これが可愛い?
大陸北西部・ユーファミラ王国王都
『ノイエは今夜だよね?』と言ったらお嫁さんがすんなりと納得してくれた。流石僕の自慢のお嫁さんである。ちゃんと説明すれば納得してくれるのだ。何せノイエの大半は優しさでできているから。
ただ僕の横には座る。座るが自然と僕が彼女を避ける。だってこれは仕方ない。
相手の衣服が崩れたらどうする? こういうのって普通お城に行ってから着つけないの? はい? 戦いはお城に行く前から始まっている? 何の戦いですか?
ノイエの着付けをしてくれたメイドさんが最後に『頑張ってください』と言葉を残し去って行った。
その頑張れって彼女の横に立ち気配を殺すしかない僕に対しての哀れみですか? そうですよね?
仕方ない。だって本日の僕はノイエのお飾りだ。
結婚式の時も凄く奇麗だと思ったけど、あれから1年以上が過ぎて改めて思う。ウチのお嫁さんは年々美しさが増している気がします。奇麗です。可愛いです。
アホ毛がムクッと動き出そうとしたので思考を止める。せっかく髪もセットして貰っているのでアホ毛の動きで乱すことは許されない。
ああニクよ。今のノイエを全力で撮影しなさい。
そんな訳でノイエと向かい合う形でコロネとニクが座っている。
3人掛けの座席を向かい合う形で作られた馬車の中は十分に広い。おかげで向こうの席は1人分以上余っている感じに見える。
「兄さま?」
「はいはい」
「……」
僕に捕まっている悪魔がブスッとした声を上げるが気にしない。
ノイエの許可を得ているので現在僕は悪魔を膝の上に置いて抱きしめている最中だ。
最近相手にする時間が少なくてごめんね。でも最近の君はこちらが少し甘やかすとすぐに調子に乗るのが悪いのです。落ち着きなさい。ドラグナイト家の令嬢として慎みを持った淑女のように振舞いなさい。
「ん~」
視覚で美しいお嫁さんを堪能しつつ、触覚では柔らかな妹の存在を堪能する。
もしかしたら今の僕ってばハーレム系の主人公的なポジションですか?
「ん」
スンスンと鼻を動かし確認する。
ポーラの髪の匂いがいつもと違うだと?
「石鹸変えた?」
甘い花のような匂いがしますね。
「……宿に置いてあったヤツを使ってみたのよ」
「うん。良い匂いである」
相手の頭に顔を寄せてスンスンする。
ノイエの匂いはいつも通りだったから石鹸はウチで使っている物を使用したのかな? まああの石鹸は泡の肌触りが凄く良いのでノイエが気に入っている。というかあれでモコモコの泡まみれにされるのが好きなのである。そう言う部分はちょっとお子様な感じで増々可愛い。
一瞬ノイエのアホ毛が動きかけた。たぶん『お子様』の部分で反応したが『可愛い』が続いたので許してくれた感じである。あはは。本当にノイエは可愛いです。
「ん~。ポーラは可愛いね~」
「……」
とりあえず本日は妹様を愛でる日と決めたので、この馬車での移動中はずっと可愛がることにする。
「小さくて可愛い」
「うるさい」
「可愛いですよ~」
「うっさい」
まだまだご機嫌斜めな悪魔の返事はずっとそんな感じだ。
おかしい。これがポーラであればもうふにゃふにゃになって甘えているはずなのに。
「そっか。大人の悪魔に可愛いは失礼か?」
「……」
普段からポーラの姿をしているからついつい忘れるがこの悪魔は御年数千歳のおぉっ!
「年齢のことは今関係ないわよね? 関係ないわよね?」
「……関係ないと思います」
「フンッ」
息子の下の2つのあれを掴んでいた悪魔がその手を解放してくれた。
今本気でこの悪魔は握り潰そうとしていたぞ? あれ? でも僕はノイエの加護で大半の怪我は治るらしいから潰されても大丈夫と言えば大丈夫なのかな?
「なら実験してみる?」
「遠慮します」
おどろおどろしい声で脅してきた悪魔に『我抵抗の意思無き』と伝える。
今のコイツは本気で握り潰してくる。間違いなくする。
「……こんな身なりをしているから可愛いと言われれば悪くないけど」
「はい?」
拗ねた悪魔がそんなことを言って顔を真っ赤にした。
うむ。本気で可愛いな。
「可愛いね。ウチの妹は」
「うるさい」
「本当に可愛いね~」
顎の下をウリウリしながら存分に相手を甘やかす。
ポーラはメイドたちの中で派閥ができるほどの実力者でもあるが、何よりその可愛らしさでも支持を得ている。アルビノのために髪は白く目は赤いが、それでも顔立ちは整っていて大変可愛い。
「あ~可愛いです」
「言葉に重みがない」
「可愛いモノは可愛いのです」
美味しいご飯を食べて色々と語る人も居るが、僕としては満面の笑みで『美味しい』の一言が一番だと思う。つまり美味しい物は美味しいのであり、可愛いモノは可愛いのである。
「ん~。魔女ちゃんは本当に可愛いですね~」
「っ!」
何故か相手が全身をビクッと震わせた。
「突然何を言うのよっ!」
「事実です」
魔女ちゃんは可愛いですよ~。
「っ! っ! っ!」
ビクンビクンと悪魔が痙攣した。どうした?
