アルグ様だけに見て欲しい
大陸北西部・両国の国境近く
ピカッとしてドーンとした。
悪魔にヘッドロックを決めて締め上げていたら安定の一発だ。
「あの魔乳が何したと思う?」
「たぶん街道を塞いでいた公国の馬車とかを一掃したんじゃないの?」
僕の腕から逃れた悪魔が目を閉じて……また開いた。
「わたし正解」
「何を見て確認した?」
「はい? 可愛いニクには色々と魔道具を預けてあるしね」
胸を張って語る悪魔に言いたい。どこの世にリスを魔道具でフルアーマー化する魔女が居る?
「そのまま街道を走っているけど追わなくても良いの?」
ノイエが本気を出せばすぐに追いつくし問題は無かろう?
「僕としては折角仕込んだコロネのネタが不発気味で悲しいぐらいかな?」
「あ~」
何故か悪魔が理解を示してくれた。
「あれでしょう? 公国に馬車を奪われてシートを外したら『ご自由にどうぞ』と書かれたプレートを持つチビッ子が……わたしの知らない薄い本のネタね」
「大丈夫。僕も知らない」
つまりそんな薄い本の展開は生じないのだ。
「それにあれの左腕が本気を発揮すればどうにかなるんでしょう?」
「ま~ね」
頷き悪魔が何故かフリーズした。
一度正面を見てから何故かまた首を捻る。
「どうした?」
「ん? あの義腕の定期メンテナンスを忘れているような気がするのよね~」
「そうか」
それをするとどうなる感じなの?
「特に問題は無いかな? 定期メンテナンスなんて製造者側のサービスみたいなものだし」
なるほど。
「で、前回のメンテナンスは?」
「……」
何故君はそうやって迷うことなく首を捻るのかね?
「作ってからしてない?」
「おひ?」
「大丈夫よ兄さま!」
無い胸を張って悪魔は腰に手を当てた。
「壊れてもわたしなら直せる!」
「壊れる前にメンテナンスしておけやっ!」
「ごもっともです!」
全力ハリセンボンバーを叩き込んで悪魔を退治した。
「ノイエ」
「ん」
ぼーっとした感じで立っていたノイエが僕の声に反応して顔を向けて来る。
僕らがこうして遊んでいられるのは常に彼女が辺りを警戒しているからだ。瞬間移動にも見える反射能力で遠距離からの魔法狙撃にも対応するので本当に安心安全である。
「また嫌な感じはするの?」
「する」
アホ毛をクルっと回してノイエがこちらに歩いて来た。
「ドラゴン?」
「違う。もっと嫌な感じ」
僕に抱き着いてきてノイエが甘えだした。ってお嫁さん。その空いている手で僕の股間を触るのはまだ早いです。バナナは確かにおやつですけどそのバナナはバナナではありません。
「うん。食事」
「ノイエさん?」
「わたしの主食」
いやん。最近のお嫁さんが本当に色々と恐ろしいんですけど?
「アルグ様言った」
「何を?」
「わたしの好きにして良いって」
「時と場合と場所は考慮しようか?」
「わたしは構わない」
男らしく言い切らないで?
「僕は気にするのです」
「むう」
拗ねる彼女をそっと抱き締める。
「大好きなノイエのエッチな姿を他の人に見られたくないしね」
「……」
僕に当たらない感じで彼女のアホ毛が回転した。
「お姉ちゃんは良い?」
「ダメって言っても誘うでしょう?」
「はい」
やっぱり誘うのね。別に良いけど人によるよ?
オープンな性格の人は構わないけど、奥手の人も居るんだしね。特にシュシュとかはノイエに見られていると恥ずかしくて委縮しちゃうからダメだよ?
「お姉ちゃん以外には見せない」
「うむ」
「家族以外には見せない」
あれ? 自然と効果範囲が拡大していないか?
「アルグ様だけに見て欲しい」
その言葉は卑怯かな? 世の男性諸君が無駄に元気になってしまうフレーズだと僕は思います。
ノイエが増々甘えだして……だからその手をそこから離しなさい。
「むぅ」
何故に拗ねる? 今言ったよね? 僕はノイエの恥ずかしい姿を他人には見せたくないと。
「はい」
コクンとノイエが頷いた。
「だからアルグ様が脱げば平気」
「それって僕だけ恥ずかしい姿を曝せと?」
ある日突然うちのお嫁さんのとんでもない性癖を知ることになってしまったのですが!
「分かったわ姉さま! わたしは見ない!」
バッチリと指の隙間をこれでもかと広げた手で顔を隠した悪魔がそんなことを言っているのです。
それってもう見えているよね? むしろ手が邪魔に感じないほどの視界の広さだよね?
「そんなことは無いわ兄さま!」
丸見えだろう?
「ちょっとニク? 大至急戻って来れる? はぁ? 現在襲撃を受けているの? ならそこのチビの肩のあれをそれするとちょっとした突起があるからそれを奥に押し込む感じで……うんうん。大丈夫。段階を無視して強制的にオオヨロイムカデを起動するだけだから。そうしたらこっちに戻ってきて、はい? ムカデが大暴れして大変なことになった? 何やってるの!」
お前だよ!
