お前がやっても良いんだよ?
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「はう~」
事実を知り、膝を抱えて座っているテレサさんに僕は何とも言えない視線を向ける。
楽してダイエットは出来ないのです。
チラリと彼女の保護者に視線を向けると、フランクさんはバツの悪そうな顔をして僕の視線から顔をそむけた。というかこれぐらい説明してやれと思うが、フランクさんの場合は僕と違って相手を絶望のどん底に落とすのが嫌なのだろう。
つか娘に嫌われたくない父親的な感情か?
分かる。分かるぞ~。僕なんてノワール大好きなのにノワールは僕のことが大っ嫌いなのである。それでも僕は彼女の父親だ。これ以上嫌われることになっても言うべきことは言う。はっきりと言う。
『祝福を得たいのなら簡単。一回死ねば良いのです』
蘇生できるかは別問題なんだけどね。
失敗すればそこで人生の終わりだ。安易に挑戦などできない。
何より蘇生したとしても祝福を得られるかも別の話だ。こちらも運だ。
だからこそ割が合わないギャンブルだ。しない方が良いに決まっている。
「痩せたいのならあっちのオッサンたちのように走りなさい」
「はぅ~」
カタカタとキラーが揺れて不満を申しているが知らん。
そして本日もノイエ小隊の面々は走り込みを行っている。我が国の兵士たちはとにかく体力重視なのでそっちの方面での鍛錬が主体になる。
重装歩兵が基本装備の我が国は、体力が無いと兵士が務まらないのだよ!
フルプレートの重装備で戦場を走り回る姿を想像してください。死にます。普通に死にます。
死から体を守る防具で死に掛けます。それを回避するために体力が必要なのです。
おかげで夜の営みは盛んなので、ウチの国の兵士はそっち方面ではモテるとか。知らんけど。
そんなマッチョなオッサンたちは僕らが見えるところに来ると走るペースを落とす。
最初はウチのメイドでも見ているのかと思ったが、大半がテレサさんを見ている。
知ってる。このドラゴンスレイヤーは好きな人にはたまらない体型をしている。
魔乳でふっくらとか好きな人には大変な御馳走らしい。
ウチの貴族の中にもこの手の体型がストライクな人が居て『どうにかならないか?』と話し合いが行われたらしい。そのどうにかの前の部分は知らない。そしてそんな野郎どもは僕が差し向けたハルムント家のメイドさんたちの手により全員股間を痛打されしばらく自宅で安静にしているはずだ。
性欲で外交問題になりかねないことを企むなと強く言いたい。
あれ? 何故かブーメランが?
違う。僕は自分の性欲のために外交問題に発展したことはない。たぶん?
「ん」
フワッと僕の前にノイエがやって来た。
まだ何歩か足踏みをしているがどんどん着地が上手くなっている。今日中には慣れそうだな。
「泣かせたの?」
「絶望を知って現実の残酷さを噛み締めているみたい」
「はい」
気のせいかアホ毛が治ってからノイエの口調が若干柔らかくなった気がする。
本当に気のせいかもしれないけど、こんな風に相手のことを気にする言葉が自然と出るのです。
まあそもそもノイエは生まれ持っての優しい女性ですから。
本当に愛らしくて可愛らしくて……彼女の両手が僕の口を塞いできた。
「恥ずかしい」
「もごっ」
頬を赤くしたノイエが手を離しスタスタと歩いて行く。
本日の昼食はスズネを中心にした見習いメイドたちの作品です。
ただスズネの料理は野性味溢れる作品なので僕からするとちょっと重い。でもこの場所では大変好かれるから不思議だ。基本体育会系ばかりだからか?
何気にノイエのアホ毛が嬉しそうに左右にピコピコと動いている。
余りにもよく動いているから分かれているように見えると思ったら実際分かれていた。
2本になったアホ毛が左右別々に嬉しそうにリズムを刻んでいる。
どんどん別次元の何かに進化していないか? その内ノイエから離れてアホ毛だけで動き回る様になったりしないだろうな?
「ほれテレサさん。ご飯だよ」
「……はい?」
膝を抱いていじけている相手に声をかける。
悲しい時は暖かい物を食べて忘れるに限るのです。さあ共に昼食に参ろうではありませんか?
まるでダンスに誘うように彼女が立ち上がるのに手を貸し……そして気づく。
テレサさんってユニバンスに来てから確実に太っただろうな~と。
「む」
「どうしたの?」
骨付きのお肉を食べていたノイエが突如として立ち上がった。
間違いなく辺りを警戒している。ドラゴンか?
