変態肉屋に引き渡すぞ?
大陸北西部・ミールトア公国街道
「あっどうもどうも。どうぞどうぞ」
進行方向から来た兵隊さんたちに道を譲る。
荷馬車を引いているゴーレムの姿に彼らは一瞬ぎょっとしていたが……そうか。国民的アニメの主人公も異世界に来れば異形の物なのだな。
「人ほどの大きさのゴーレムに驚いたんじゃないの?」
悪魔がそう言ってゴーレムの弁護している。
そうだな。そうあって欲しい。
現在僕らはのんびりと街道を進んでいる。のんびりだけど昼夜止まらずに進めるのは全てゴーレムのおかげでもある。彼がずっと荷馬車を引っ張ってくれるので疲れた人は荷馬車で休憩しつつ仮眠がとれる。それもあって僕らの移動速度は普通だと考えられない速度になっている。
何より北は肌寒いぐらいに涼しい。うん。やっぱ寒い。動いているぐらいが丁度良く体が温まるから歩いている方が気持ち良い。
大丈夫だよ? 寝たらそのままノイエに攫われて人気のない場所で食べられるから極力寝ないようにしているとかそんな事実はない。本当です。起きているって素晴らしいっ!
「まあ兄さまのバナナは姉さまのおやつだから常に食べられる心配しかないけど」
「妹よ。もう少し優しい言葉をプリーズ」
「……チョコバナナにしたら姉さまの食いつきが数倍跳ねあがるかな?」
止めて! 色々と死んでしまうから!
「それに兄さま」
「ほい?」
「どうせ起きてても姉さまの“お腹”が空けば食べられるんだから寝た方が良いわよ?」
「……」
あれ? 反論の言葉が出て来ない?
「何より兄さまが寝ないと姉さまも寝ないから……加護が発動してお腹が空くかも?」
「ノイエ~」
荷車の上で待機しているノイエがこちらに視線を向けてきた。
ただ彼女のアホ毛はずっと一点に向けられている。『あっち! あっちに居ます!』と言いたげなアホ毛の気持ちは分かる。
ただそれは後です。後回しではありません。メインディッシュを先に食べたらダメって言われているでしょう? 美味しいモノは後でゆっくりと味わうのです。
「なに?」
「眠いから寝よ」
「はい」
フワッと立ち上がった彼女が僕の横に移動してきて、そのまま肩に担いで……あれ? ちょっと待って? 裏切ったな悪魔っ!
『わたしはいつまでここに! もがぁ~!』と声が聞こえてきた気がするが気のせいだろう。
またノイエに担がれ僕らは荷車に追いついた。
「お帰り兄さま」
笑顔で出迎えてくれる妹が憎い。良く分からないがとても憎い。
「兄さまがずっと姉さまを放置しているのが悪いのよ」
「……」
そう言われると何も言い返せない。
というかノイエが3日も我慢した方に驚くけどね。
「ただ確実に姉さまの“加護”は治療っぽいわね」
「だね」
この3日ノイエは荷車の荷物の上に座ってずっとある一点ばかり見つめていた。
魔力はゴーレムに使用しているからお腹は空くのだろう。時折干し肉をくれくれとアホ毛が催促してくるから渡していたぐらいだ。積極的に僕を求めてはこない。
「わたしもたぶん耄碌しているのかもね~」
指を鳴らし密談モードになった悪魔がそんなことを言ってくる。
「と言うかあのおっぱいが全て悪い!」
拳を握り締めて悪魔が何故かリグに対して喧嘩を売り始めた。
リグだよね? おっぱいで決め打ちしたことに関しては何も言いませんが。
「あれが変に治療魔法なんて持っているから誤魔化されたのよ! あれが無ければ姉さまの祝福を見たら怪しまなかったはずよ!」
「実際リグが居なくても怪しんでなかったろう?」
「違う! 全てはあのおっぱいが悪い!」
「リグのおっぱいは悪くない」
「否! あんなに立派なおっぱいを持っているのに他人のおっぱいを枕にするような奴が悪い!」
「実に羨ましい話だな」
「そうね」
僕らはリグのことが羨ましかったんだな。知らなかった。
「普通に歌姫の太ももを枕にしていたとかあのおっぱいは甘い蜜を吸い過ぎよ!」
「つまり罰が必要だと?」
「そうよ」
なるほど。
「で、どんな罰?」
「……三角木馬?」
「却下で」
リグはそんなキャラではない。
「なら兄さまはどんな罰が有効だと?」
「ん~」
リグへの罰か。
彼女は基本色々と無頓着である。今着ている服も結構あれだが受け入れている。服装で恥ずかしいとか思わないだろう。ならどんなことが罰になる?
「リグの思考って意外と謎だからな~」
「そうなのよ。そこが問題なのよ!」
怒るな怒るな。で、何の話だっけ?
「そもそも祝福と加護って何が違うのよ?」
「原理自体はたぶん一緒よ」
「はい?」
同じなのですか?
