大変立派なカボチャパンツでした
大陸北西部・ミールトア公国
「何故だっ!」
玉座に座する公王の怒りは誰もが予想できたことだ。
報告役を任せられた若い文官は今にも卒倒しそうなほど青ざめている。
彼はきっと仕事で何かミスをしたのだろう。そうでなければこのような報告を手に公王のもとへ来ることはない。理由は簡単だ。今の彼の首には死神の鎌が構えられている状態なのだ。
「何故勝手に動くっ!」
けれど公王の怒りは目の前の文官に向けられていなかった。
勝手に兵を動かし辺境国の一団を襲撃している愚かな将軍たちに向けられている。
「お前!」
「はひっ」
公王は目の前に居る若い文官に命じた。
「急ぎ軍議を開く。準備せよ」
「はひっ」
這う這うの体で文官はその場から逃げ出した。
彼は運が良かったのだ。公王の怒りが自分に向けられず、他者に向いたから助かった。
「誰ぞ」
「はい」
公王の声に控えている大臣の1人が動いた。
「何故将軍らは勝手をした?」
「考えるに薬を得てそれを公王さまに献上することで褒章を得ようとしたのでしょ」
「馬鹿者どもがっ!」
激怒し彼は床を蹴る。
「それでもし辺境国の馬鹿者たちが薬を処分したらどうするっ!」
「……可能性は存分にあります」
「で、あろうがっ!」
怒れる公王を見つめ大臣は思う。それは無いと。
何故なら辺境国も『呪い』に苦しめられ薬を欲しているのだ。その薬を大陸の片隅でようやく得て戻り輸送している。それも国の宝とも言えるドラゴンスレイヤーを護衛に付けての中央突破だ。
公国の兵が襲ってくることを大前提にそれを迎え撃つ準備を整えて強行軍で街道を移動している。
無理に無理を重ねどうにか運んでいる薬を彼らが放棄することはない。むしろ面倒なのは、
「公王様」
「何だ!」
声を荒げる主に大臣は深く頭を下げた。
「辺境国の者たちは現在中央街道を北西へ向かい進んでいます。最短で最速で自国へ戻ろうとしているのでしょう」
「そんなことは分かっている!」
馬鹿にしているのかとでも言いたげな視線を向ける公王に大臣は冷静に言葉を選んだ。
「街道の先には現在演習中の我が公国軍が駐在しております」
「おお」
空気が変わった。怒れる公王の怒気が軟らんだ。
「その公国軍に街道を封鎖させ、次いで“老師”を派遣できれば……薬を得られる機会は格段に増えると思いますが?」
「なるほど。うむ。そうだな」
大臣の言葉に公王は座り直した。
「うむ。ならば命じよう」
玉座から立ち上がり公王は命じる。
「演習中の公国軍に命じ街道を封鎖せよ。そして“老師”の派遣も許可する」
「御意」
自分の発案を命じられた大臣は冷静に公王の言葉に応じる。
反発は自身の死を招くと理解しているから逆らわない。
「それと公王様」
「何だ?」
「軍議の方はいかがしましょうか?」
「うむ」
先ほど自分が命じた指示を公王は思い出す。
たった今自分が素晴らしい指示を出したばかりだ。軍議を挟むことで遅延が生じては勿体ない。
「あの文官が余の命令を勘違いした。そうだな?」
「そのように思われます」
大臣は静かに頷く。
「なら余の命令が素早く前線に伝わるようにすれば良い」
「畏まりました」
応じて大臣は動き出す。
自身の部下に素早く指示を飛ばし……それと先ほどの若い文官の処分も命じた。
公王の命令を誤訳し無駄な軍議を手配しようとした愚か者はこの国には必要ない。
家畜の餌に人1人分の肉が追加されるだけのことだ。ただそれだけだ。
ミールトア公国・中央街道
「我らこそこの街道で三番目に強い盗賊、その名も!」
ピカッとしてドカンとなった。
目の前の地面が爆発して僕らの行く手を塞いでいた盗賊団(笑)がゴミのように吹き飛んで消えた。
実に素晴らしい飛距離である。あれだと確実に全身打撲だろう。死にはしないがしばらく起き上がれないことは間違いない。
「どうしてこんなに襲われるんですかね?」
何故か首を傾げるテレサさんにフランクさんが何とも言えない表情で『まぁまぁ』と告げ僕が事前に手渡しておいた焼き菓子を与えている。リスのようにビスケットを頬張る彼女の様子にユーファミラの人たちがほっこりしているが……まあ誰も本当のことは言えんよな。
たぶん盗賊団の人たちは荷車の上に座っている極上のお宝に引き寄せられているのだ。
座っている姿だけでも絵になるノイエがずっと北の方角を見つめている。
うん。あんな美人が座っていたら、力を持っていると勘違いしている野郎共は襲ってくるだろう。
結果僕らは街道のゴミ掃除をしている。完璧な掃除だ。問題は公国に感謝されても嬉しくないけどね。
『しんどうがぼうこうに……出してください』と荷物が騒いでいるが知らん。
お前は出るな。そしてお前は出すな。代わりに竹の筒でも渡してやれ。それか尿瓶でも可だ。ただし粗相は許さん。ノイエの塩にお前の汚物がかかりでもしたら……それはそれで『ご褒美だ!』と言って大喜びするする一部マニアが居るかもしれない。世の中のマニアは本当に怖い。
「ん~。昔は気にしなかったんだけどあの魔剣って意外と使い勝手が良いわね~」
運搬用ゴーレムの上に座っている悪魔がそんなことを言い出す。
あれをこの世界に呼んで色々と弄んだのは君とその仲間であろう? ちゃんと性能の確認とかしなかったのかね?
