兄さまからの熱い口づけをっ!
大陸北西部・ユーファミラ王国国境付近
追い付いた。
僕らを置いて先に行った裏切り者たちにようやく追いついた。
「あっアルグスタ様~」
僕らに気づいた魔が無駄に跳ねながら自分の胸をアピールしている。
こんな時はこれ。大きく息を吸って、
「跳ねるな! 駄肉がっ!」
「人生の最高点を更新する罵声を浴びせられたのですが~!」
跳ねるのを止めたテレサさんが自分の胸を抱えてシクシクと泣く。
と、何故か義腕を抱えたコロネが走ってきた。
「ごしゅじんさま。ごぶじでした……なっ!」
義腕を掴んでそのまま悪魔に投げつけ、コロネを抱えて流れる動作で脇に挟んで尻を打つ。
ええい! 忌々しい! 何故だっ! 何故こうなった!
「ごしゅじん、はうっ! すこし、はうっ! つよい、はうっ! です!」
甘い声を出し続けるお尻への刺激が大好きな馬鹿メイドを躾ける。
これは躾です。異世界では良く行われる行為です。相手が喜び求めているから合法です。流石は異世界! どんな行為も異世界って言っておけば何でも大丈夫なんだぜ?
「兄さま? 異世界でも限界はあるからね?」
投げつけられた義腕をカチャカチャと弄りつつ悪魔がそんなことを言う。
ああん? 誰に喧嘩を売っているのか思い出させてやろうか? ノイエさんの剛腕でお前を成層圏まで打ち上げるぞ?
睨み付けたら悪魔は作業に戻った。
というか君は良いだろう。調子に乗ってただ撮影していただけだ。
だが僕の精神は? あの現場を数多くの公国兵に見られた僕の精神的レ〇プのダメージは?
「だから魔法でちゃんと記憶は消したから。まるっと一週間ぐらい」
それはそうだが。
「兄さまの恥ずかしい大発射はわたしの魔道具にしか、とうっ!」
全力ハリセンボンバーを悪魔が華麗に回避した。
「そうだな。やはりそれもちゃんと消しておこうか?」
完全に出来上がっているコロネを抱えつつ僕はジリジリと相手との距離を詰める。
「落ち着きなさい兄さま! そして助けて姉さま。姉さま?」
悪魔の救援の声は届かなかった。
何故ならノイエの意識は早々にゴーレムが背負っているカゴの中身に興味津々だ。軽い足取りで近づいて野菜以外の食べ物を物色している。
あ~。その塊のハムって普通削って食べるモノじゃないの? 良い感じで固くて歯ごたえが気持ちいい?
カジカジ舐め舐めしながらノイエが塊のハムを独占した。
「あはは。落ち着こうか兄さま?」
「大丈夫。お前もちょっと恥ずかしい目に遭えば良いんだよ」
大失態というか大恥をかいて逃げてきた僕としては今の今まで我慢した自分を褒めてあげたい。
とりあえず出来上がり過ぎているコロネをゴーレムのカゴの中に押し込む。頭から入れてしまったので尻を出した状態でビクビクしているが些細な事故である。
何ならノイエさん。それも食べて良いから。
「お肉が少ないから要らない」
「まだおおきくなるもんっ!」
ノイエの声に加護の中からくぐもった声が響いたが気のせいだろう。
「あはは~兄さま? 落ち着こうか?」
顔に汗を浮かべつつ馬鹿が後退する。けれど逃げ道は少ない。
どうせ逃げたところでノイエが追うのだから意味がない。
「ってそれよ!」
「どれよ?」
悪魔が『我、好機を得たり』とばかりに吠えた。
「兄さまが恥ずかしい姿を曝したのは全部姉さまが原因でしょ? わたしはそこに居ただけよ!」
「言いたいことはそれだけか?」
「あっあれ~?」
どうやらこの馬鹿は理解していないらしい。
「僕はノイエに何をされても怒る気はない。何故なら僕はノイエのことを誰よりも愛しているからだ!」
はっきりと告げる。大きい声ではっきりと。
何故か周りで聞いているユーファミラ王国の人たちの方が顔を赤くした。
何だね君たちは? まさかパートナーに対してうわべだけの言葉を囁いているのか?
「僕はノイエのためなら世界を敵に回すことも辞さない。何ならこのまま戻って公国を滅ぼそうか?」
「あ~。理由なき滅亡は酷いかなって」
「理由はある。ノイエが『やって』と言ったらそれで十分だ」
「マジだ。兄さまの目がマジだ」
だから何度も言っておろう? 僕は本気だと。
「ちなみに姉さま? 判定は?」
「お肉美味しい」
公国は塊のハムのおかげで滅亡を回避しました。
「あとアルグ様。言い過ぎ」
「ごめんなさい」
ハムをはむはむしながらノイエのアホ毛が何とも言えない動きを見せる。
「わたしも好き」
うむ。その言葉だけで僕は何度でも甦ることができる!
