護も過ぎれば毒になるってね。
「何よりこの騒動を持って来たのはお主だ小僧。その責任をどう取る?」
「ん~」
やはりキラーは気づいていましたか。
「ぶっちゃけどっちでも良いんだけど、ウチの馬鹿従姉が根性見せないから困ってます」
「根性?」
「ええ」
僕としてはノイエのためなら悪魔にだって魂を売る覚悟がありますので。
「ここで戦争を起こそうかと結構本気で考えていたんですよ」
「……」
「ただ起こす理由がね……で、間に合わないなら戦争なんて起きない方が良いので」
それは偽りなき僕の本心である。
魂の回収が出来ないのであれば人がたくさん死ぬような行為は容認しない。
「お主は魔物の類か?」
「ん~どうでしょう?」
周りが言うには、僕の実母は鬼と呼ばれる最強の妖だからね。
魔物の類と言われても否定できないけど、この体はアルグスタのモノだから僕のじゃない。
つまり僕の本質が魔物の類なのかな?
「代わりに大量にドラゴンを狩る方向に舵を切るしかなくなったので、今回は戦争を回避しつつ公国にはウチに『犬』を送り付けてきた恨みを晴らしながら、結構地味に効く嫌がらせでもして撤収しようかと考えています」
「……」
キラーが物凄く胡散臭そうな物でも見るような目を僕に向けてくる。
失礼な! アルグスタさんは無駄な殺生はしません。本当です。
「方向としては共和国でしたあれかな~。ちなみに公国の強みって何ですか?」
戦争を回避するなら地味な嫌がらせが一番です。
「……北に属する土地で唯一肥沃な穀倉地帯を持っていることだ。だからそれを武器に兵力を維持している」
「なるほどなるほど」
ではその肥沃な穀倉地帯には数年お休みしていただきましょう。
大丈夫。数年後には今まで以上に肥沃な大地となって戻ってきます。
問題はそれまで休耕地確定なので農作物の取れ高は知らんけど?
「……それで戦争をするんですか?」
ようやく泣き止み顔を上げたテレサさんに僕は視線を向けた。
「回避する方向で考えましょう。それにはまず公国の詳しい地図が必要ですけどね」
後はスライムと化していた先生がどれほど回復しているかだ。
© 2025 甲斐八雲
グローディアの魔法が間に合わないので今回は戦争回避です。
間に合っていたらこの男は本気で戦争させる気だったのか?
狙うは公国の生命線である穀倉地帯…どっかで見たなw