「ただ祝福はこの世界のシステム……便宜上システムって呼ぶわね。実際は別物だけど。で、そのシステムが運営している神を称えるためのマッチポンプなシステムなわけ」
「つまり?」
「髪を信じよ。信じれば薄毛の頭皮にも太く立派な毛が生える。でも実際頭皮を薄くしているのは神様なわけよ」
「分かったような分からないような?」
例題が漠然とし過ぎです。
「なら姉さまが『今日はしたくない』と言いながら際どいコスプレ衣装でベッドの上に居る感じ」
「大変良く分かりました!」
なんて恐ろしい罠だ。その罠であれば僕は秒でかかってしまう自信しかない。
「祝福の力を見た人たちはそれを与える神を崇拝する。その崇拝で得る信仰心を神たちは栄養にしていた……まあそんな感じかしらね」
だからのマッチポンプなのね。
「実際は違うの?」
「ま~ね。簡単に説明しているからね。詳しく説明しても良いんだけど、24時間ぐらいはわたしの話に付き合って貰うわよ?」
「遠慮します」
そんな長い話は聞きたくない。
「それで姉さまの加護は、原理の方が不明なんだけど……祝福のシステムを自身の中に搭載している感じかな?」
「チートすぎない?」
異世界組よりチートな原住民って何よ?
「超が付くほどね。ただ色々と制限はあるみたいだけど……たぶんその制限を姉さまに聞いても謎は解けないでしょうね」
「ふ~ん」
ならあれはどうでしょう?
「リグの故郷でやったあれは?」
「あ~」
それはノイエの周りから強制的に雑音を消してしまう方法だ。
僕らと同じでも住んでいる“世界”が異なるノイエは見聞きしている世界も違う。
強制的に僕らと同じ世界に彼女に来て貰えば……何故だろう? 僕の首周りがとっても冷たいのです。
「ノイエ~。何が見える?」
「ユーがアルグ様の首に抱き着いている」
それは抱き付いているとは言わない。締め上げていると言うのです。
「せめてシュシュ程度の胸にボリュームを得てから抱き付いて来い!」
懐から塩の小瓶を取り出してそれを背後に向かい撒く。こっちはノイエの塩ではないのでそんなに攻撃力は強くないが多少効果はあったらしい。首周りの違和感が消えた。
「アルグ様。喧嘩はダメ」
「は~い」
「ユーも手を下ろす」
妹に叱られたらしい姉は僕に何をしようとしていたのだろうか? 見えないだけにちょっと怖い。
「フワフワより胸は大きいってユーが言ってる」
「またまた~」
これだから幽霊は困る。勝手に過去を改ざんするなと言いたい。
肩を竦めて全力で否定したら、顔面に冷たい感触がかなり強めに伝わってきた。
軽く首が後方に流れましたよ?
「ユー」
ノイエが強めに怒ったら突如地面の上でのた打ち回る半透明の存在が。
あの桃色の髪の毛は間違いない。ノイエの背後霊だ。
「悪魔さん?」
「ん~」
僕と一緒に悪霊を観察した悪魔と一緒に審議する。
ちょっと長い話し合いになったけど結論は出た。
「フワフワの方が大きくない?」
ですよね?
悪魔の言葉を全力で肯定する。
着ている服とかの関係もあるかと思うけどシュシュの方が大きい気がするな。
「で、何の話をしてたんだっけ?」
「兄さまがおっぱい道に目覚めたって話でしょう?」
絶対に違うと思います。
「大きくなくても良い。ノイエの姉と遊びたいという気持ちはありますが」
「大きくなくても良いとか言っている時点で色々終わっているわよ兄さま?」
うむ。それは一大事である。今後は悔い改めよう。
『むぎゃ~! リスがおしっこした~!』
何故かノイエの下で椅子になっている存在が騒ぎ始めた。
あ~。1人だと寂しいかと思ってアニマルテラピーがてらウチのニクを預けてましたね。
「我慢しろ。小便臭いチビ~」
『ちがうも~ん!』
本日もウチのノイエの椅子は元気である。
「あっ兄さま」
「はい?」
隣を行く悪魔が後方に指を向けた。
あ~。先ほど僕らの横を通過した兵隊さんたちが走って戻って来てるね。
こう毎日襲撃される身にもなって欲しいな。
「とりあえず荷物になっているテレサさんを起こすか」
近づいて確認すると……彼女は油断しすぎた体勢と状態で爆睡していた。
嫁入り前の娘がこれで良いのか? 何よりビキニアーマーは寝間着に向いていないね。
「起きろぜい肉。変態肉屋に引き渡すぞ?」
たるんとしているお腹のお肉を握って捻った。
© 2025 甲斐八雲
主人公たちはのんびりしていますが、実際公国の方は大パニック状態ですw
ボチボチあれがこれをしてそれをするから……うん。次回ぐらいから話が進むな。たぶん?