「だがお前は違う!」
「もう現実に戻った!」
こっそりと逃げ出そうとしてた悪魔に指を向けた。
「お前は純情で純粋なノイエを唆した」
「あは~。唆したは言葉が悪いかな?」
「だがもう一度言おう。唆した」
「聞く耳を兄さまが持ってくれないぞ~」
気にするな。そんなモノは最初からない。
「お前はノイエに何を教えた?」
「あは~」
笑い悪魔が誤魔化そうとする。だが逃がさん。そして許さん。
「前立腺をマッサージすると男性って元気になるんでしょう?」
「で?」
「……兄さまがあそこまで元気になるとは思わなかったのよ!」
開き直ったなこの悪魔め!
「ノイエ。その悪魔を捕まえろ!」
「だからそれは、本当にズルいからっ!」
逃げ出そうとした悪魔の足にノイエのアホ毛が伸びて絡む。
あっという間に簀巻きにして僕の目の前に運ばれてきた。
「辞世の句を詠みたいのであれば時間をやろう」
「あはは。なら最後の晩餐を希望かな?」
「聞こう」
僕には慈悲はある。慈悲はあるがそれ以上の羞恥的なあれのおかげで怒りが止まらない。
「最後に何が欲しい?」
それを叶え次第君は処刑である。
ただ蓑虫姿の悪魔は両足を擦りもぞもぞとした姿を見せた。
「兄さまからの熱い口づけをっ!」
「良し分かった」
「ふへ?」
がっと蓑虫を捕まえて固定する。
『ちょま! 冗談だから!』などと相手が言っているが気にしない。お前の希望を叶えてさっさとギロチン送りにしてくれよう!
「いやっ!」
ただ悪魔の抵抗が激しい。暴れるな。さっさと諦めろ。
「こんな感じはいやぁ~!」
知らん。後でポーラには全力で謝ってやるから気にするな。
「ふぐっ」
騒ぎ続ける相手の唇を奪って黙らせた。
固定してガッツリとキスしている隙に悪魔を拘束しているノイエのアホ毛がほどけて行く。
このままでは逃げられるのでもう少し相手を抱え込んで……これで良いかな? これで満足か?
唇を離し解放した悪魔はそのまま地面の上にペタンと座り込む。
「……。……。……」
自分の口に手を当て悪魔が何やら呟いているが知らん。
今の僕は次にどうやってお前を処刑するか、それしか考えていない。
「ん」
はい?
何故かノイエが僕の前に移動してきて『頭を撫でろ』とばかりに突き出してくる。
その動きがまるで猫のようだ。本当にノイエは可愛いな。
「ほ~れほれ」
「ん」
頭を撫でつつ顎の下も……今日はそっちは要らないのね。食べる邪魔になるか。ならば全力で頭を撫でさせていただきます。どこが良いですか? アホ毛の付け根が良い感じですか?
「んふっ」
いっぱい撫でてあげるとノイエが満足してまた食事に戻る。
はっ! つい猫可愛がりしていて忘れていたよ。悪魔は逃げたか?
けれど悪魔はまだ座ったままでポーッとしていた。心ここにあらずだ。
「最後の晩餐は……悪魔さん?」
彼女が不意に僕の足に抱き着いて来た。
しまった。油断した。このままだと股間に頭突きをしてくるパターンか? 流石にそれは死ぬ!
引き剥がそうとする僕の手が……引き剥がせないだと? まさか強化魔法か?
「クスクスクス」
僕の両足に抱き着いている悪魔が笑いだした。
ええい。最後の最後で油断するとは何たる失態か!
かくなる上は、一発を根性で我慢して……連続で攻撃されたらどうしよう? あれ? このままだと僕の負けが確定していませんかね?
どうしてこうなった!
けれど悪魔はその顔を僕の股間に押し付けて来る。
グリグリと額で。まるでターゲットはここだと言わんばかりに確実にだ。
「ねえ兄さま?」
「くっ」
ここはお約束を守って『殺せ』までがセットだったか?
ゆっくりと悪魔が顔を上げてきた。
「せっかく我慢しててあげたのに……こうなったら仕方ないわよね?」
「何がだ?」
つか我慢って何よ? 君ほど自由自在にのびのびと過ごしている存在は居ないであろう?
「大丈夫」
クスクスと悪魔がさらに笑う。
そして何故か片手で僕の股間を触りだした。
「姉さまの飛距離をわたしが更新してあげるから」
「……」
あれ? これってもしかして?
立ち上がった悪魔がスルスルと等身を伸ばす。と同時にメイド服を隠すようにフード付きのローブが姿を現して彼女の体を包み込んだ。
「姉さま勝負よ」
「負けない」
あの~? 何の話ですか?
何かしらの力で金縛り状態となった僕を悪魔とノイエが運んで行く。
そっちは嫌かな? 人気の無い場所は今は行きたくありません。遠慮とかでは無くて、結構本気で、
「誰か助けて~! 本気で殺されそうな気がする~!」
© 2025 甲斐八雲
男を殺すにゃ刃物は要らない。
ちょっとあれして足腰立たなくすれば良いのですw




