少し別行動しても良いかな?
大陸北西部・ユーファミラ王国王都内
『これが最後です。もう僕をひっくり返しても出て来ることはありません。僕の手持ちだとこれが最後なので!』と念を押して樽を一つ運ばせた。
もちろん未来の猫型〇ボット風ゴーレムにだ。奴が背負っているカゴは魔道具になっていて容量が大きくなっている。そこに隠しておいた薬の樽を一つだし、そして僕はこれでもかと念を押した。
『子供たちのために死ね! 死ぬ気で頑張れ! 具体的に孤児たちが一切不安を感じない将来を指し示すのだ! つまり職である』と。
人間将来的に働き先が決まっていればどうにかなる。この世界に来て僕が学んだ経験則だ。
貴族の子は基本貴族やそれに準じたものになるし、商人の子は商売をする。農家の子は農業をすることが多い。でも孤児はそう言った将来的な展望がない。漠然と未来に不安を感じてしまう。
『頭の良い子は商売を学ばせろ! 手先の器用な子は職を学ばせろ! 力のある子は武器の扱いを学ばせろ!』と男どもならそれでどうにかなる。
で、ここで問題だが女の子は?
酷い話であるがこっちの世界は男尊女卑が蔓延っている。つまり野郎の方が優先度が高い。だからこそ男の子たちの将来を指し示せば後はどうにかなる。
『どうにかとは?』と馬鹿な王女が質問してきた。フローレンスさんは察して苦笑いしつつも納得していたのにこの馬鹿は……お前のような奴が国の後を継ぐには10年早いわっ!
軽く雷を落とし正座の上に塩の樽を抱えさせてやった。足元に細工をしていないだけ優しいと思う。
『媚を売れ』『はい?』『だから孤児院の中で将来出世しそうな相手に媚を売れ』『……』
はっきりと答えを教えたら樽を抱えている馬鹿が顔を真っ赤にした。
『それは酷すぎますっ!』『なら容姿を磨いて娼館へ』『本当に怒りますよ!』
椅子が騒ぐ騒ぐ。だがそれが現実である。
ユニバンスのように極端に人材不足でもない限り、普通女性の社会進出とかありえない。
ユーファミラ王国も基本同じだ。つまりフローレンスさんとかが特殊な例であり、だからこそ彼女は王女さまの護衛を務めることができたのだ。
でも全員がそれを出来るのかと問われれば、否である。
『だから少しでも気になる異性に唾を付けておけば良い。そして相手が出世できるように手助けする。すると野郎の夢が2人の夢になる。あとは男と女の関係です。頑張って子孫繁栄に努めてくれ』
それしかないんです。現時点ではね。
『それだと複数の女性に言い寄られた男性はどうすれば良いのですか?』
あはは。そんなハーレム野郎の未来は決まっています。
『大成すれば良し。本妻に側室にと選びたい放題である』
無理なら早い時点で1人に絞ってもらうしかない。それは容姿で選ぶか家庭的な一面から選ぶか……野郎のギャンブルだ。どれが正解かだなんて僕には分かりませんしね。
ただ納得できないのであろう椅子はずっと頬を膨らませて拗ねていた。
ある意味でまだ世間を知らないのだろう。
『そんな国の在り方が嫌なら自分で変えて行くしかない』
ちょっと真面目に僕は語ってやる。
『僕はそんな国単位でどうこうする気は微塵もないから、自分の屋敷の中で自分の理想を求めるけどね』
おかげでウチは変人メイドばかりが集まる謎の屋敷になっている。
『でも少なくても毎日笑える楽しい屋敷にはなったよ。それを真似する人が出てくれば良いし、真似しなくても良い。本当に良いものであればそれは自然と残るはずだからね』
実に真面目に語ってしまった。
そんな教育を未来の王妃さまに伝えていると、魔道具講座を終えた悪魔がやって来て、何故か僕にミニハリセンを投げてきた。
これが見本である。
『失礼なメイドだろう? 主人に攻撃するんだぜ?』『煩い馬鹿!』
何故か怒った感じで腕を組んだ悪魔はエプロンの裏から、隠し持っていた樽を取り出すと王女さまの膝の上に置いた。
うむ。王女さまの絶叫が響き渡ったぜ?
『孤児の類ならわたしの分も出すわよ。ば~か』
そう言い残し悪魔は大半ノイエが食い漁ってしまった食事の残飯を求め移動していった。
お城であった主な話はそれぐらいだ。
後は悪魔が話題の大半を攫って行った。
もちろん魔道具の修理とそれに関係した技術講座だ。
僕が頑張って将来の王妃か女王になるであろう椅子の教育をしていたというのに、その両親は悪魔の話ばかり聞いていたそうである。
で、案の定……終わってから我が家のメイドを欲しがる人たちが多数というかほぼ全員が求めた。
ですが皆様忘れていますね? その子の髪の色を。そしてその瞳の色を。誰かに似てていませんか?
そうです。その子は我が家のノイエの妹であるポーラなのです。お姉ちゃん大好きっ子な妹は普段から姉の傍に居たいがためにメイドの振りをしているのです。
あ~そこのコロネは義理の妹みたいなものですので。そうなの!