「貴方がずっと胸を掴んでるからでしょうっ!」
胸? はて? そこは避けて抱きかかえていた気がしたのですが?
相手を抱きしめていた手を解くと悪魔がスルッと逃げ出した。
「ば~か」
「はい?」
何故か片手でアカンベーをしながら、お尻を突き出してこちらに向かいペンペンと悪魔は自分の尻を叩いた。
「甘やかされてもわたしが兄さまに優しくすることはありません。馬鹿弟子とは違うんだからね!」
もう一度お尻をペンペンすると、悪魔はエプロンの裏からスルスルと箒を取り出した。
「逃走用に周囲の様子を見ておくから一回離脱するわね」
「ちゃんと戻って来いよ」
「分かってるわよ。ベーっ」
可愛らしくまた舌を出して悪魔は馬車の扉を蹴り開けると、そのまま外へと身を躍らせる。
外で護衛をしていたのであろうフランクさんの『うわっ』という声が聞こえてきたがまあ良い。彼とてウチの面々のフリーダムなところは理解していることだろう。
案の定開いたままの扉が閉じられた。中の確認すらない。
「アルグ様」
「はい?」
外に向けていた視線を隣に移す。
ノイエがジッと僕のことを見上げるようにして見つめていた。
「小さい子、好き?」
「ん~」
ポーラは可愛いし、真面目だし、気が利くし……嫌う要素が全くない。
ただちょっと暴走気味なのが玉に瑕かな?
「なら良い」
「何が?」
「……」
フワフワとノイエのアホ毛が揺れた。
「わたしも小さい子は嫌いじゃない」
「それは良かった」
ポーラはノイエの妹だから大嫌いとか言われるとちょっと色々と考えてしまう。
「ちなみにノイエさん?」
「なに」
チラッと視線を動かす。
「そこに居るコロネは?」
「……」
スッと顔を動かしたノイエがマジマジとコロネを見る。
「お帰り」
「ずっと居ました!」
まさかの言葉にコロネが全力で吠える。
「着替えたの?」
「最初からです」
「……」
「おくさま~!」
ノイエのリアクションに流石のコロネも涙目だ。
うん。やはりノイエにポーラとコロネの見比べは不可能か?
「冗談」
「「……」」
ただノイエのその言葉に僕とコロネとニクが何とも言えない視線を向ける。
「本当。冗談。冗談……アルグ様」
「はい?」
「冗談って何?」
その言葉が冗談であってくれと願いたくなる冗談ですね。
「うん。たぶんそれ」
「どれ?」
「……小さい子が悪い」
「つまりそれが悪いと?」
改めてコロネを指さす。
「お帰り」
「ずぅ~っとここにすわってますっ!」
「着替えたの?」
「さいしょからきてますぅ~!」
「可愛い。これが可愛い?」
首を傾げながら僕に聞かない。
まあコロネは……ちょっとニク。リス的にコロネの評価はどうですか? はい? 自分リスなので人の見分けができないですと?
至極当然なことを言うなと言いたい。お前はそれでもリスかっ! リスだっ!
「この子は可愛い?」
「ん~」
腕を組み真剣に悩む。
ユニバンスって基本的に美形が多いのである。特に女性は美しいくなる傾向が強い。大陸で美人率を数値化したらユニバンスが突出しているような気がするわけです。
それは良い。つまりコロネが可愛いかと問われると要相談か?
「コロネよ」
「はいっ」
何故かキラッキラとした目でコロネが固唾を飲んで僕の言葉を待っている。
「僕は誰に相談して君の評価を決めれば良いのだろうか?」
「……」
ふとコロネの目が死んだ。一気に急降下するかのように一瞬で死んだ。
「どうしたコロネ?」
「しりません……ばか」
ノイエさん? 今この子ってば僕に対して馬鹿って言いませんでしたか?
「アルグ様の馬鹿」
まさかのノイエの追い打ちがっ!
© 2025 甲斐八雲
コロネは愛嬌のある可愛らしい少女ですよ?
とある性癖の人たちの前に置こうものなら瞬殺でしょう。何が?
次回、お城に到着しま~すw




