酒樽の中に入って隠れてきたですぅ~
大陸南東部・ユニバンス王国内
「シュニット様です~」
「おお。キャミリー……か?」
「ですぅ~」
弟の屋敷を預かり滞在しているはずの王妃の声に、私室の机で公務を行っていた国王は顔を上げ困惑した。この国で自分と同列に並ぶ尊い存在であるはずの彼女がメイド姿である。
まあ彼女の場合は喜んでそのような服を着ることがあるから何も言えない。
自称では素であるとなっているが、彼女の本質を知る者からすれば“演技”にしか見えない。
本当の意味での天才が彼女の本質であるはずなのだ。
「その格好はどうした?」
「えへへ。可愛いです~?」
「ああ。似合ってはいるな」
たぶん背格好に合わせ作られた物であろう。違和感なく着こなしている。
「その趣向はドラグナイト家の物か?」
「ですぅ~」
腰を振りフリフリと少し短めのスカートをアピールしてくる彼女はこの国の王妃である。
王妃の間の抜けた声と行動に私室に居た大臣たちがその表情を無にしている。
たぶん無にしなければ『王妃としての振る舞いを』と語ってしまうからだろう。
それを察してシュニットは大臣たちに退室するよう促す。
大量の仕事を置いて大臣たちは静かに退室した。ただその半数が王妃を睨むような目を向けている。数人は孫を見るような目をしていたがそれはそれで問題は無いから気にもしない。
一番厄介なのは王妃の言葉や行動に何ら反応を示さない者たちだ。
それらの者たちは彼女のことをもう“王妃”と認識していない可能性がある。下手をすれば“次”の王妃を誰にするのかばかり考えている可能性の方が高い。
その手の大臣は最終的にドラグナイト家の名を借りて失脚して貰う外ない。
大臣とキャミリーの正体を知らないメイドが退室するのを確認し、シュニットは深く息を吐いた。
「露骨に狙い過ぎではないか?」
「ですぅ~?」
机の前で王妃は可愛らしく頬に手を当て首を傾げている。
「最近はドレスよりこの格好の方が多いですぅ~」
「それはそれで問題な気がするが?」
「でも服でしか相手を見ていない人には効果てきめんですぅ~」
「またそう言うことをして」
呆れる国王に、王妃はにぱにぱと笑う。
「大臣の何人かがグローディア様を擁立して国家の転覆を考えてますぅ~」
「だろうな」
そうでなければここまで露骨なことはしない。
ユニバンス貴族の怨敵とも呼ばれているアルグスタが国外に居る。それもしばらくは帰ってこない。
そして彼が独占している王族グローディアへの通信手段はあの屋敷に残されているのだ。そうなっているのだ。
「おにーちゃんも良く引き受けるですぅ~」
「あれは引き受けるさ」
普通に考えれば国の貴族の大半を敵に回すような困難な依頼を弟となった彼は引き受けた。
「あれが行く前に言ってた。『普段から色々とご迷惑をおかけしていますから……何より戻ってくるまでにはちゃんと掃除しておいてくれるのでしょう?』とな」
「それは派閥争いです? それともお屋敷の掃除です?」
「両方の意味であろうな」
箒を動かす振りをする王妃に国王は優しく答えた。
「それで屋敷の方は?」
「あは~。毎日が楽しいですぅ~」
クルクルとその場で回りだし王妃は両腕をブンブンと振る。
「ごはんが美味しいですぅ~。ケーキも美味しいですぅ~。お義母さまがノワールを手放さないですぅ~。歌姫さまがとても優しいですぅ~」
「甘やかされ過ぎていないか?」
「失礼ですぅ~。ちゃんと廊下掃除の担当を得たですぅ~」
「……」
腰に手を当て“王妃”が、『凄いでしょう!』と言いたげに胸を張る。張っている。
「最近は先生であるロボさんが『ちり取りの時は下がり続けないように』と言わなくなったですぅ~」
「そうか。それは良かったな」
「ですぅ~」
上機嫌でクルクルと回っていた王妃は動きを止めた。
もう十分に大臣たちはこの部屋から離れたはずだ。そして離れることを嫌がったメイドたちは物理的に離されたはずだ。
「こほん」
軽く咳払いをして王妃はその佇まいを変える。
今までにぱにぱと笑っていた笑顔は愛らしい物から落ち着いたものへと変化した。
「外で魔法使いの相手をしているフレアからの報告は?」
「届いている。読むか?」
「立ち聞きしてますので」
「それもどうかと思うが?」
待機しているメイドに椅子を運ばせキャミリーはそれに座る。
「大半は帝国と共和国から流れてきた流れの魔法使いでしょう?」
「のようだな」
崩壊著しい二つの大国からは人材の流出も多い。
過去争っていたこのユニバンスにも流れて来るのは仕方ない。むしろ人材が乏しいから自分が行けば雇ってもらえると思っているのだろう。
けれどユニバンスとしてはそれを是としていない。
恐ろしい策士がもし何かしらの策を巡らせていたら?
