本当に可愛い妹なので
大陸北西部・ユーファミラ王国王都
何だろう? この異様なまでの首の引き攣りは?
「いつつ」
「大丈夫?」
「たぶん?」
ノイエがこちらを振り返り声をかけてくれる。けれどすぐ頭の位置が戻された。
髪の毛をセットしているので仕方ない。ただアホ毛は逃げ続けている。流石だ。
ここ最近にしては久しぶりに寝違えたのかな?
物凄く頭と首が痛い。少し動かすと引き攣るようにとても痛い。
何故かニクとコロネも首を摩っている感じからしてみんなして寝違えましたか?
「枕が合わないのかな?」
「ん」
ユーファミラ王国の方で手配してくれたメイドさんたちの手により、着々と着つけが進むノイエがその声に反応した。
「今夜はわたしの膝を枕にして」
「「……」」
着つけているメイドさんたちが一斉にこっちを見た。
愛されていますが何か?
「ずっとは大変だろうから少し甘えさせてくれれば良いよ」
「ずっとでも良い」
「「……」」
優しさを優しさで返されてしまった。おかげでメイドさんたちが『若いって良いわね~』的な視線に。
貴女たちもまだまだ若いですよね? どうして姑チックな佇まいに?
「なら今夜ね」
「はい」
ノイエは頑固なので一度言い出したら基本引かない。ここは僕の方が折れて後で妥協点を探せばいい。今夜の膝枕は簡単です。膝枕をして貰ってそこから僕が調子に乗ってノイエに甘えれば……はて? もしかして僕はノイエの罠に嵌まったか? 優しさを優しさで返したらその正体は肉欲渦巻く恐ろしい夜への誘いだった? まあ良いか。
「ポーラ。お茶」
「ふんっ」
紅茶のお代わりを我が家のメイドに求めたら、何故かティーポットを目の前に叩きつけられた。
これこれメイド? 少なくとも今の君はメイドであろう? その態度はどうなの?
だがポーラの振りをしている悪魔は朝から機嫌が悪い。
『あの日か?』とツッコミを入れたらふら~とエプロンの裏から禍々しいオーラを放つ魔道具を取り出そうとしたぐらいだ。
それはコロネが体を張って止めてくれた。『せんぱいのあの日はおわってます!』と余計なことを言って悪魔にハリセンで殴り飛ばされていたけどね。
ああ。コロネの首の不調はあの時の衝撃か? あれ? 何故か頭の奥がズキッと疼く。
「おおう」
「だいじょうぶですか?」
声をかけてきたのは先に着替えを終えたコロネだ。
お子様用のドレスではあるがポーラが着るよりも馴染んで見える。
「やはり枕かな?」
首と頭が痛いのです。ノイエの加護があってここまで尾を引くとは……実は寝ぼけたノイエにゴリッと? ノイエはそんなことはしない。
なら暴走したアホ毛が? ありそうで怖いから考えないでおこう。
「もみますか?」
「あ~。なら軽く叩いて」
「はい」
ソファーに座っている僕の背後に移動しコロネが右手でトントンと肩を叩いてくれた。
そんな様子にノイエの着付けをしているメイドさんたちが孫でも見るかのような視線を向けている。
この国のメイドはどうしてそう慈愛に満ちているの? 風土なの? これが普通なの?
落ち着いて考えるとユニバンスのメイドがおかしいのかもしれない。
ウチのメイドさんは主人を値踏みして見下すような視線をしてくることが多い。
あれか? あれが全て悪いのか?
「とんとん」
何故かコロネが叩きながら『とんとん』と口ずさむ。
うむ。我が子に肩を叩かれるお父さんってこんな感じなんだろうな。
正直言って弱い衝撃に肩の痛みなんて取れない。でもそれでも良いのである。叩かれているという行為が嬉しいのである。
「ご主人さまが弱いからもっと強くだって」
「でも」
悪魔がコロネに余計なことを。
ただ本日の悪魔さんはとにかく機嫌が悪い。何故ならコロネの義腕を取り出しそれを彼女に装着しようとしている。
「こっちの粉砕モードで両肩を掴んであげればどんなに硬くてもバラバラになるから」
木っ端微塵にする気か?
流石に物騒な会話に振り返って悪魔を睨むと『フンッ』と鼻を鳴らして離れて行く。
「あれって何かあったの?」
「分からないです」
本当に何も知らないのかフルフルと全力で頭を振ってコロネが俯いた。
「アルグ様が悪い」
「はい?」
不意のノイエの声に視線を戻すと彼女の着付けは大半が終わっていた。
相変わらず美しい。美だ。美がそこに居る。
「たぶんアルグ様が悪い」
「たぶんなの?」
「たぶん」
そうか。つまり僕は知らぬ間に悪魔の逆鱗に触れるようなことをしたと? 何をしたんだろう?
本当に記憶にないから困るんだけど……折を見てこっそりと謝っておくかな。あれを怒らせたままにしておくと色々と面倒臭い。何より拗ねて敵対行為にでも走ると本当に厄介だ。
「あれか」
「とんとん」
トントンを再開していたコロネの様子を見て気づく。
最近コロネとばかりスキンシップを取っていたから妹様が拗ねたのかな? それで悪魔がポーラの代わりに怒っているというパターンか?
