英雄になれるおまじないは付与してやる
大陸北西部・ユーファミラ王国内
「してドラゴンは」
「はっ」
王の声に兵が説明するために動く。
家族との朝食後にちょっと息子の健康状態を確認し色々と絶望していた国王ではあるが、それでも王である。何より彼は優れた武勇よりもドラゴンを確実に追い込み受け流す戦法で国の被害を減らした智将であり英雄だ。息子が痛くて太ももを寄せつつも威厳を持って胸を張る。
机の上に置かれた簡易的な地図を見つめ王はそれを確認した。
「ドラゴンはここに放置したままでしたドラゴンを食らいこちらに向かってきている様子です」
「うむ」
ドラゴンを放置したままだったのはミスである。だがあの時仕方がない。誰もがこの国にもたらされた“薬”の効果に浮かれていた。故にドラコンの死体を放置していたことを叱ることはできない。国王ですらその事実を忘れていたのだから。
「街の外壁の高さは」
「一般的な高さです」
「飛び越えられないという意味か」
「その通りです」
兵の返事も慣れたものだ。
テレサが魔剣の主になるまでは国を挙げてドラゴンと戦ってきた。
誰もが常に臨戦態勢であり気を抜く者、自信過剰な者からドラゴンの餌となり亡くなって行った。
「テレサの配置は」
「正面に陣取っていますが」
「何か?」
「はい」
それは近衛団長であるフランクからの連絡であった。
「……魔剣の魔力が回復中であると?」
「はい」
簡単な攻撃であれば可能だ。小型のドラゴン1体ぐらいであれば難なく屠ることができる。
ただ今回は3体だ。
「テレサの攻撃が間に合わないか」
目を閉じ国王は思案する。
静かに頭の中で天秤を掲げた。テレサとその他の命を秤に乗せれば……自然と答えは出る。
「1体は屠らせよ」
「ですが」
「フランクに命じ、その後はテレサを連れて逃げよ」
「……」
国王は静かに机の上の地図に手を置いた。
「街の者たちに伝えよ。合図を見たら三方へ走れと」
「陛下。それですと」
「ああ。そう言うことだ」
ある意味でそれがこの国の王家に求められる覚悟だ。
「王妃とカレンにも伝えよ。逃げる方向は東か西のどちらかとする。一緒に逃げることは許さん」
「陛下」
「して私は一番楽な退路を選ぼうか」
北だ。国王ヤーレンは街の北門を指さした。
「ドラゴンは前を向いて走る習性がある。南から来る残り2体がまっすぐ走れば北へと抜けるであろう」
「……」
「馬を準備せよ。駿馬は王妃とカレンに与えよ」
国王は覚悟を決めて兵を見た。
「この国で最も尊いと言われる餌だ。馬鹿な野郎の供など最小限で構わん。あの2人とテレサを逃がせ。良いな」
「畏まりましたっ!」
兵は深く頭を下げそして覚悟を決めた。
馬鹿な供に志願する大馬鹿者になる覚悟をだ。
「それと客人は……彼の細君はドラゴンスレイヤーであったな」
細身の娘なような容姿をしているが、あっさりとドラゴンを屠ったと聞いた。
一瞬国王は手を借りられないかとも考えたが……その思案を自身の中で打ち消した。
誰が他国のために無茶をするものか?
それも最愛の夫が傍に居るならそれを守るのが力ある妻の役目であろう。
「街の者に伝えよ。持って逃げる物は最小限に……重くなればドラゴンに食われる確率が増えるぞ」
「はっ」
兵は今一度、国王に向かい頭を下げた。
「だってさ~」
「ふ~ん」
宿屋の屋根の上に移動した僕らはそれを見ていた。
ニクが持つ魔道具からリアルタイムで送られてくる映像だ。
つか音声もリアルタイムか?
「頑張った!」
悪魔がない胸を張る。
「昨日のは?」
「……映像機器ノ不調デ」
露骨に誤魔化そうとするので捕まえて頭をグリグリしておく。
「ごしゅじんさま?」
「はいな?」
一緒に逃げてきているコロネが僕を見る。
「わたしのムカデで相手をしましょうか?」
「倒せるの?」
「……がんばります」
そんな不安そうな顔して右手をギュッと握らない。無理なら無理と言いなさい。
「で、姉さまは?」
スリスリ
「ダメっぽい」
超甘えん坊モードのノイエは僕の足を枕にして甘えが止まらない。
昨日のあれがそんなに良かったのか? ここまでノイエが甘えるとは……悪くないけどね!
