詐欺師の常套句っぽい気がするんだけど?
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「光よ~!」
何か古めかしいアニメとかで聞けそうなフレーズを発し、テレサさんが自分の前で掲げるように抜いた魔剣を構える。洋画とかで見たことのあるフルプレートの騎士がすると格好良い気もするが、ふくよかなビキニアーマーの彼女がするとそれはそれでエロく見える。
「ノイエ?」
「はい」
「どっちが勝つと思う?」
「大きい人」
即答だ。ノイエはオーガさんの勝ちを宣言した。
「でもテレサさんはノイエと互角に」
「負けてない」
「はいはい」
ノイエの負けん気の強さに両手を上げて降参しておく。
まあ僕もノイエが負けただなんて思ってもいないけどね。
「あの魔剣は強いでしょう?」
「今なら平気」
「何が?」
「今なら一発」
そうですか。
つまりノイエ的にテレサさんの攻略法を見つけたらしい。
「「お~」」
歓声が上がり自然と僕もお嫁さんから視線を動かす。
電柱ほどの長さとなった光の大剣を掲げるテレサさんが容赦なくオーガさんにその刃を振るっている。
ブンブンと振り回して滅多切りだ。地面が血の色に染まるが……何故だろう? 攻撃しているのはテレサさんだよね?
「あはは~! もっと腰を据えてその剣を振るってきな~!」
腕で上半身をガードしているオーガさんが笑いながらジワジワと歩みを進める。
うん。狂っていらっしゃる。良い感じで戦闘狂を披露していらっしゃる。
ただテレサさんはまだ戦闘慣れしていないからか、あの手のリアクションに対しての反応が悪い。尻込みしてしまうのだ。
「手を止めたら負けます!」
「はひっ!」
弱気になっているテレサさんに活を入れたのはポーラだ。
復活してきたポーラさんは銀色の棒を持たずにテレサさんの斬撃を回避しながらオーガさんとの間合いを詰める。
知らない間にウチの妹様が格ゲーキャラもビックリな動きを披露する子になっているんですけど? これってどこに相談したら良いのでしょうか?
「むっ」
ポーラの動きを見ていたノイエがお肉を食べながら唸った。そのお肉が美味しかった?
「あれ知らない」
「はい?」
あれとは……その答えは早かった。
オーガさんの懐に飛び込んだポーラが祈るように両手を結び、その手に氷の塊を纏わりつかせた。
「合わせてくださいっ!」
叫びポーラが全力で両手の氷の塊でオーガさんの下から上へその顎を打ち抜く。
「貫け!」
容赦ないポーラのアッパーカットを食らったオーガさんの顔が空を向いている。そんな相手にテレサさんが上段に構えた大剣を振り下ろす。
無数に刀身が分裂し、光の矢となった大剣が雨のようにオーガさんを襲った。
「流石にあれは拙いかな?」
オーガさんが絶好調過ぎてストップのタイミングを間違えたかもしれない。
でももう遅いな。うん遅い。
濛々と立ち込める土煙を見て僕は悟る。仕方ない時もあるのです。
「ノイエ?」
「……」
大変嫌そうな雰囲気を纏いノイエが僕の脇腹を突いて来る。
はいはい分かってます。
「今夜もノイエのお好きなように」
「はい」
クルクルとアホ毛を回し彼女は僕の傍に来ると背伸びをして唇を合わせてきた。
うむ。肉の味だね。
「あ~っはっは~!」
土煙を吹き飛ばす勢いで豪快な笑い声が響く。
「良いよ! 良いね! 良い感じで体が温まって来たよ!」
あれだけ暴れて準備運動ですか?
魔力が切れたのか地面に座り込んでいるポーラとテレサさんが絶望を感じた表情を浮かべている。
怪我はしているけどオーガさんは元気です。もう少し血を抜いてあげたら大人しくなったのかな?
「良い一撃だったよ! チビ助!」
「はぐっ」
座り込んでいたポーラはオーガさんに蹴られて地面の上を転がる。
あれは完全にリタイアだね。ハルムントのメイドさんたち? ポーラの回収もよろしく!
次いでオーガさんはテレサさんに向かい歩み出す。迫りくる巨躯の赤鬼に震えあがっている彼女は逃げられそうにない。軽く叩いて終わってくれれば良いんだけど、テンション逝っちゃってるから殴り飛ばしそうだな? 貴賓が怪我とかしたら問題かな?
