言葉が酷すぎて感情が追い付きませんっ!
大陸北西部・ユーファミラ王国王都王城内
即席で作られた会場では、悪魔を宿した妹様が絶好調で魔道具の修理をしている。
一応ユーファミラ王国にも魔道具を扱う魔法使いも居るのだが、そんな人たちは最前列で陣取り必死に悪魔の言葉をメモっている。
良いのかこれで?
陽動なら間違っていないが、今回誰も裏で悪いことをしていない。
結果として悪魔が自分の創作欲求を満たしているだけだ。
「お腹いっぱいは大切」
「なるほど」
僕の隣で鳥の丸焼きをもぐもぐしているノイエの言葉は最もだ。
つまり悪魔は創作欲求が満たされず朝から不機嫌だったのか?
ただそれを満たすのは僕にも難しい。
否、王妃さまと約束していたのだからもっと早くにその話を進めるべきだったのか?
「ごしゅじんさま?」
「今はお兄ちゃんです」
「……おにいさま」
まだ僕のことを『兄』と呼び慣れていないコロネが何処か恥ずかしそうにしている。
「それで?」
「はい。太ったひとが」
「言われました~! とうとうこんな小さな子にまではっきりと~!」
ぎゃんぎゃん騒ぐなふっくらさん。
「もっと過激なことをはっきりと言われました~!」
あれ? 口走っていましたか?
まあ人は吐いた唾と言葉は戻せないので認めましょう。
「ドラゴン退治は終わったの?」
「はい」
ドラゴン退治を終えて戻って来たのであろう彼女が居た。
シュンと肩を落としながらテレサさんがシクシクと涙している。
そんなに嫌ならまず痩せようか?
「嫌じゃないんです。ただはっきりと言われると胸の奥が抉られるように」
「お肉」
「はうっ!」
何気ないノイエのお肉のお代わりコールにテレサさんが胸を押さえて大きく仰け反った。
暴れるなキロ数百円。お前の肉はたぶん豚さんよりも安かろう?
「アルグスタ様の目が物凄く冷たいんですけど~」
「気のせいだよ。うん。気のせい」
生暖かい視線を相手に向けることを気にしつつ、僕は彼女が持つ鞄が気になった。
何だろう? あのアタッシュケース的な鞄は?
「こちらですか? 王妃さまからノイエ様へ」
「ノイエに?」
プレゼントですか? ならまず一度中身を確認して……何故かアホ毛に迎撃された。
『触るな』と言いたげに僕の手を叩いてそのままアホ毛が鞄を持つ。
「頭上にずっと掲げるの?」
「む」
思わずツッコミを入れるとノイエがようやく自分のアホ毛の動きに気づいた感じだ。
もうそのアホ毛たちは自分で動いていますよね? 意思とか持っていますよね?
「面倒くさい」
「はい?」
二股に分かれたアホ毛の片方が鞄を持ち、もう片方がクルクルと回る。
あっという間に魔法陣を描いて、相棒のアホ毛が持っていた鞄をその中に落とした。
とうとうアホ毛が異世界召喚を使うようになりましたがっ!
「進化速度が速すぎない?」
ダーウィンもビックリだよ? 進化論的なヤツはダーウィンで良いんだっけ? ダヴィンチだっけ?
知らないわけではありません。文字の並び順が似ているから勘違いするんだよっ!
「お肉。お肉」
「はうっ!」
何故かノイエがテレサさんに向かいお肉を求めた。
慌ててコロネが走って行くが……本格的にテレサさんはダイエットした方が良いと思います。
「で、そこの肉壁は」
「にくへき?」
「肉の壁と書いて」
「そろそろ本当に本気で泣きますよっ!」
あはは。ヒステリックに叫ぶなよ。軽い冗談だろう?
