次はもっと大きいの
大陸北西部・ユーファミラ王国内
「あのあのポーラさん? わたしはどうしたら?」
「はい。いつも通りピカッとしていただければ」
「魔剣の能力説明がおざなりじゃないですか?」
気のせいだと言いたげにポーラは相手のツッコミをスルーする。
現在手にしている魔道具に意識を向けているから余り邪魔をして欲しくない。
「ポーラせんぱい」
「コロネさま。わたしを先輩と呼ぶ癖を直してください」
「だってせん……はい」
かなりきつめに睨まれてコロネはシュンとした。
もう相手は目の前だ。駆けて直ぐの距離だ。ドラゴンの足は意外と速い。
「オオムカデでなぐれば良いんですよね?」
「はい。そこで踏ん張ってガツンと一発お願いします」
「分かりました」
フンスっと鼻息荒くコロネはグルグルと左腕を回した。
「あの~ポーラさん?」
「テレサさま」
「はい」
スッと向けられた相手の視線に、テレサは全身が縮みあがる感覚を覚えた。
普段の……兄であるアルグスタと戯れている時とは全く違う雰囲気が冷たくて怖く感じたのだ。
「そろそろ一発お願いします」
「あっはい」
命じられるとつい応じてしまうのがテレサの悪い癖である。
だが今回ばかりは仕方が無い、銀色の棒を手にした幼いメイドがとにかく怖い。
「アルグスタ様にまた何か言われましたか?」
「テレサさま?」
「……失礼しました」
モワッと相手から流れ込んできた冷気は気のせいではない。本物の冷気だ。
その冷気から逃れるようにまずテレサが前に出て魔剣を構えた。
刀身はほとんどない魔剣だ。柄と握りがある意味で本体であり刃は持ち主の想像力で作り出す……それが最強の魔剣“ドラゴンキラー”の正体である。
静かに魔剣を構えたテレサは大きく息を吸い、呼吸を止めた。
後はイメージだ。相手をどう倒すかだけを考えれば良い。そうすればドラゴンキラーがその想いを形にして相手を屠る。
「真っすぐ」
上段に魔剣を構えテレサは前を見る。
3頭が我先にと競るように走って来るドラゴンの真ん中の個体を見つめた。
「振り下ろす!」
ピカッと光り輝ける刃を伸ばした魔剣が、真ん中を走っていたドラゴンを左右に分断した。
「終わりです」
次の者に知らせるようにテレサは終わりを告げた。
「ふんばって」
言われた通りに地面に両足の平を置く感じで構える。
大丈夫。怖くない。
ゆっくりと顔を上げてコロネは前を見た。
だって義腕には大好きなご主人さまが祝福してくれのだ。
『コロネは弱いからちょっと強めで』と言ってポンポンと義腕を叩いてくれた。それだけで祝福が宿る。
ドラゴンを相手にするならほぼ最強と言われているご主人さまの祝福だ。
それが左腕に宿っていると思うだけで心の奥から嬉しくなる。
『弱いから』ってと心配してくれたのもすごく嬉しい。
代わりにポーラ先輩に祝福は無かった。
『必要なの?』と問われた瞬間彼女の絶望染みた表情は全てを物語っていた。けれどノイエさまが『必要ない』と言った。ご主人さまにスリスリと甘えながら奥さまははっきりと言ったのだ。
その言葉にご主人さまはにんまりと笑いもう一度口を開いた。
『一撃で狩れるよね?』とさらなる試練を重ねてきたのだ。
それからとにかく先輩の機嫌が悪い。機嫌が悪すぎて怖い。
隣がピカッとしてブンッとしたら真ん中のドラゴンが左右に分かれて倒れた。
「終わりです」
と分かりやすい合図を得た。
次は自分の番だ。
義腕に右手を置いてグッと抑える。
神器クラスとも言われる国宝以上の魔道具は今日も自分の本当の左腕のようだ。
違和感はない。ちょっと重さを感じるけどそれはこちらに来てからずっと普通のハリボテのような左腕を付けていたからだ。重さが全然違うからその辺で違いを感じるのは仕方ない。
『大丈夫』
コロネは前を見る。
『ご主人さまはすごいんだから』
色んな意味でだ。
地面を蹴り伸びるその動きはムカデと言って間違いない。
ズルズルと少女の左腕から伸びるムカデの咢が、驚き口を開いたドラゴンの頭から齧り取った。そのまま食らい続けて腕と足を残して全てを貪り尽くした。
「せんぱいっ!」
静かにポーラは迫って来るドラゴンを見つめていた。
テレサの魔剣はドラゴンキラーだ。あんな小型のドラゴンになど負けはしない。
コロネの義腕は兄の祝福を得ている。あんな小型のドラゴンになどに使用するには勿体ないほど過度の祝福を得ている。絶対にそんなに必要ない。