「こんな緊急事態にそんなのんびりしている兄さまが凄いわ~」
「褒めないで」
「馬鹿にしているのよ」
グリグリ延長サービスです。遠慮しないでお客さん。
「ぬがぁ~」
僕のグリグリから悪魔が渾身の力で抜け出した。
「で、どうするのよ?」
「ん~」
「兄さま?」
だいぶイライラしながら悪魔がこっちを見て来る。
「あの日か?」
「終わったわよ!」
「そうか」
「何を言わせるのよ!」
言ったのは君ですが?
「助けるのは簡単なんだけど……これって助けて良い感じ?」
「……」
シリアスチックな国王陛下が格好良かったです。昨日股間を押さえて蹲っていた人と同じ人物とは思えません。それは良いんです。
「ここで僕がヒャッハーするとあの人たちの覚悟に泥を塗らない?」
「……死ぬよかマシよ」
フンッと怒った様子で悪魔がそっぽを向く。
「人は死んだら終わりなの。だったら泥水を啜ることになったとしても必死に足掻いて生き残った方が良いに決まってる」
「なるほどなるほど」
随分とこの悪魔も丸くなったものである。違うか。この悪魔は昔から丸かったのだ。調子に乗ってヒャッハーし過ぎて我に返って色々と絶望して……それから優しく生きてきたのだろう。
「元祖悪役様がそう言うなら仕方ない」
ここは僕が固定砲台となって、ノイエさん? その腰に回している腕を解いてくれますか?
「嫌」
「……」
「いや」
ノイエに立ち上がることを断固として拒否されました。
「僕の冒険はどうやらここまでらしい。後は託した」
「ほへ?」
コロネに目には見えないバトンを託したが、使えんチビはただのチビである。
捕まえて頭をグリグリしておく。
「そんな訳でポーラとコロネ」
「……何よ」
「はい」
イライラとしながらこっちを見ている悪魔と僕にヘッドロックを掛けられているチビがそれぞれ返事を寄こした。
「英雄になれるおまじないは付与してやる。サクッと行ってヒーローしてらっしゃい」
仕方ない。だってノイエが離れてくれないんだもん。
「でも、それですと」
「陛下の命令だ」
「……」
噛みついたテレサだがその一言で沈黙した。
国王陛下の命令は絶対である。特に普通の村娘でしかなかったテレサからすれば、国王陛下の言葉はそれこそ“神”の言葉だ。逆らえない。逆らうという発想が起きない。
「1体は確実に屠れ。後は運に任せる」
フランクとてこのようなことは告げたくはない。だがこれがユーファミラ王国の現状だ。現状だった。
テレサが魔剣を扱えるようになってだいぶ良くなったが、それでも少ないながらにドラゴンの被害は発生する。仕方が無いがそれを“仕方が無い”で全てを忘れることはできないのもまた事実だ。
「お前が1体屠れば残りは2体。それらも満腹になれば人を襲うことを止めるだろう」
「……はい」
頷くしかなかった。どんなに悔しくてもテレサは頷くしかなかった。
自分が弱いから。自分が魔剣の魔力を全て使ってしまったから。自分が、
「で、後の2体はわたしたちが引き受けます」
「がんばります」
「「……」」
自然な流れでそれは居た。
ユニバンスから来た幼い娘とメイドだ。年のころは同じに見えるがメイド姿の少女の方が年上らしい。
「そうでは無くて」
一瞬現実逃避をしたフランクの意識が戻ってきた。
「君たちは何を言っているのか分かっているのか?」
フランクはメイドに問う。何故なら彼女はあの2人の本当の妹だからだ。
「はい。分かっています」
恭しく小さなメイドが頭を下げた。
「本日はわたしのドラゴンスレイヤーとしての適性を確認する場を与えていただきありがとうございます」
「適正、だと?」
「はい」
ニコリと幼く見えるメイドが笑う。
「わたしの実力が公になると、兄さまたちと気軽に出歩けなくなりますので隠していました。ですが他国のこのような遠方の国でしたら流石に我が国の密偵の類は居ないと思いますので」
ただ先生であるスィークの場合はその上を行く可能性はある。
密偵が居るかもしれないが、その時はきっと“師匠”がどうにかしてくれる。
「それよりもそっちの君もか?」
物々しい装備品を左腕に取り付けている少女にフランクは目を向ける。
少女はニギニギと左手の動きを確認していた。
「はい」
「はいって」
迷いの無い返事にフランクは言葉を失う。
突然のことで判断に迷う彼であったが、それ以上考えることができなかった。
「ドラゴン来ます!」
時間が無くなったのだ。
© 2025 甲斐八雲
まったりノイエは仕事を放棄してます。
まあ理由はあるんですがそれは追々後々。
ちなみにポーラは非公式ですがドラゴンスレイヤークラスの戦力持ちです。
コロネの場合は…チート搭載なのでw