目の前に立っているからウチの悪魔の様子が見えないのです。椅子を持って来て座れって。
「宜しいのですか?」
「この状況で何を気にする?」
「あはは」
客人を放置して国家の中枢たる人たちはほぼほぼ全員悪魔の元に集っている。
何かの儀式かと思うが、ただの魔道具修理である。そのはずだ。
時折『この辺は一気に! 抵抗を許さずブスッと! ひははははっ! 処女じゃあるまいし無駄な抵抗はするな! 一気に深くまで貫いてやるっ!』等の危険な発言が聞こえてくるのだが、その後に見学者から『おぉ~』と感嘆の声も聞こえてくる。もうあの悪魔は好きにさせておこう。
「それよりもアルグスタ様?」
「ほい?」
壁が退いてくれたので悪魔の観察をしていたら、そんなテレサさんが声をかけてきた。
ノイエは新しく届いたお肉に少し塩味が足らないのか塩を振っている。
「お約束以上のお薬を提供して貰ったと聞いたのですが?」
「成り行きで?」
うん。僕の悪い癖でもある。ついその場のノリでやり過ぎてしまう。
「良いのですか? 貴重なお薬なのに?」
貴重ね~。
ちょいちょいと相手を手招きしてその耳元でそっと囁く。
「ちなみに今ノイエがお肉に振りかけているのもそんな薬です」
「ふへっ!」
僕から離れたテレサさんが慌ててノイエの手元を覗き込む。
若干振り過ぎの気もするが、塩が良く振られたお肉をパクりだ。
そもそもノイエの力でたぶん聖属性を得ただけの塩である。
塩なのだ。つまり使い方としたらこれが正しいと僕は思うのです。
「周りに言ったらダメよ? もちろんただのって訳じゃないしね」
「はあ」
気の抜けた何とも言えない言葉を返すテレサさんを無視して、ノイエが持っていたお肉を完食した。
「そろそろ甘いの」
「コロネ~」
「はい」
口の中を塩味にしてから甘い物を求めるなんて普通の人がやったら体を壊す。
ただノイエは壊れないからやりたい放題ではあるが、ここはちゃんと注意しておこう。
「ノワールたちの前でしたらダメだからね」
「むぅ」
露骨にノイエが拗ねた。左右に分かれているアホ毛が文句を言いたげに上下に揺れている。
「ノイエは良くても子供たちが真似をして病気になったら嫌でしょう?」
「守る」
「それでもです」
「むぅ」
渋々と言った感じでノイエが引き下がった。
たぶんコロネがケーキを持って来たのが理由だろう。
ちなみにこのケーキはユニバンス王国産である。ユーファミラ王国産のケーキは本当に甘くない。ボソボソとした食感で飲み物が無いと食べられない。何より甘くない時点で『ケーキ』にジャンル分けすること自体に抵抗がある。
そしてひと目でユニバンス産のケーキと分かる物の登場でテレサさんの口元に涎が浮かんだ。
「口止め料としてケーキを支払うけど?」
「わたしは何も見てません。聞いてません」
「あっそう」
それで良いのかと思うけど、それがテレサさんなのでまあ納得だ。
コロネが追加でケーキを持って来ると、テレサさんがそのケーキ皿を強奪して食べ始めた。
「あ~。ドラゴン退治の後のこれは幸せです」
仕事の後のビール感覚でケーキを食べるなと言いたい。
「テレサさんや」
「ふぁい?」
フォークを咥えて返事をしない。
「ちなみに今後君はどうやってケーキを得る気ですか?」
「……」
凍った。テレサさんがフォークを咥えたままで凍った。
ちなみに現在僕らは悪魔が作った魔道具のおかげでケーキを保有している。問題はその魔道具に時間停止の機能は無い。遅延が精いっぱいらしい。残っているケーキもそろそろ限界に近付いている。
ノイエがホール単位で食べていても文句は言わない。消費速度を上げる時期なのだ。
「ちなみに僕らの手持ちはそろそろ尽きます。コロネ」
「のこり5こです」
「「……」」
突きつけられた事実にノイエの手まで止まった。
『えっ? もうけーきってそれだけなの?』と言いたげな感じでアホ毛がこっちを見ている。
「日持ちのする飴とか焼き菓子のストックはあるけど、流石にケーキはね」
飴の敵は温度と湿度なので問題ない。ビスケットの敵は湿気かな? こちらも問題は無い。でもケーキは無理なんです。僕らも日々頑張っていますが無理なモノは無理です。
「もうケーキが食べられない?」
その事実を知り愕然としたテレサさんがわなわなと震えだした。
「だったらわたしもアルグスタ様の妹になります!」
「要らん。こんな肉塊」
「言葉が酷すぎて感情が追い付きませんっ!」
失敬失敬。つい本音がね?
「まあ焼き菓子と飴なら薬と一緒に手配できるが、ケーキは諦めなさい」
「あき……ら、める?」
死刑宣告を受けたかのようにテレサさんが絶望に支配される。
と、ノイエのアホ毛が二手に分かれてペシペシと彼女の周りの床を叩いた。
「むぅ」
「呼んだ?」
「むっ」
言葉の意味に気づいたノイエが軽く僕を睨んでくる。
分かっててやったことがノイエにバレたかな?
「ケーキを失ってここまで絶望する人が居るとは思わなかったんでね」
「むぅ」
ペシペシとノイエのアホ毛が床を叩き、彼女はその手に塩を持つとテレサさんの頭の上から振りかけた。
「ぺっぺっ! からっ!」
つい塩を舐めてしまったテレサさんが悶絶しているが気にするな。
「ケーキに代わる何かを考えないとな」
このままではテレサさんが呪われてしまう。
「アルグスタ殿っ!」
「はい?」
突然の声に僕も驚きビクッとした。
あの声はテレサさんの保護者であるフランクさんだ。
あは~。ちょっとテレサさんを揶揄っただけで特に何もしてないですよ? 本当です。
「厄介な相手が来た」
「はい?」
僕らの目の前に来た彼はそう叫ぶ。
どうやらテレサさんで遊んでいたのは見てないらしい。助かった。
「今すぐ逃げてくれ」
「逃げる?」
残念ながらまだあちらでウチのメイドがですね、
ドンっと腹の底に響くような鈍い音が伝わってきた。
慌てて顔を上げて視線を巡らせると、この会場の入り口で警護していた兵が倒れている。
「ここに居るのか? フランク~」
バキバキと拳を鳴らしながらビキニアーマーの女性が……良いのかこの国は? それで?
© 2025 甲斐八雲
辺境国のラスボス降臨w
これが終わると次は帰路に突入します




