これからですから~
大陸北西部・ユーファミラ王国王都王城内
話を聞いた。真面目に聞いた。
どうやらフランクさんは薬を何度か小分けにして送っていたらしい。
受け取った孤児院の関係者はまずフローレンスさんに飲ませた。すると回復した。驚くほどに回復した。でもそんな関係者は彼女の鉄拳制裁を受けることになった。
『どうして子供に使わないのか』と。
関係者としてはどうしても天秤にかけてしまった。
命の天秤だ。人はそれを優先事項ともいう。
孤児の命とフローレンスさんの命を天秤にかけ、鉄拳制裁は覚悟の上で薬を使ったのだ。
そのお陰で彼女は助かったが、彼女の心には重いストレスが残った。自分が助かり子供が苦しんでいるというストレスだ。それはとても重く、ノイエが言うには『この人臭い』レベルである。ぶっちゃけ再度呪いが発動しているのは間違いない。
あ~コロネくん。そこのお客さんにこのしょっぱい紅茶を。
茶を進めるが彼女が口にしてくれないので『とりあえず茶を飲んで一度落ち着け。全部飲め。全部飲んだら続きを聞く』と言ったら一気飲みした。
はいノイエさん。臭いは? 薄くなった? 後は?
コロネくん。ノイエのアホ毛がツンツンしている部分に塩を塗り込みなさい。
そっちは抵抗しないで黙って塗られていろ!
強行的な治療を済ませつつ話の続きを聞く。
フローレンスさんは自分だけが助かった事態に絶望した。が、弟から『手紙は行方不明になりやすいから』と同じ内容の物が送られてきた。それも薬と一緒にだ。
彼女は考えた。届いた薬を1人に使うべきか? それとも人数分で割るべきか?
後者を選び彼女は子供たちに飲ませた。
効果は薄かったが苦しんでいた子供たちの病状が緩和した。
でもまた悩んだ。やはり一人を確実に救うべきだったのか?
沢山悩みつつも弟からは時折薬入りの手紙が届く。それを人数分に分けて……するとどうやら遠い国に行っていた弟が帰って来たと聞いた。それも樽で薬を確保してだ。
なら少しぐらい融通してもらえるかもとフローレンスさんは考えたそうだが、その薬の全てが国王預かりになった時点で自分への融通は難しいと知った。
また出てきたのだ。命の優先順位だ。
孤児に関する優先順位など地の底程に低い。無いと言っても良い。
でも諦められない。目の前で苦しんでいる子供たちを見捨てることはできない。
何より自分は登城するために必要な手続きを飛ばすことができる。それがビキニアーマーだ。
王族より『国に対して大変な功績を得た女性』に与えられる衣装を持つ自分であればそれを身にまとうことでいつでも登城することができる。だから登城し、国王をぶん殴って薬を手に入れ、子供たちに飲ませてから罪を償う予定だった。
けれど登城して知った。
『遠い国から友好の使者が来ている。薬を作成した人物で当初の話よりも多くの薬を送られた』と。
なら交渉次第で手にすることができるかもしれない。もし無理なら暴れて使者から無理やり薬を……と考えていたらその妻がドラゴンスレイヤーで、連れている妹とメイドも同列の人材だと聞いた。
無理だ。武力による交渉は無理だ。
子供たちに薬を持って行く前に自分が鎮圧される可能性が高い。
なら全力で頼み込んで交渉するしかない。そうなったそうだ。
「なるほどね~」
『うんしょ。うんしょ』と言いながらコロネがフローレンスさんの背中に塩を擦り込んでいる。
気づけばノイエのアホ毛センサーが警戒から無警戒モードに移行している。つまりもう臭いが消えたのだろう。
「頼む。子供たちのためにどうか薬を分けて欲しい」
「ん~」
僕としては別に渡しても良いと思っている。ぶっちゃけ渡しても良いのだ。
でも場所が悪い。ここで譲ってしまうと、あっちでポーラの講座を聞きながら、こっちの話に聞き耳を立てている人が居るかもしれない。
その人たちが『子供を救うために!』と言って薬を求め始める可能性がある。
簡単に言うと限りが無くなるのだ。
「どうか頼む」
床の上に胡坐をかくように座った彼女が頭を下げる。もう見た限り武闘家にしか見えない。
「子供を救いたいという気持ちは分かるんですけどね~」
手を伸ばし横に座るノイエを捕まえておく。
はいノイエさん。一回食事を中断しましょうね?