半分……それこそ指先一本で触れる程度の祝福で十分なのに、ポンポンと二回も叩いて与えていた。
知ってる。兄は最近コロネを可愛がっている。
自分と違い『好き』を前面に押し出さず一途な恋する少女のように振舞っているあれはたぶん演技だ。そうして兄に取り入ってあわよくばとお情けをと考えているに違いない。許せない。
ユニバンスのメイドたる者、主人に求められる存在になるか、主人を有無を言わさず制圧して跨って腰抜きにするかのどちらかだ。そう先生であるスィークは言っていた。現に二代目メイド長は相手を制圧して腰抜けにしたとハルムント家では有名だ。つまり自分もそうでなければいけない。
でも強引に迫り過ぎて兄さまに嫌われるのは嫌だ。それは怖い。もしそうなったら耐えられない。
ここは我慢をして相手の隙を伺うしかない。
師である刻印の魔女も言っていた。
『最悪相手が寝ている隙に跨っちゃえばいいのよ』と。
自分もそう思う。思うけど初めてはちゃんとした環境下で迎えたい。
『好きだよ』と言われて抱きしめられて姉のようにベッドに運ばれてそれから相手を制圧する。
目標はこれだ。これが正しい。
もう気絶している兄のあそこを勝手に舐めたりするのでは刺激が足らない。もっと前進したい。
「終わりです」
隣がピカッとしたズバッとした。
真ん中の個体が真っ二つだ。
「せんぱいっ!」
次いで左端の個体が腕と足を残して消えた。伸びたムカデが咢を開いて一瞬で喰らいつくした。違う。兄の祝福で消え失せ一瞬で貪り尽くしたように見えただけだ。
そして案の定コロネが空へと舞った。ポ~ンとだ。
自由を得た感じでムカデが尻尾なのだろうか? ある意味で本体を振るった結果コロネが打ち上がった。たぶん師匠である魔女が整備を忘れていたのだろう。ちょくちょく手直しをする割にはその時に調整をしないのが師である魔女の悪い癖だ。
一歩前に出た。
右隣のドラゴンが居なくなったことに気づいた個体が一瞬頭を動かしたが、それは本当に一瞬だった。何故ならもう自分と目が合っている。
『食らう』と言う意思を感じさせる目を向け口を開いて駆けて来る。
だからまた一歩前に出た。
吐く息が白い。でも仕方ない。それが自分の祝福の特徴だ。
歩く度に相手との距離が……相手が足を止めた。
もう動けないのだろう。
理由は簡単だ。地面から伸びる氷がドラゴンの両足を凍らせている。
どんなに激しく体を揺さぶっても自分が作った氷の枷からドラゴンが抜け出すことはない。
ジワジワと氷はドラゴンの腕も凍らせた。
「兄さまからの指示は一撃です」
告げてポーラは手にする武器を軽く振り回した。
銀色の棒の先端には白い冷気の塊が存在している。だがそれだけだ。
「師匠が言ってました。氷はその中の不純物を抜くと固く、そして透明になると」
「グルル」
“刃”の先端をドラゴンの首に添える。
硬く透明な鎌を思わせる刃は……余りにも自然とドラゴンの皮膚を断つ。
「丁度良い実験ができました。感謝を」
告げて鎌にそっと力を籠める。
自重だけでドラゴンの首を切断していた鎌は、あっさりとそれを断ち切った。
サワサワとノイエの背中を撫でる。
アホ毛がもっともっとと撫でることをせがんできて止まらない。
「まあコロネはあれとして」
ビョ~ンと宙を舞っているコロネをテレサさんが慌てながら救出しようとしている。
見てる分には楽しそうだけど、当の本人はそうでもないらしい。
『たすけて~』と元気な声が聞こえてくる。
それは良い。それは良いんのだ。
「ねえノイエ」
「ん~」
お嫁さんのスリスリが止まりません。
「ポーラの戦闘力が強くなりすぎててお兄ちゃんドン引きなんですけど?」
「ん」
クルっと体を入れ替えてノイエがその目をポーラに向けた。
「次はもっと大きいの」
「ノイエさん?」
ウチのお嫁さんが妹に対して結構スパルタ教育なんですけど?
「アルグ様を舐めてるから大丈夫」
「はい?」
知らぬ間に兄は妹から舐められる人物になっていましたか?
「次はもっと大きいの」
「はい」
ノイエの中では決定らしいから諦めろ。ポーラよ。
© 2025 甲斐八雲
ポーラは必ず早朝に一番最初に夫婦の寝室に突撃します。
何をしているですと? メイドのお仕事だよ? お掃除とかお掃除とかお掃除とかご奉仕とか?
次回からはちょっとユニバンスでw




