ここは任せて先に行けをすれば良いんだな?
大陸北西部・両国の国境近く
「キリキリ吐こうか、この悪魔くん?」
「いやん。ポーラのお口から虹色のあれが……」
脇に抱えたお馬鹿の脇腹を締め上げる。
吐け。またどうせお前の仕業だろう?
「違うの聞いて兄さまっ!」
軽く握った両手を顎の下にそろえ悪魔がキラキラとした瞳で僕を見つめて来る。
昔の漫画とかアニメとかで見たことのある技法だな~。
「言い訳を、か?」
「真実よっ!」
「……」
ここはグッと我慢だ。
「あっ姉さま。次弾来ます」
「はい」
今度は両手を伸ばしてノイエが構える。
パチッと悪魔が指を鳴らすとノイエの掌の前で光が弾け、圧縮した氷の玉が弾けた感じでキラキラとノイエを包んで……うむ。ウチのお嫁さんはこういう効果を乗せると美人度が増し増しである。
「で、あれ何よ?」
「あ~」
悪魔が困った感じで……脇腹に圧をかけたら、また可愛らしさアピールをしてきた。
「待って兄さま! こんな可愛い妹がエロエロしても良いと言うの?」
「一部マニアは大絶叫でスタンディングオベーションだろうな」
「そんな全米も真っ青な変態を単館に集めないで~!」
だったらチャッチャッと吐きなさい。
「多分あれは『ナンバー』よ」
「はい?」
なんばーですか?
「うん。その昔に三大魔女がそれぞれの魔法を持ち寄って作った魔道具の、その一つだと思う」
「断言する理由は?」
「飛んでくる魔法がわたしが作った魔法式だから!」
判定。有罪!
「らめ~! そんなにギリギリされたらポーラのお口からいっぱい溢れちゃう~!」
口からいっぱい溢れさせた悪魔を地面に投げ捨てる。
ノイエは自分の両手を見つめ、クルンとアホ毛を回した。
「ん」
三度ノイエが両手を自身の前に伸ばして構える。
あっ悪魔がここでエロエロしているから魔法的なサポートが間に合わない?
こら悪魔! そんなところで虹色の水溜まりを作っているな! その水溜まりに顔を押し込んでもっとも情けない死に方の上位をお見舞いすっぞ!
「えろ~」
顔を上げて指を鳴らそうとした悪魔がエロって力尽きた。
ああ! 勇者よ! あんな場所で死ぬとはほんと情けない!
「大丈夫」
「ほい?」
ノイエの声に視線を動かす。
彼女はアホ毛を二つに分けたピコピコと触角のように動かしていた。
「何となく分かった」
「何が?」
ノイエの両手の前で白い球が姿を現す。
けれどノイエは微動だにせずにそれを止めた。今度は弾けたりしない。完全に受け止めて見せる。
「ん」
「お~!」
『どう』と言わんばかりに片手で白い球を持って僕に見せつけてくるノイエに思わず拍手をする。
凄い。あのノイエが『どや』って見える。もしかしてこれも新型アホ毛の効果か?
「で、それはどうするの?」
「……」
僕の問いにノイエは自分が持つ白い球に視線を向け、奇麗な投球フォームから剛速球で投げ返した。
遠い場所で悲鳴が聞こえてきたが……あれは大丈夫か?
「砕けた」
「そっか」
白い球が飛んで行った方向でモクモクと白い煙が立ち上っているが、どうやら着弾前に弾けたしまって魔法が発動した感じかな?
「アルグスタ殿っ!」
「はい?」
呼ばれて振り返ると何故か大量の腸詰した肉を抱えたフランクさんが。
これが本当のフランクフルトか? フルトの意味は知らんけど。
「急ぎこの場を撤収した方が、うおっと」
瞬間移動したノイエがフランクさんから腸詰を奪って戻ってきた。
これこれノイエさん。お肉はちゃんと火を通してから……黙って数珠繋ぎの腸詰を食べ始めたノイエは、二股で分かれたアホ毛で自分の耳を塞いでいる。
何も聞こえませんモードの彼女にはどんな注意も届かないな。
「で、何事よ?」
「ああ」
ノイエの強奪でバランスを崩していた彼は起き上がり駆けて来る。
「どうやら公国がこの地に“老師”を配置しているらしい」
「老師ってあの?」
公国のドラゴンスレイヤーですよね? ポーラ経由で悪魔から得た情報だと『無空』とか言う範囲限定の酸欠になる魔法を使う人でしょう?
視線を隣でエロっている悪魔に向けたら彼女は震える手を握り締めて親指を立てた。
正解って解釈で宜しいか?
