物凄く恐ろしい魔法じゃない?
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「テレサ? 何で話してしまったんだ?」
「ダメでしたか?」
無垢なテレサさんは何も分からずお肉をもきゅもきゅしながら首を傾げている。
大きくて深いため息を吐き出したフランクさんは僕を見て……何ともやり場のない表情を浮かべていた。
知ってる。仕組んだのは僕ですしね。
「情報料は何かしらの何かで」
「公表は?」
「して欲しくないなら、あくまで個人的な好奇心を満たしたと言うことで」
ルッテとモミジさん。今聞いた話は口外しないように。もし言ったら僕の権力をフル活動し、君たちの婚約者をしばらくの間地方勤務にします。
効果的な脅しだったので2人が腰にしがみ付いて来て『絶対に言わないからそれだけはっ!』と懇願して来た。その様子を見ている限り、あの2人ってば愛されているのだと良く分かる。
愛しているからの言葉だよね?
真っ直ぐ頷くルッテは信じよう。お前はちょいちょい性欲に流されるが基本真面目だ。
で、僕から顔を背けて頷いたモミジさん? 君はそろそろ一度花嫁修業と言うことで実家の方に戻ってみる? 10年ぐらい? 彼は仕事があるからこの国に残って貰いますが?
これでもかと言うほど奇麗に土下座をしてモミジさんが許しを乞うてきた。もう少し自重を覚えなさい。
で、コロネ?
抱えているお馬鹿娘に視線を向けるが、何故か彼女は頬を上気させポ~っとしている。
何故出来上がっている? はい? 刺激が強すぎただと?
そう言えばテレサさんの話を聴いていてついつい興奮して丁度良い尻を叩いていたな。
あの尻はお前のモノだったのかっ!
まあ脇に抱えてペチペチしていたのだからコロネの尻しかないんだけどね。
で、分っているね?
彼女に問うと『ぜったいにいいません』と何故か恥じらいながら言って来た。
何か勘違いしていないか? 大丈夫か? そしてあちらでこちらを見ているポーラさんの背後が陽炎ってて、何処かのバトル漫画のキャラみたくなっているんだが大丈夫か?
うむ。ダメそうだな。
ポーラに気づいたコロネが悲鳴を上げた。
優しい僕は彼女を解放すると、コロネは全力で逃げ出した。ただポーラは静かに手を動かし傍に居るメイドたちに指示を下す。
うん。静かに走り出したメイドたちがコロネを追って……しばらくしたら離れた場所からコロネの悲鳴が木霊した。
「兄さま」
「ほい?」
プンスコ怒りながらポーラが僕の元に来た。
ちなみにノイエはまた豚の丸焼きをロックオンしたのかオーガさんとじゃれている。
「珍しい魔法の話はわたしも一緒にお願いします」
「なるほど」
今の発言がどっちの言葉かは聞かないでおく。
たぶん今のポーラはポーラだろうが、詳しく聞いておかないと後で悪魔に説明するのが面倒臭いとかそんな感じなんだろうな。
「ではフランクさんから詳しく聞こうではありませんか」
「はい」
傍に来た妹を背後から軽く抱きしめつつ僕らはフランクさんが居る方を向く。
彼は手にしていた木製のジョッキの中身を一気に煽って空にした。
「他言無用というかテレサが言ったとは言わないで欲しい」
「了解です」
彼に促され僕らはルッテたちの輪から離れる。
周りに人が居ないことを確認しながら彼は口を開いた。
「テレサは何と?」
「公国のドラゴンスレイヤーは『ドラゴンを殺す魔法を持っている』と」
そんな凄い魔法が存在しているならきっとアイルローゼが大喜びする。だから詳しく知りたい。知って彼女に教えたらきっと何かしらご褒美をくれるはずだ。
おかげで興奮して抱えていたコロネの尻を強めに叩いていた。悲しい事故である。
「まあ詳しく知らないアイツの認識だとそんな感じだろうな」
言ってフランクさんが頭を掻いた。
「実際は違う」
マジで?
「もっと凶悪な魔法なんだ」
もっと凶悪なの? それは何てテンションの上がる言葉でしょうか?
「あれは生き物を殺す魔法だ」
「はい?」
「言葉の通りだ。あれは生きている動物を全て殺す。馬でもドラゴンでも……そして人間でもな」
それはちょっとどうなの? 最強すぎない?