モミジさんなら問題無いんだけどね。
あれは怪我して喜ぶ変わった生物ですから。むしろ喜ばれることでしょう。
仕方がない。ノイエに救出をお願いするか……そう思ったら僕の近くで馬が嘶いた。
「はい?」
空気が震えて何かが動く気配がする。
ただ一般人の僕ではそれは見えない。見えなかったが何が起きたかは分かった。
オーガさんがロックオンしていたテレサさんの姿が忽然と消えていたのだ。何故なら彼女はフランクさんに抱えられオーガさんの後方へと移動していた。
「へ~」
あれが不敗の正体かな?
ニク! ちゃんと仕事はしているか? というかあいつは今日は来ているのか?
急いで辺りを見渡すと、チビ姫の頭の上に座る我が家のペットを発見した。
お前って奴は……完璧だぜ。
何故なら我が家のペットはその手に撮影用の魔道具を持っている。そして不敬を恐れずチビ姫を台座にするその根性に僕は本物のプロフェッショナルを見た。
案ずるなニクよ。チビ姫を踏み台にしたぐらいの不敬など僕がどうにでもしてやる。何よりちゃんと撮影しているな? 後で先生が見たら大興奮してベッドの上で飛び跳ねるであろうあの映像を?
ニクがサムズアップして返事を寄こした。
「ならば良し!」
思わず声が出た。
あれは珍しいタイプの魔道具だ。たぶん先生が興奮する。
問題は解説が居ない。
「ポーラ~」
「……はい。兄さま」
ハルムントのメイドさんが回収してきた妹を呼ぶ。
フラフラとよろけながら歩いて来た妹を前に一瞬ノイエを見る。ノーリアクションだから良いかな?
メイドさんたちの視線の方が遥かにヤバい空気を帯びているけど、ノイエのお怒りの方が僕としては怖いのです。
「あっ」
躓いたポーラが倒れかけるけど地面との接触はない。それよりも先にノイエのアホ毛が伸びて妹を転倒から救っている。
というか性能が増したか? そのアホ毛?
二つに分かれたアホ毛がポーラの脇に差し込まれ、そのまま運んでくる。
「頑張った」
「あっ……ありがとうございます。姉さま」
おおっ! ノイエがポーラの頭を撫でながら褒めた。
これは成長か? ノイエの成長を褒めるべきなのか?
「いつもしてる」
「……」
「本当」
ノイエの発言の是非に関しては後で考えることとしよう。
アホ毛で支えているポーラを僕に預けたノイエが軽い足取りで歩き出す。
軽く首とか腕とか動かしている様子からしてそろそろ自分の出番だと理解しているのだろう。
何よりフランクさんは逃げきれない。
「あれって馬なの?」
可愛い妹をバックハグしてあげながら僕らはそれを見る。
どうやらあれは1人用の魔道具らしい。それなのにテレサさんという荷物を背負ってしまったからフランクさんの機動力が激減だ。
「逃走用の魔道具、その名は“スレイプニル”だそうです」
「へ~」
返事はどうやらポーラっぽい。
全力で僕に甘えに来ているから悪魔ではない気がしていたけどね。
「使用者に馬の足を与え走ることに特化した移動用の魔道具だそうです」
「なるほどね」
納得した。確かにそんな感じだ。
今のフランクさんは下半身が馬である。一瞬ケンタウロスかとも思ったけど、その脚が8本あるのでたぶん別物だと思った。どうやら僕の予想は正解だったようだ。
「で、あの人が不敗と呼ばれている由縁は……やっぱりあれかね?」
「だと思います」
これこれポーラくん? いくらノイエが許しているからって兄さまの首に鼻を寄せてのスンスンは許しませんよ? もう少しレディーとしての慎みを持ちなさい。
若干欲望のままに甘えて来る妹を遠ざけつつ僕は今一度フランクさんを見る。
嬉々として追い回してくるオーガさんから逃れようとする彼は、ある意味で最強なのだろう。だって勝てない相手とは戦わない。全力で逃走する。だから負けない。不敗である。
「詐欺師の常套句っぽい気がするんだけど?」
「あは~。兄さま。兄さま」
「……」
スンスンが止まらない妹を脇に抱え直してお尻をペンペンする。
これは体罰ではありません。躾です。躾なのです。
© 2025 甲斐八雲
負けないから不敗なのです! 誰も常勝とか言ってないよ?
そんなフランクさんもテレサという荷物を抱えると途端に足が遅くなるんだけどね。重いからw




