抓られる覚悟で僕は言おう
BK小説大賞は落選となりました。
皆様の応援ありがとうございました。
ユニバンス王国・王都北部ドラグナイト邸
「別に良いんです。わたしが目立つことを避けていますから。でもここにいてわたしの話を聴いたノワールはとても悲しそうな声で泣いてました」
「……」
全力で飲んで食ってをしてから帰宅した僕らを待っていたのは、ノワールを抱いて拗ねるセシリーンだった。ちなみにセシルは寝ている。爆睡だ。本当にこの子も手のかからない良い子である。というかどんなにぐずってもセシリーンの鼻歌で寝落ちする。寝落ちさせる。世の子育て世代がその存在を知ったら神と崇められること間違いなしだ。
「父さんと母さんはいっぱい遊んでいたそうですよ」
「う~」
指を咥えたノワールが低い声を発して僕らを睨んで来る。
分かる。分かります。あの目は『私も誘え』と語っている。
だが待ちたまえ我が娘よ。あんなお酒と焼き肉の匂いだけの場所は君に辛かろう? パパの優しさを感じたまえ!
真っ直ぐな目で娘に心の中で訴えかけるが、彼女は唾棄するかのように僕から顔を背けて軽く咳をした。
はいごめんなさい。存在を忘れて全力で遊んでいましたっ!
早々に負けを認めて頭を下げる。何故かノイエも僕の隣で頭を下げた。
はいそこ。ポーラとスズネも頭を下げなさい。
あれ? コロネは? はい? 待機所に残ったオーガさんの世話を命じた? 児童虐待は……異世界に存在しない言葉だから問題は無いんだけどね。それにあれなら間違って食べられても良い?
それは言い過ぎです。せめて左腕の魔道具は残しておいてもらわないと後で各方面から僕が怒られます。
何故にみんなして僕にそんな鬼畜を見るような視線を向けるのですか?
「旦那さま?」
「申し訳ございませんでしたっ!」
セシリーンの厳しめな声に改めて頭を下げる。
この歌姫さまは怒ると怖い。というかノイエの姉たちは基本怒ると怖い。故に怒らせてはいけない。
「お姉ちゃんも行きたかった?」
「……人混みはまだあれですけど」
ノイエが姉に近づき彼女が抱いている娘を受け取る。
ノワールは少し頬を膨らませてノイエに抱き付いた。
「はい。次は一緒」
「あう」
母娘の語らいはいつも通りに短い。でもそれでノワールの機嫌が直る。
僕に対する冷たい視線は変わらないけどね。知ってる。
「お姉ちゃんも行きたかった?」
「……」
重ねて妹に問われた姉が小さく息を吐いた。
「みんなの楽しげな声をここで1人で聞いているのは少し寂しいです」
「ごめんなさい」
またノイエが謝る。
「アルグ様も」
あっはい。
「大変申し訳ございませんでしたっ!」
深々と頭を下げる。
必要であれば土下座だって辞さないのが僕のスタイルです。土下座しますか?
「見えないから謝罪は言葉で良いです」
と、セシリーンが僕に向かい手を伸ばしてきた。それに反応してノイエが道を開ける。
えっと……これは普通に手を取れば良いのかな?
流れを理解できずにセシリーンの手を取ると彼女が僕の腕に抱き付いて来た。
「お腹がいっぱいならお風呂の前にわたしの散歩に付き合ってくれますよね?」
「貴女がそれを求めるなら」
「もうっ」
素直に返事をしたら気障っぽい感じになった。
それを察してかセシリーンが少し声を荒げたが振りのようだ。増々僕の腕に抱き着い来る。
「ノイエはノワールをお風呂に」
「はい」
「旦那さまはわたしと“外”に散歩で」
「喜んで」
歌姫さまをエスコートして僕は屋敷の外へ出た。
「わたしだって笑い声の中に居たいと思うことはあるんですよ。聞いてますか?」
聞いてます。聞いてますからね?
別段相手が酔っているわけではないのだけど、セシリーンの絡みが正直ちょっとだけウザい。
「別に外に出ても良いんだよ?」
彼女の体調は回復してもう普通に暮らせている。屋敷の中を歩き回って体力の回復にも努めた成果だ。
「でも街やお城に行くと騒ぎになるでしょう?」
「あ~」
否定が出来ない。
何よりレニーラとセシリーンの人気は半端ない。流石は元我が国の二大アイドルである。
そんな2人が街中に出ると……レニーラはまだどうにかなる。彼女のフットワークは軽いから逃げ切れる。でもセシリーンには無理だ。
「良いんですよ。楽しそうな声に対してのわたしの嫉妬ですから」
腕に抱き付いて彼女はそんなことを言って来るのです。
ですが嫉妬しているのだと自覚はしているのだろう?