「過去にあれが戦場で使用されウチの国は何人もの死者が出た。だから間違いない」
あ~。使用されているのね。
「だから陛下はテレサを前線に出しても相手に『老師』が居る場合は直ぐに戻す。ドラゴン退治があるとか言ってな」
「愛されているのね」
本当にテレサさんはユーファミア王国の人たちから愛されているっぽい。
「最悪老師との戦闘が避けられないのであれば動員することは決まっている。でもウチでようやく表れた魔剣を扱える者だしな」
まあそう言うならそれで良いんだけどね。
「で、どんな感じで死ぬの?」
僕の問いにフランクさんが静かに視線を向けて来た。
「答えにくいことを聞くな」
「それでも僕は聞くのです」
「……まあ隠すことでもない」
諦めてフランクさんが口を開いた。
「どんな魔法かは分からない。魔法名も不明だ。ただそれを受けた者は、苦しみ藻掻いて死んでしまう」
「苦しみ藻掻く?」
「ああ。それこそ溺れ死ぬかのようにな」
ピクッと抱きしめていたポーラがその言葉で反応した。どうやら何か気づいたらしい。
「ただ範囲は狭いらしい。集団相手に使われても死者はそう多くは無い」
「でも受けた者は亡くなるんでしょう?」
「ああ。ただ理由が分らんが助かった者もいる。その者たちが言うには『息が出来なかった』と」
「ふ~ん」
ポーラは反応しない。ならもう良いかな?
「で、情報料の見返りは?」
「……農作物とかでも良いか?」
「小麦とかなら手配できるけど家畜の肉、特に牛は難しいよ?」
「肉は農作物じゃないだろう?」
はっ!
その言葉に僕はそのことを思い出した。確かにそうだ。
「危ない。いつもノイエが『家畜は穀物を食べるから野菜』の言葉に頭の中が染まってしまっていたらしい」
「恐ろしい考えだな」
冗談だと思ったのか彼は笑いながら歩いて行く。
フラフラと歩きまわって会話の輪に加わり情報を集めているっぽい。だから僕もテレサさんから情報収集をしたんだけど……まあ小麦くらいでこの情報を得られたのなら安いでしょう。
「で、ポーラさん」
「……」
反応が無い。覗き込んで確認するとポーラは目を閉じて沈黙している。
待つことしばらくすると彼女は閉じていた両眼を開いた。
「師匠が言うには間違いなく『無空』という魔法だそうです」
「断言してるの?」
「はい」
つまり、
「作ったのは悪魔か?」
「いいえ。弟子だそうです」
「弟子?」
「はい。『旅人』という」
ちょいちょい出て来るな?
「それでどんな魔法なの?」
ポーラがゆっくりと説明してくれる。
彼女が即答しなかった理由が説明を聞いて理解した。悪魔はこの弟子に伝える言葉を選んだのだろう。
僕が相手ならあっさり伝えられたんだけどね。
つまり無空と言う魔法は僕の腕に埋め込まれているプレートに似た魔法である。
大きなシャボン玉を作り出し相手に向けて投げつける魔法だ。ただその玉の中に空気は無い。全く無い。むしろ何もない。故にそれに飲み込まれた人はその玉の中で全てを奪われる。
空気も水分も何もかもだ。ただ水分の類は抽出するのに時間がかかるので最初に奪われるのは最も軽い物質である“空気”からになる。
「物凄く恐ろしい魔法じゃない?」
「わたしもそう思います」
ポーラも小さく頷く。
確かに強力な魔法だからアイルローゼが知ったら大喜びだろうが、彼女はこの手の『殺す』だけの魔法は好きではないだろうしね。
うん。何だかんだで先生は優しいのである。
「何でそんな魔法を作ったんだろうね」
凶悪過ぎて使い勝手が悪い気がする。
「素材を無傷で手に入れられからだそうです」
「あ~」
納得だ。確かにその通りだろう。
毒とか物理とかだと獲物に何かしらの何かが残る。でも今聞いた魔法であれば何も残さない。
とても綺麗な死体ができるだろうね。
「……本当に悪魔が作った魔法じゃないの?」
「兄さま。師匠もそこまで酷い人じゃありません」
そうかな~? あれは比較的酷い魔法を趣味の延長で作り出すタイプだよ?
© 2025 甲斐八雲
ここで実はある間違いが発生していますが…まあそれは本編でおいおい。
ようやく公国の老師の魔法も語れた。で、色々と準備は整った。
つまりボチボチ主人公たちが移動できるはず?