だったら今夜はノイエの膝枕タイムまでポーラを愛でて過ごすことにしよう。
「実の娘には嫌われているのにね」
「とんとん」
コロネのトントンが物凄く僕の胸を打つ。
せめて月に一回でも良い。ノワールを抱いて笑って貰いたい。
あ~。猫科の生き物を飼う人ってこんな気分なのかな~。
「とんとん」
借りている宿はユーファミラ王国で一番の宿らしい。
ここで思う。何故お城が宿泊先にならないのかと?
「……大変なんですね」
「突然肩を叩かれた意味は?」
「気にしないでください」
迎えに来たユーファミラ王国の近衛団長であるフランクさんの肩をまた叩く。
この国が悪いんじゃないんです。貧乏が全部悪いんですね。分かっています。分かっていますとも。せめて僕らはこの国に対して少しでも多くお金を使えば良いんですね?
「それよりそちらはメイド服のままで良いのか?」
「あれが正装だと言ってきかないので」
「……大変だな」
何故か今度はフランクさんに肩を叩かれた。
一応本日はドラグナイト家の3名とお付きのメイド1名とでお城へ行くことになっているから問題は無い。問題はポーラがメイド服のままで身代わりのコロネがドレス姿だということか?
コロネ的にはどちらの格好でも文句はないので言われるがままに服を着る。ただポーラはメイド服に固執しているから余程の理由を付けないとドレスに見向きもしない。困ったちゃんである。
一応メイドらしく手配された馬車の確認をして回った悪魔が、コロネとニクを馬車の中に叩き込んで自分も入る。
ちょっと待て? ご当主様より先に入る奴が居るか?
まあ扉が閉じられていないだけ良かったと思おう。
「テレサさんは?」
「ああ」
何でも朝一に王都近郊でドラゴンが発見されたということで急行したらしい。
ならもう退治を終えてこっちに戻っているって感じかな?
「それで済まないが」
「はい?」
現場から直帰のテレサさんは着替えている暇がない。それに何かあれば魔剣を持って現場に向かう都合もあるので今回の歓迎式典は武器を携帯したままで参列させたいとのことだ。
「構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「あはは。まあウチぐらいだけでしょうけどね」
どこの世界にドラゴンスレイヤーがフル装備状態での式典参加を許可する馬鹿が居るのかと?
は~い。ここに居ます。テレサさんが魔剣を持っているぐらいならウチのノイエが圧勝しますので。そう言わないとノイエが拗ねるので重ねて言います。圧勝しますので。
「近場ならウチのポーラを走らせても良いですけどね」
「良いのか?」
「ええ」
何故か今朝から拗ねに拗ねていることを言うと、フランクさんは少し考えた。
「兄に甘えたいのでは?」
「やっぱりですか?」
「ああ」
彼が言うにはどうやら僕はコロネに甘くポーラに厳しいところがあるそうだ。
だが違うんです。ポーラは甘くすると直ぐに調子に乗って服を脱ぎだしいたそうとするのです。兄としてそれは阻止しなければいけないと思います。
「なら側室にでもすれば良いだろう?」
「……」
ですから妹なので。
「血の通っていない妹なのだろう? それも聞く限り奥方の妹だという話だ。姉妹を娶ることに問題でも?」
「……あった。あります」
僕はノイエと結婚した時に宣言したのです。ノイエ以外の嫁を得ないと。側室も置かないと。
「言ったからには守らないとです」
「なるほど」
フランクさんが納得し頷いて、
「だから妹として囲っているのだから問題あるまい?」
「……」
おいおいオッサン?
「ドラゴンを屠れる逸材であり、何より祝福と魔力まであるとか? ウチの国に亡命でもしてくれればその日のうちに国王陛下が自身の養女にするであろうな」
「でしょうね」
知ってます。ウチのポーラとコロネが実際はかなり優秀であると。
実際コロネの方が劣るけどそれでも他国に行けば英雄扱いです。そして厄介なのがポーラはたぶん個人で中型ドラゴンを狩れる。それが公表されれば彼女はユニバンスの正式なドラゴンスレイヤーだ。
「今まで以上にポーラは厳しくするしかないかな」
「どうしてそうなる?」
心底意外そうな感じでフランクさんが僕の表情を伺ってきた。
「仕方ないでしょう?」
どんなにあれ~でもポーラは我が家の一員です。
「本当に可愛い妹なので」
だから決して嫌っているわけでは無いんです。
雑談をしていたら静々とノイエが宿屋から出てきた。
エスコートを忘れていたぜ。
ただ圧倒的な美が歩いて来るので……あの横に立つことにどれほどの度胸が必要なのかを皆に知って欲しいです。マジで!
© 2025 甲斐八雲
主人公的にポーラは大好きです。
ただ性的な目で見るとまだ幼いし、何より年齢的にアウトじゃない? って感じですかね。
見た目と年齢がクリアーしたらどうなるのかは…この物語が完結するまで語られるのだろうか?
だってこの話ってあれをあれしたら終わるんだよね? そうだよね? ねえ?