残りの肉をもぐっとしたノイエが素直に僕に甘えてきた。
「それって全ての子供を救うために薬を提供し続けないといけなくなりません?」
「それは……その通りか」
こちらの言いたいことをフローレンスさんが理解してくれた。
「で、僕らはどれほどの数の子供の分の薬を準備すれば良いんですか? 孤児院分だけでしたら手持ちで融通することは可能ですけど?」
「……」
たぶん目の前の人は馬鹿ではない。あのフランクさんの姉である。ただ貴女の弟さんはあっちでお腹を押さえて『うえっ』てなっている。たぶん胃に来ているのだろうな。
コロネさん。このしょっぱい紅茶をフランクさんに届けてあげて。
「この国に住む全ての子供となると途端に難しくなります。当たり前ですが薬にも限りがありますので」
何よりこの国だけが商売相手ではありませんので。
「何よりフローレンスさん的に孤児院の子供だけが助かったという事実で満足できるとは思えません。きっとすべての子供を救いたくなるでしょう」
お帰りコロネさん。今度はあっちで床とキスしたままの絨毯……椅子を引きずって来てくれるかな? 片手だと辛い? 大丈夫。甘い声を出してあの辺に居る兵に声を掛けたら手伝ってくれるさ。
またコロネを送り出し、僕は相手に視線を向ける。
ちなみにノイエのアホ毛が僕の頭をツンツンしてきているけどまだ黙ってて欲しいです。
「呪いに犯されているユーファミラ王国の子供の数は?」
「……把握しきれていない」
「でしょうね」
ただ傾向的に子供の罹患者は少ない。子供は親のストレスに巻き込まれる可能性が高いから、親が余程のストレスを抱え込んでいなければ発病しない。
そう考えると孤児院の子供が発病したのは、自分に親が居ない寂しさや将来への不安からか……その辺が原因かもしれない。ならその辺の不安を拭えれば孤児たちは回復してからの再発する可能性は低いと思う。今後はこの辺のケアに力を入れて欲しい。
ゴロニャンと甘えて兵に椅子を……王女を運んでもらったコロネが戻ってきた。
あ~きみきみ。今度はこっちに。
「ちなみにこの子は薬が作られる前の実験で髪から色を失いました」
「……」
僕の横に来たコロネを見たフローレンスさんが目を剥く。
「死んでもおかしくないほどの激痛と衝撃を受け、それでも運良くこちらに戻ってきました。彼女のおかげで僕らは呪いの正体を知ることができ、そして回復薬を製造する手がかりを得ました。でもそれが最初の成功例です」
一度言葉を切る。
えっと……コロネをどうしよう?
するとスルスルとノイエのアホ毛が伸びて来てコロネを拉致した。
おお。たぶん初めてノイエがコロネを抱きしめている姿を見た気がするよ?
「む? 無くなった?」
「これからですから~」
どうやらポーラと間違っているらしい。良くある事実なので気にしない。
つかノイエはポーラを胸の大きさで把握しているのか?
何気にノイエはおっぱいマニアだからな。
「それまでに我が国でも何人も呪いで亡くなっています。もちろんその中に子供もいます。全てを救えるようにするために努力をして我が国は薬を作り出しました」
ぶっちゃけ運ですけどね。はっきり言うとノイエというチートキャラが居たからですけどね。
「で、ユーファミラ王国はこれからどんな努力をすると?」
「努力?」
「ええ」
そこの王女はそこで正座。お前もこれからこの国を治めて行く人材だろう?
今からアルグスタさんが良いことを言うからちゃんと聞くように。
「子供の発病者はたぶんちゃんと治療すれば再発する可能性は少ないと僕は思っています」
「それは本当かっ!」
前のめりでフローレンスさんが問うてくる。まああくまで可能性です。
「ただもちろん周りの協力や何より努力は必要です。それを貴女たちがやってのけるという強い意志が無ければ不可能ですけどね」
子供の罹患者は周りの環境次第のはずだ。
ぶっちゃけこの国でそのデータを集めてくれるのならノイエが収納している薬を大放出しても良い。
ノイエの異世界収納には、樽単位で笑えるぐらいの個数が入っている。塩は劣化しないので作ったらそのまま保管し放題なのである。
「それでどうしますか? 子供たちのためにその命を賭して戦い続ける覚悟はありますか?」
「そんなことか」
彼女は笑いどんと自分の胸を拳で叩いた。
「覚悟が無ければ他人の子の親になどならん。命を賭けろと言うなら喜んでこんな命などくれてやるさ」
うむ。何て男前なレディーでしょう。
あっちで胃を押さえている弟さんにも少しは見習ってほしいかもね。
© 2025 甲斐八雲
データ集めに使うという理由立てもできたので樽単位で放出確定です。
まあ流石にこの場では出しませんけどね。
あと数話で王都を出て帰路に就きます。そして次はあれとの全面戦争かな?