それは良くない。我がドラグナイト家で我慢するのは性欲と性癖ぐらいだ。ただし性欲はほどほどであれば許される。性癖は……相手に迷惑を掛けないのであればまあ許そう。
ただし各方面に迷惑を掛けるような性癖は許さんのである。
「ふむ」
であれば僕が考えることは1つである。
「明日で良い?」
「はい?」
『何を?』と言いたげな彼女がその瞼で閉じた瞳を向けて来る。
「明日の夕方にこの場所で良いなら屋敷の人たちと一緒に簡単なパーティーでもする?」
連日のお祭りに喜ぶのはノイエと取引相手の商人くらいか? だが構わん。
「ノイエの仕事があるからピクニックとかは難しいけど、夕方からならここで食事を楽しむくらいは問題無いしね」
それにさっきノイエもノワールに『次は一緒』と言っていた。その願いも叶えようではないか。
「良いの、ですか?」
「構わないよ」
何より君は忘れていますか?
「セシリーンは僕が囲っている歌姫さまだよ? 屋敷の主人のように振る舞っても問題ありません」
「主人は無理です」
無理ですか。
「でも……」
ギュッとセシリーンが僕の腕に強く抱き付いて来る。
「少しだけ笑い声を聞きたいです」
「うむ」
それで良ければ手配しましょう。
「そんな訳でスズネ君」
「はい」
気配を消していた彼女が僕らの前にやって来た。
これがポーラであれば僕の視界ギリギリに入る角度で自分をアピールして来る。理由は気配を消されると僕か気づかないからだ。だけど今夜はポーラの姿が見えない。つまり護衛というか御用聞きとして傍に居るのはスズネになるという簡単な推理だ。
「明日の夜、屋敷の者たちだけで簡単な飲み食いをするからポーラに告げて準備して貰って」
「畏まりました」
軽く一礼をして彼女は暗闇の中に消えていく。
普段サムライガールなのに時折ニンジャガールにもなるのがスズネである。
何気にあの子は恰好から入るスタイルなのか?
「ほい。なら明日ね」
「……もう」
甘えた声を出してセシリーンが柔らかく笑う。これはこれで悪くない。
「何なら2人目でも頑張って、痛い痛い」
彼女の手が抱きしめている僕の腕を抓って来た。
「まだしばらくは、セシルとノワールのお母さんで居たいので」
「え~」
「我が儘を言わないの」
拗ねた口調で彼女がそう告げて来る。
「何よりこう抱き着いていて、胸から母乳が溢れてしまいそれに気づかれないか心配しているわたしを貴方は抱けるのですか?」
「むしろ喜んで! 痛い痛い……」
酷い誘導だ。誘って釣っておいて腕を抓るのは酷くないですか?
「もう! 貴方は少なくとも王族の1人で貴族なのでしょう? それなのにそんなことばかり言って」
うわ~。何故かセシリーンが説教モードに突入した。
「落ち着いてセシリーン。冗談だから」
「その言葉が嘘でしょう?」
「まあ……痛い痛い」
だから誘ってからの釣りは違反である。
「だがセシリーンよ。また抓られる覚悟で僕は言おう。痛い痛い」
言う前に抓るなと言いたい。
「たとえ母乳が出ていようが僕は君を抱ける! 痛い痛い」
「もう! 貴方は本当に!」
抓りながらセシリーンが声を荒げる。
「屋敷に戻るまでお説教です」
マジで?
マジでした。マジでお説教されました。
そしてそのあとお風呂に入り、何故か今夜はノイエが2人の娘を連れて別室に移動したのです。
つまりその後僕は初めて母乳の味を知りました。
翌日の夕食会に参加したセシリーンは終始疲れた様子だけど、でも周りの笑い声を聞いて笑顔だった。
その様子を見てノイエのアホ毛が嬉しそうに揺れ動き……暴れていたのが印象的ではあったけどね。
© 2025 甲斐八雲
除け者にされて拗ねたセシリーンとノワールの話でした。
違う? 母乳回だと? そんなことは無い。拗ねた歌姫回である!
次回からちょっと話があれしてこれして…どうしよう?