「あの頃は質より数の頃だったから次から次へと色々と作っていたのよね~」
なるほど。それは仕方ない。
その昔大工をしていた爺さんが言っていた。『若い頃は高い道具を使う。ある程度経験を積んだら安い道具を使う。大ベテランになったらまた高い道具を使う』と。
理由は若い頃は道具を持つことを喜び直ぐに高いモノを買ってしまう。ある程度経験を積むと自分には腕があるからと道具に頼らなくなる。で、最後は老いて老眼とか色々な障害で嫌でも高い道具というか便利な道具を使うようになるという自身の経験を語った皮肉だ。
つまり悪魔たちは丁度その中間期に居たのだろう。
自分の腕に絶大な信頼を寄せて何でも作れると自惚れて暴走する頃だ。
「あはは。確かにその通りね~」
僕の言葉に悪魔が頷き、丸みのあるゴーレムの上で横になる。
それで落ちたら荷車に轢かれるぞ? はい? そんな馬鹿じゃないと? まあ良いけどね。
「兄さまの言う通りよ。あの頃のわたしたちは天狗になっていたのよ。ピノキオもビックリなレベルで」
それは凄いな。
「だから不可能は無いと思い込んで色々とやり尽くした。最終的には天界に殴り込んで神殺しもしたわけだから……本当に人間、調子に乗り過ぎるのは良くないわよね」
「それは君たちぐらいの特殊な人類だけだと思いたい」
「あはは。兄さまも結構特殊な人類だと思うけど?」
失礼な。僕ほど人畜無害でノイエを一途に愛し、異世界を満喫している人間は居ないと思うけど?
「そうかしら? 御前の様子を見ているとどうもね~」
何故か悪魔はウチの母親のことを『御前』と呼んでいる。
母さんの名前は高梨鈴鹿だから御前の要素は無いと思うんですが?
「まんま御前よ。これだから無知な愚民は」
「あん?」
生意気な口を利く悪い子は罰を敢行します。スカートを掴んで捲って、
「兄さまっ!」
ガバッと起き上がった悪魔が慌てて自分のスカートを抑え込む。
「うむ。大変立派なカボチャパンツでした」
「違うからっ! 今は丁度あれの周期だから色々と隠せるようにって……クタバレこの腐れ外道っ!」
「のわっと!」
悪魔がミニハリセンを取り出して僕に向かい投げつけてきた。それを寸前でマト〇ックス回避をした僕の視線にそれが見えた。
ノイエの顔が北を向いていないだと?
「ノイエ? 何かあった?」
追い打ちのハリセンを準備していた悪魔もノイエの様子に気づいた。
「ん。あっちに嫌な空気」
「はい?」
ノイエが指さしそう告げる。
視線を巡らせると……それは僕らが向かっている方向だった。
つまりここから先に何かあるのだろう。ノイエの感知能力は世界一である。
「なら一回ちゃんと休んで確りと準備しようかね?」
もうあと何日か行けばユーファミラ王国の支配エリアに入るとフランクさんが言ってたしね。
つまり罠を張るならこの辺りが最適ってわけだ。
© 2025 甲斐八雲
ん~。御前が自重を忘れたら?
たぶん魔法、錬金術(魔道具)、以外の新しい何かが出来あがるかもしれないですね。
はい? ノイエが本気を出したら?
怖いことを聞かないでよ~。根底からひっくり返るよ?