「我らは老師の姿を確認したことは無い。もしそれに狙われていたら回避が難しい」
なるほど。確かにフランクさんの言う通りだ。
もし今その老師とかいう存在が僕らを狙っていたら回避のしようがない。
「なら急いで」
「また」
「はい?」
腸詰を肩に担いだノイエが僕らの前に移動してきて構える。
4度同じ現象が発生したが、対処法を学んだノイエの敵ではない。改めて白い球をまた投げ返す。
「むぅ」
ただ先ほどと同じように悲鳴の後に白い煙が立ち上った。
また割れてしまった感じだ。
「根性がない」
「もう少し優しく投げたら?」
「……」
僕のツッコミにノイエのアホ毛がクルクル回る。
ノイエさん。最近少し脳筋気味ですよ?
「違う。わたしは……賢いから」
あ~うん。そうだね。ノイエは賢いね。
「アルグ様?」
「うわ~ノイエは賢いです! 天才です! アイルローゼとホリーに匹敵する超頭脳の持ち主です!」
「む~」
ノイエが拗ねた感じで不満気にアホ毛を回す。
もっと褒めないとダメか? 賢さと一緒に美人な部分とかナイスバディな部分とかも重ねて褒め称えないと、むぐっ!
思案する僕の口を移動してきたノイエが両手を伸ばして塞いできた。
「アイお姉ちゃんとホーお姉ちゃんには勝てないから」
「そう?」
「はい」
そっか。でもそれ以外の姉には賢さで勝てると思っているノイエにビックリだよ?
「アルグ様の馬鹿」
「ぐはっ」
相手の揚げ足を取ったら返す刀でとどめを刺された。
ノイエ? その言葉は僕を殺すからね?
それよりもだ。
精神的なダメージを一瞬忘れ、僕はノイエの頭に手を伸ばす。
「なに?」
「よしよし」
「……」
目を閉じたノイエが素直に撫でられた。
「アイお姉ちゃんもそうだけどホーお姉ちゃんを良く言えました」
「前から呼んでる」
「そうだね」
でもずっと言葉にできなかったのがノイエだ。
それがすんなりと言葉にできたのだからここは褒めるところでしょう。
「この調子で他のお姉ちゃん名前を呼べるようになると良いね」
「いつも呼んでる」
「はいはい」
「むぅ」
僕の様子に何故かノイエは怒りつつ、後ろ手に伸ばした右手で白い球を掴むとそれを頭上に放り投げる。放物線を描いて落ちて来た球をノイエのアホ毛が叩いて飛ばした。
ドカーンといい音が響いた。
「命中?」
「むう」
今までと違う感じだったが、ノイエは不満げだ。
「防がれた」
「逃げられた?」
「違う」
ノイエが肩から下げている腸詰を口に運ぶ。
あれだ。戦争モノの兵士が肩から弾薬を掛けている感じにも見えなくないかな?
ファッション感覚で身に着けていて使っている姿をほとんど見たことないけどね。
「魔法」
ノイエが身構える。
するとこちらに向かい同じ系統のフード付きローブを身に着けた人物が歩いて来た。
ただ何だろう? 相手の歩きに重みを感じない。軽いというかフワッとした感じでこちらに向かい歩いてくる感じだ。重力を感じさせないというか……月面歩行?
「フランク様。ここは兄さまたちが引き受けますので荷車と共に国境を突破してくださいませ」
復活した悪魔が汚れた膝を叩きながらフランクさんにそんな提案をしていた。
「良いのか?」
「ええ」
顔を上げニコリと愛らしい表情で彼女は笑う。
「どうやら敵国の老師とは三大魔女が作り出した魔道具を装備しているようですので」
告げると彼女は僕らの元へ来た。
「ぶっちゃけ足手まといです」
「……分かった」
戦力外を受けたと理解した彼は食い下がらない。
普通ここで一般的な物語の登場人物なら食い下がるんだろうけど、フランクさんはたぶん自分の専門分野を理解しているのだ。ここからの戦いに向いていないと。
食料確保を終えて集結していた部下たちに声をかけ、彼は荷車と共に真っすぐ進む。
「あっ」
しまった。
「何よ?」
「コロネとニクが荷車に乗ったままだ」
すっかり存在忘れていたよ。
「問題ないでしょう」
笑い悪魔がそう宣言する。
「相手を潰して追いかければ良いんだから」
それか。
「それかお前が、ここは任せて先に行けをすれば良いんだな?」
「……」
その視線は何ですか? 妹さま?
「姉さま。兄さまが後でいっぱい舐めて出して欲しいって」
悪魔さん? それはズルいだろう?
「頑張る」
「ちょっ!」
ノイエさん。やる気に満ちた感じでアホ毛を揺らさないでっ!
「前衛は姉さま! 兄さまの防御はわたしに任せて」
「はい」
相手との距離が詰まり敵の1人が両手に白い光を作っている。さっきから飛んできていたのはあれか?
「突撃~!」
言ってノイエと悪魔が同時に飛び出した。
あれ? 僕の防御は? ねえ?
© 2025 甲斐八雲
刻印さんは恨みを忘れないタイプなのでw
そっか~。そうだよな。老師が居るなら使うよな。
使っちゃうんだ…どうしよう?