だから引き抜きは応じられません。国王陛下の側室でも無理です。何せウチのポーラさんはお姉ちゃんとお兄ちゃんが大好きでメイドの振りをするほどなのですから!
分かったら諦めろ。諦めきれない? ならばこうしよう。
そんな訳で勝手にユーファミラ王国から若い魔道具技術者をユニバンスで預かる流れとなった。
大丈夫。アーネス君に押し付けて現場でスパルタ教育すれば良いのです。
何せウチは魔道具に関しては大陸でも有数の技術を持っている。時折ふらりとアイルローゼが姿を現して神業を披露するのが始末に負えないんだけどね。
どうです?
大変あっさりその話がまとまった。ですがそのような行為だと公国ルートはバレると使用できなくなる恐れがあるので、西回りルートをお勧めします。そっちのルートは今後定期的にユニバンスからの荷が届きますので。
実際今もこっちに向かっています。護衛はテレサさんの友達の部下で良いのかな? そんな人たちが務めているので問題ないです。最低でも小型ドラゴンを狩れる人たちなので、あれを襲撃するのはたぶん厄介でしょう。ウチでもノイエぐらいしか制圧できないと思います。
と、僕は頑張った。頑張り過ぎてへとへとになって宿に戻ったわけです。
湯船を満たすお湯を攫って顔を洗う。
今日はすごく楽しかった。
そう思い『んっ』と声を出して手足を伸ばす。
いっぱい魔道具に触れられた。それも愛弟子の作品ばかりだ。
旅人は一番弟子で確かに可愛がっていた。才能もあった。でも思考が自分寄りだった。寄り過ぎていた。だから手段を選ばない研究や効率重視の道具ばかりを作っていた。
でも今日のは違った。あの作りは全て『エンゼル』の作品だった。
自分が育てた弟子の1人。効率ではなく使いやすさを追求した魔法使いだった。
だから彼女が作ったモノは誰もが使えた。魔力の弱い者でも使えるようにと……みんなが使える道具を追及していた。付いた二つ名は『天使』で自分がそう名付けた。
《扱いやすくて修理も簡単。誰でも使えるようにシンプルにシンプルに》
そっと心の中でつぶやく。
ああ。兄さま。起きたんですね。お先お風呂をいただいてます。姉さまなら『足らない』と言ってコロネを連れて宿の食堂を襲撃しに……晩ご飯を催促しに行ってます。
え? 鼻歌出てました? ん~。今日はすごく気分が良いのでついね。
湯船に入るならちゃんとかけ湯をして奇麗にしてからにしてください。そうです。って狭い湯舟なんだから無理やり入って来ると……ん?
「何してるかなっ!」
「うわっと」
突然悪魔が怒り出した。
どうした? さっきまで笑っていたのに?
「何で湯船に入ってるのよ!」
小さな胸を両手で隠し悪魔が顔を真っ赤にしている。
「時間短縮?」
いつものことである。何より今夜はノイエの膝枕が待っている。
その前に妹を愛でようかと思いましてね。
「入ってるから! ここに可愛い妹が! 異性が!」
「あ~。その辺の認識は無かったかも? 余りにも小さくて?」
「このっこのっこのっ」
暴れる悪魔を抱きしめて僕もお湯に身を浸す。
「あ~。疲れた」
「……」
抵抗する悪魔を抱えて湯に浸かる。ああ温かい。
「何か言い給え?」
「小さいからって掴むな馬鹿。揉むなっ!」
「大きくなるかなって。ならないのは知ってるんだけど」
「このっこのっこのっ」
また悪魔が暴れた。
「で、お城の魔道具は良いモノばかりだったの?」
「何でよ?」
相手が落ち着いてからまた声を掛けた。
拗ねた悪魔はそれでも返事を寄こす。
「機嫌が良さそうだったから」
「……」
否定も肯定もせず悪魔は僕に背中を預けてきた。
「性能としたら最底辺なモノばかりよ」
「そっか」
「でも修理が簡単で誰でも使えた優れモノね」
「なるほど」
パシャっと掬ったお湯で悪魔が自分の顔を洗う。
「……一番弟子の次に可愛がっていたわたしの弟子が作ったモノなの」
「そっか」
背後から軽く抱き締めてやる。
「本当に優しい子でみんなから『天使』と呼ばれてた。最後まで誰でも使える魔道具を作ることを心がけて……ある意味で今の魔道具の礎を作った子かもしれない」
「なるほど」
「唯一の傑作があのスレイプニルよ。名付けたのは始祖の馬鹿だけどね」
「ふ~ん」
悪魔が顔を動かしチラリとこちらを見た。
「兄さま」
「ほい?」
何処か恥ずかしそうに悪魔がこちらの様子を伺ってくる。
「わたし、少し別行動しても良いかな?」
「理由は……遺跡漁り?」
「正解」
クスリと笑い悪魔が頷いた。
「愛弟子の魔道具を発掘したいの。動けばきっと人の役に立つ物ばかりだから」
そう言われると断り辛いわけでして……はいはい。分かりましたよ。
© 2025 甲斐八雲
悪魔の弟子に天使とはこれ如何に?
目立った? 尖った能力の無い魔道具ばかり作ったエンゼルさんですが、最高傑作がスレイプニルです。
実はもう一つ大きな仕事をしている人ですが…それは後々