ミニハリセンを馬鹿の頭に投げつけておく。
で、視線を巡らせると……あっちかな? 土煙が立ち上ってるしね。あの下でたぶんコロネの義腕が暴れているのだろう。知らんけど。
「ええい! 使えない奴は本当に使えない!」
お前のことだよな悪魔?
ミニハリセンの一撃から回復した悪魔がエプロンの後ろから何やら取り出した。
あれは? 古き良き時代の担ぐタイプのテレビカメラか?
「さあ姉さまっ! そこで全力で兄さまの恥ずかしい姿を」
「ん」
頷かないでノイエ~!
全力で僕のズボンに手を伸ばしてくるノイエに対し必死に抵抗する。
何か……何か救いはないのか? あった!
こっちに向かってまた『ナンバー』と呼ばれているダッチなあれが向かってきている。
こっちです! こっちに居ます! ここに居る僕のお嫁さんを、
「邪魔をしないで」
ノイエが頭を軽く振ると、こちらに向かい移動していた『ナンバー』が倒された。
鋭く伸びたノイエのアホ毛がナンバーの口を貫き、そのまま全身から白銀色の針を生やして萎んだ。
「ちょっと姉さま? 性欲に飲み込まれたままで新しい攻撃を、いや待て。あれはあの宝塚の魔法? まさか姉さまってばそんな器用なことを?」
そこ~! 納得していないでちょっとはお兄ちゃんを助けようか? ノイエさんが本気で僕の腕を縛りに来ているんですけど?
ら、らめぇ~! 後ろ手に僕の腕を縛らないで~! 何をするの? 何をする気なの?
「大丈夫」
本当に?
「目を閉じていれば気にならない」
だから僕に何をする気なの~!
スルッとノイエの手によってズボンと下着を剥ぎ取られた。
悪魔が鼻息を荒くして肩に担ぐテレビカメラの位置を確認している。
ダメだ。ここに僕の味方がいない。
「すぐ終わるから」
スッとノイエが軽くキスをしてくる。
「お腹が減ったから、ダメ?」
「……」
まずそれを先に言おうよお嫁さん?
「僕も男だ! かかって来いや!」
「よっしゃ姉さま! そのまま兄さまを押し倒して」
「お前が仕切るな~!」
「老師」
部下の声にそれは微かに反応した。
遠見の魔法を使用し、上官である人物にそれを見せていた部下は何処か狼狽えている。
まさか戦場のど真ん中でそのような行為を始める者たちが居るとは思っていなかったのだろう。
けれど『老師』と呼ばれた存在は、数度頷いた。
「出している『ナンバー』を全て戻す」
枯れたような老人の声だ。それが次なる指示を口にする。
「警備を一時緩め、辺境国の荷車とあの者たちも街道を通せ」
「ですが」
引き下がる部下の声に老人は静かに答える。
「あれらが運んでいた荷車からムカデのような魔道具が動き出したであろう? つまりあれらは罠だ」
「罠?」
「別の者たちが薬を運んでいるのだ」
「……」
老人の言葉に部下はハッとした。合点がいったのだ。
「なら辺境国は自国のドラゴンスレイヤーを囮にした?」
「最初から我々は奴らの掌の上で転がされていたのだ」
「くぅっ!」
悔しがる部下に老人は静かに言葉を続ける。
「だから今は通してしまえ」
「ですが」
「そして奴らが国に戻っている隙に」
老人は静かに顔を上げた。
「公国の全兵力をもって辺境国に攻める」
「……」
それは静かな宣言だった。
「大兵力で攻め寄り国盗りを始める」
「ですがそうするとこちらの被害も」
「分かっている」
だが老人は気にしない。それは些末なことだ。
「だが相手も慌てる。停戦を申し込んで来るだろう」
「停戦?」
「その条件に『薬』を付ければいい。もし応じないのであれば攻め続ける。薬を得られるまでな」
「おおっ!」
老人の言葉に部下は納得しそして行動を起こすべくその場を離れた。
1人残った老人は、手にしている杖をゆっくりと地面に突いた。
「……丁度良い」
枯れた声ではない声が老人から響いた。
「いい機会だ。ユニバンスの小娘」
言葉を発する老人から『クックッ』という笑い声も聞こえてくる。
まるで複数人の“口”が同時に動いているかのように。
「今度はお前の体を手に入れよう」
そっと老人は手を伸ばす。求めるモノにその手を伸ばすかのように。
「お前のその力と共にすべてを」
そして彼は笑う。
何人もの口が存在しているかのように一斉に笑う。
© 2025 甲斐八雲
ノイエさんにそんな性癖がっ!
ダメよノイエ。正気に戻って。それを喜ぶのは刻印さんだけだからっ!
老師の正体に気づく人は多いと思いますが、気づかない人も居ると思うのでここは秘密ということで!