「もっと面倒」
ドラゴン以上に面倒か~。
それだと思い当たるのは1つなので僕は慌てない。どんと構えて待つことにしよう。
「コロネ」
「はい」
僕らから少し離れた場所で昼食を摂っていたチビメイドを呼ぶ。
「初手はお前だ」
「はい?」
スプーンを咥え『何を言ってるんですか?』と言いたげに彼女は首を傾げる。
「で、スズネ」
「はい」
コロネの隣に居るチビメイドにも声をかける。
こちらはスッと背筋を伸ばして僕に顔を向けてきた。
「次手はお前だ」
「畏まりました」
分かっていなくても応じて頷く。これがメイドの鏡である。
「で、この2人があっさりやられると思うから」
「なっ」
「むっ」
事実であろう言葉にコロネとスズネが不満気な声を上げた。だが事実なのだよ。
「テレサさん行ってみます?」
「はひ?」
白パンを齧る彼女が驚いて様子でこっちを見る。
彼女の故郷だと小麦は大変貴重で、ライ麦のような麦しか取れないらしい。だから白いパンを初めて見たテレサさんは毎食必ずパンを食べている。好物になってと言っても過言ではない。
だが忘れるなよ? 君はいずれ国に帰る事実を?
「ウチのポーラかルッテを迎撃に出しても良いんですけど、訓練にはなりますよ?」
「訓練ですか?」
はい。訓練です。別名強制イベントとも言いますが、一応訓練だったと僕は言い張ります。
「そんな訳でチビ姫~」
「わたしは何も知らないですぅ~」
メイドたちの中に隠れていた馬鹿が手を振って来る。
「チビ姫の承諾も得られたのでこれより強制訓練を開始します」
「承諾なんてしてないですぅ~」
「そこに混ざって飯を食っている時点で共犯だ。一緒に楽しめ。特等席だぞ?」
「あぅ~。仕方がないですぅ~」
特等席に釣られてチビ姫がこっちの味方になった。ならば全ての責任はお前に任せよう。
「アルグスタ様~」
まだ仕事が残っていて昼食に参加していないルッテがドアを開けて顔を覗かせた。
「真っすぐトリスシア様が駆けて来てま~す」
「知ってる」
「ならご対処任せま~す」
「お前がやっても良いんだよ?」
「あはは。何を言うんですか? わたしは普通の騎士ですよ?」
言ってルッテはドアを閉じた。
ルッテを普通枠にカテゴライズするのって間違っている気がするけどね。
「ならそこのチビ2人が負けたらポーラかテレサさん……何なら2人で挑んでみる?」
「えっえっえっ?」
「……」
状況を理解していないテレサさんは慌てふためいて辺りを見渡す。
ポーラは食事を終えて静かに立ち上がると体を動かし始めた。
「で、最後はノイエで」
「むぅ」
ちょっとだけ不満そうに彼女のアホ毛が僕の頭をペシペシと叩いてくる。
くっ……2本になり動きがより滑らかになったから避けられない。まあ避ける気もないけどね。
「勝てるでしょ?」
「あの人しつこい」
「ならちゃんと勝てば良い」
「むぅ」
アホ毛を一本にまとめノイエが残っているお肉を口に運ぶ。
「ほらチビ2人。出番だぞ?」
ドスドスと重量級の移動音が響いてきた。
流石にテレサさんも異常を感じたのか魔剣を自分の胸元に引き寄せる。
立ち上がったコロネとスズネはやる気だ。
どうもあっさり負けると明言した僕の言葉にカチンときたのだろう。
でもな~。相手はあれだよ?
「来たぞ白い小娘っ!」
太い腕で立ち木を叩き折り、それは姿を現した。
元帝国のドラゴンスレイヤーにして、異世界から来た食人鬼だ。
そろそろ肌寒い季節になって来たのに今日も彼女は布切れを上半身に巻いた感じである。服を着ろ服を。下半身なんて皮の蓑だ。腰蓑だ。もうどう見ても赤鬼にしか見えん。
「ほら初手と次手」
「「……」」
やってきた存在にチビ2人がこっちを伺っている。
『あれですか?』とその目が語っている気がするが、受けた以上は知らん。
「逝って来い!」
優しいご主人様はメイドにそう命じるのです。
ただしこれはハルムント家であれば普通のことだと思うよ?
© 2025 甲斐八雲
ハルムント家のメイドたち 「「先生もそこまで厳しくはありません」」
アルグスタ 「馬鹿なっ!」
そんな訳でオーガさんの襲来です。
本国に他国のドラゴンスレイヤーが居るなんて聞いたら間違いなくやってきますけどね。
で、やって来ちゃったわけですw