そう考えてしまうのが大戦を乗り越えたユニバンス王家である。王家としてはそんな者たちを雇うことはしない。だが貴族個人での雇い入れに関しては制限はしていない。
あくまで国家の運営や国防、学院などへの雇い込みは禁止しているのだ。
「アルグスタはその手の人材を雇わないみたいだが?」
「はい。おにーちゃんには優秀な魔法使いが居ますから」
個性的な人材を集めるのが趣味のような弟は他国から流れてくる魔法使いを雇わない。
そのことを誰もが不思議に思っている。
「魔女か……気配は?」
「全くないです。本当にこちらには来ていない様子で」
それに関しては前王妃であるラインリアのお墨付きだ。
『ん~。たぶん来てないと思うわよ』と言いながら歌姫にも確認していた。
あの迷うことなく当事者の仲間に聞いてしまう精神も凄いが、『何でも新しい魔法の研究をしているそうです』と答えて来る歌姫も凄い。
「でもフレアが張り切って守っているからまだ屋敷の敷地内にたどり着いた魔法使いはおりません」
「そうか……だが気を抜くな。その昔、母の秘密にまでたどり着いた共和国の間者が居たからな」
「そうらしいですね」
キャミリーも知る話だ。その間者はあのラインリアの秘密にまでたどり着いたのだ。
ただノイエとアルグスタの結婚式のどさくさで逃れようとしたが叶わなかった。メイド長の掃除の手が確実に届き身元不明の遺体とされてしまった。
「祝いの席で人殺しなんてちょっととは思いますが」
「言うな。それがスィークの仕事だ」
対象を必ず守るのが最強メイドのスィークだ。それは物理的なモノだけではない。対外的なモノも含まれているから秘密の保持も対象である。だからこそ彼女は容赦しない。確実に掃除するのだ。
「それで貴族たちの動きは?」
「そちらは近衛が動いているが」
「近衛自体にも敵が居ると?」
「そう言うことだ」
副官のコンスーロを中心に信用できる人材で洗い出しをしているが一定数近衛の中にも敵は居た。
「だからそろそろどこかで期限を区切ろうとは思っている」
「期限……アルグスタの帰還日を公表ですか?」
「そう言うことだ」
本当に頭の良い子だとシュニットは思う。
自分でも敵わないほどの知能を持つ王妃は会話を楽しみつつ数多くのことを考えている。
「でしたらその日はわたしも屋敷から出て迎えに行った方が良いですね」
『はい決まり』と言いたげにキャミリーはそう言い切った。
「前日にお城に戻り貴方と一緒に大切な義弟を出迎えに行きます」
「露骨過ぎないか?」
余りにも露骨な提案である。が彼女はコロコロと笑う。
「あら? 馬鹿でお子様な王妃がそんなことを考えると誰が思いますか?」
「……」
「でしたら一度貴方はその申し出を断ってください。そうしたらわたしが食い下がります」
「それも断ったら?」
クスクスと王妃は笑う。
「お城に来て貴方の前でジタバタと暴れます。『おにーちゃんの出迎えはおねーちゃんの仕事ですぅ~』と泣き叫んで。もちろんその時は大臣たちが退室する前に仕掛けますのでお相手宜しくお願いします」
本当に決定事項だとばかりに彼女は告げて来る。
その様子にシュニットは深く深く息を吐いた。
「お前の立場というか評価が下落の一途だが?」
「構いません」
本当にその様なモノを気にしていないキャミリーは柔らかく笑う。
「他人の評価などわたしは気にもしません。このよう幼い外見で生きているわたしが他者の視線を気にしますか? 普段から馬鹿な言動と行動をしているわたしが他者の評価を気にすると? もし気にするような女でしたらわたしは普段からこうして賢い振りをします」
あくまで今の状態を彼女は振りという。
「何よりわたしにとって最も大切なのは『家族が笑って過ごせること』です。そのためならわたしはどんな道化も演じましょう」
「そうか」
相手の硬い意志にシュニットの方が折れた。
後はいくつか相談事をこなし、彼女はまた“王妃”キャミリーへと戻る。
「おやつの時間が近いからお屋敷に帰るですぅ~」
「そうか」
頷きシュニットは気づいた。
目の前の王妃はどうやってこの城へと来たのだろうか? 馬車で来たのなら報告が届くはずだ。
「簡単ですぅ~」
何故か王妃は薄い胸を全力で張った。
「酒樽の中に入って隠れてきたですぅ~」
「……そうか」
深く深くシュニットは顔を俯かせた。
ちなみに帰りの行程でお手洗いに行き忘れていた王妃さまは、酒樽の中で何かを相手に壮絶な戦いをすることになったのはいつもの馬鹿話である。
© 2025 甲斐八雲
ユニバンスの方でもお掃除の話が進んでいます。
暗躍しているのは知力100オーバーのチートキャラである王妃さまです。
これを敵に回して戦術勝負するなら作者は自軍にホリーを入れます。それでようやく互角かな? ホリーをしてたぶん『面倒くさい相手ね』と言わせるでしょうけど。
次回王都にたどり着いた主人公たちの前にあれがっ!




