下着を穿いてる子がいる
大陸北西部・ユーファミラ王国内
現在僕らが居る場所は街道沿いのちょっとした広場である。
荷馬車が横に逸れて休憩するようなそんな感じの場所だ。
何故こんな場所に居るのかと言うと、国王様を迎え撃ったからである。
普通に考えたら絶対にそんなことはしない。どこかしらの街で待機が正しい。
何より僕は知っている。ユーファミラ王国の人は意外と狡賢い。狡猾と言うべきか?
だからここで陛下を迎え撃とうと進言したフランクさんには何かしらの企みがあり、そして王妃様たちが来たのも何かしらの企みがあると考えるのが正しい。
つまりここから高度な駆け引きが待っている。
何故僕がそんなことを考えているのかと言うと、現在場がちょっとカオスである。
国王陛下はまだ失ったかもしれない息子に対し悲しみの叫びをあげている。ただ厳密に言うと息子は失っていない。その左右に居る忠実な……子分だ。主人のために体を張って守ったがために、ご主人様に大ダメージが入った稀有な状況である。世の男性なら皆が納得するはずだ。ただその存在は声を大にして言えないのだ。彼らは常に僕らの傍に居る忠実な子分である。それで良い。
そんな子分を妻と娘にドラコンされた国王陛下の絶叫が止まらない。あれはたぶん叫んでいないと耐えられない感じだ。実は僕も子供の頃にたまたまに偶々モノをぶつけたことがある。あの時は全身が震えて立てなかった。もう痛いを通り越して震えが止まらないのだ。
その激痛を国王陛下は叫ぶことで耐えているのだろう。同じ男性として理解できる。
王妃様は色々と指示を出している。実際国王陛下があれでもまだこの場がカオスで済んでいるのは彼女の尽力のおかげであろう。
王女様はまだノイエの椅子だ。抵抗する度にノイエのアホ毛が王女様を躾けていて……エウリンカのドM願望を叶える機能でも追加されたのだろうか? 女王様のノイエはビジュアル的に見てみたいが似合わない気がする。ノイエは女王様ではない。支配者ではあるが。
ポーラとコロネは戻っていない。本当に自由なチビたちである。
後はフランクさんの部下と国王様を追いかけて来た部下たちと言う感じだ。つまりここには国の中枢にかかわる人物しかいない。
面倒だな……僕は真面目に不真面目に生きたいだけなのにだ。
「で、王妃様」
「何でしょうか?」
部下たちに色々と指示を出していた彼女に部下が居なくなったタイミングで声を掛けた。
「そんなに公国の犬って流れ込んでいるんです?」
「……お恥ずかしい話ですが」
あっさりと彼女は認めた。
「王都でも?」
「ええ。むしろ王都の方が公国の間者の巣窟です」
「それはそれは」
中々に厄介な話である。
「で、ここにいる人たちはとりあえず大丈夫と?」
「ええ。ご指摘の通りとりあえずですが」
力なく王妃様が笑う。
人は裏切る生き物であるから仕方ない。悪意を持って裏切る人も居れば、欲で裏切る人も居る。裏切りたくなくても弱みを握られ仕方なく裏切る人も居る。色々な理由で仕方なく人は裏切る場合もある。
その辺は僕も理解している。
だからまあこっちとしては、それでも相手にそれを渡すだけだ。
歩いてゴーレムが牽いている荷車に近づく。
これこれニクよ。そこを退きなさい。どうしてって顔でこっちを見ない。君が椅子にしているモノは何ですか? 丁度良い椅子ではありません。それはユーファミラ王国へ向けたユニバンスからの友好の品です。
渋々ニクが退いたので壺を回収する。
「で、こちらにユニバンス王国から運んできたモノがあります」
ぶっちゃけただの塩である。
「ですからこうして」
大きくしゃがんで全力で立ち上がりつつ抱えている壺を頭上へと放り投げる。
お~。良い角度で打ち上がったよ。
突然の僕の行動に誰もが反応できない。でも壺はゆっくりと上昇するのを止めて下降し始める。
当たり前である。万有引力はこの世界でも存在している。
そのままゆっくりと落ち始めた壺は、向こうの方へ……慌てた騎士風の人が体を張ってキャッチした。
お~。ナイスキャッチ。素晴らしい。実にナイスだ。
「まあ中身はただの塩なんですけどね」
僕の言葉に壺をキャッチした騎士風の人が全身を震わせた。
「まさか友好国への贈り物をただ壺に入れて運んでくるわけないでしょう? ちゃんと輸送用の魔道具に入れて運んでいます」
はい嘘です。そんな事実はございません。
「嘘だっ!」
慌てた騎士風の人が蓋を外して中身を手にする。
「ユニバンス王国特産の上質な塩です。途中で売って旅費の足しにでもしようかと」
「……」
ブルブルと震える騎士風の人が手に着いた塩を舐める。
本当に塩である。しょっぱかろう?
「で、そこの人は裏切り者って方向ですか?」
僕の問いに王妃様は黙って頭を振る。
何も答えない。けれど相手は他の人に掴まり運ばれて行く。
あ~。済みません。その壺は返して貰って良いですか? ウチのペットの椅子なんで。
運ばれて行こうとした壺を回収する。やっぱりね。
「こんな感じで抜け駆けを防止するために、この場所を?」
「……本当に嫌な御仁だね。アルグスタ殿は」
いえいえ。フランクさんほど腹黒じゃないと思ってますよ?
僕の問いにフランクさんが近づいて来て、頭を掻いてそのまま下げて来る。
「部下の暴挙を許して欲しい。それほどこの国では貴殿が独占している薬を欲しているのだ」
「なるほどね」
つまりあれは彼の暴走ってことにするの? 荷車で運ばれている物が何かを知っていましたよね?
ああ。それとも……本当に腹が黒いね。
「別に良いですよ。こっちとしては友好の品をユーファミラ王国の王家に手渡せればお役目御免ですしね」
だから王妃様。はいどうぞ。
持っていた壺をそのまま王妃様の幸薄い胸元に押し込む。
前屈みになったら全部見えそうなほどに防御力は薄そうだけど大丈夫なのかね?
「これは?」
「友好の品です」
「ですが先ほど塩と」
「はい」
ユニバンス王国名産の上等な塩です。
「誰もこの塩が『薬では無い』なんて言ってませんよ?」
「っ!」
慌てた感じで王妃様が両腕で壺を抱え直した。
「特別な方法で特別な処理をした塩です。それが呪いを解く効果を持つ特別な薬の正体です」
ある程度ネタバレをしても問題はない。
何より真面目に研究すれば薬の正体が『塩』であることなんてあっさりと分かるはずだ。
「僕はその製造方法を独占しているので、薬の正体を教えても問題ありません」
「そう言う……ことですか」
納得しているというか、恐れおののいている感じで王妃様がこちらを見ている。
「何ならどうせ連れてきているであろう重篤な患者さんに直ぐ使ってください」
「……」
こちらの申し出に王妃様は背筋を伸ばした。
「確認のためにお時間をいただいても?」
「構いません。何せ、」
ノイエがようやく王女様を解放した。
椅子にされた彼女は拳を握り締めて何度も地面を叩いているが相手が悪かったとしか言いようがない。
ウチのノイエに勝とうだなんて、その薄い胸を巨乳にするほど難しい話なのだっ!
「これから王女様主催のおもてなし、ベーコン祭りが待ってますので」
「……分かりました。手配します」
はい。手配してください。
王妃様は部下に指示を飛ばしながら急いで僕らの元を離れた。
ちゃんとフランクさんに『ベーコンの手配を』と命じていたのは好感度高めである。少なくともあちらで震える両足でようやく立ち上がろうとしている国王陛下よりかは好感度は高い。
ただあの国王陛下のあの辛さを知る僕としては同情の念が止まらないけどね。
「アルグ様」
「ほい」
トコトコとノイエが歩いて来た。
僕に向かって自分の頭を差し出してくる。それはまるで撫ででと催促している感じだ。
「うりうり」
「んっ」
アホ毛を潰さない感じで頭を撫でてあげる、そのままノイエが抱き付いて来た。
「で、ノイエ」
「はい」
「コロネとポーラは?」
「……」
ピコピコとノイエのアホ毛が二股に分かれて動いてみせる。そしていつものひと房に戻った。
「あっちで下着を穿いてる子がいる」
「コロネか」
「あっちで下着を穿いてる子がいる」
「……コロネか」
まさか両方下着を穿き替えているだと?
なんて破廉恥な妹とメイドかと思うわけです。
「アルグ様がするならわたしも下着を、むぐっ」
これ以上ノイエが余計なことを言わないようにキスして相手の口を物理的に塞いでおいた。
© 2025 甲斐八雲
ユーファミラ王国は政治体型の都合でこのような場合国王陛下が再起不能になってても問題ありません。
その辺の詳しい話は次回でも!




