昨日はしてませんからっ!
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
先に狩ってきたドラゴンと僕が退治したドラゴンをノイエが抱えて飛んで行く。
もう少しコントロールを気にして次からは投げるようにしよう。
これではテレサさんと同じで力の無駄遣いである。
「ユニバンスだと今の二種類が……どうかしました?」
気づくとテレサさんとフランクさんが目を見開いたままで凍っていた。
人はそれを驚愕という。驚愕であってますか?
「お~い。どうした?」
「ふはっ!」
テレサさんの前で手を振っていたら彼女が正気に戻った。
「今のは何ですか?」
「今の?」
ノイエの高速移動ですか? それとも立体起動ですか?
「そうじゃなくて石でドラゴンの頭が」
「ああ」
忘れてた。ついいつもの癖でやってしまった。どうしよう?
やってしまったものは仕方ない。こんな時は物理的に殴って記憶を飛ばすか、魔法的に殴って記憶を飛ばすか……どちらかしか選択肢がない気がする。
「説明! 怖いことを言わないで説明してくださいっ!」
顔色を悪くしてテレサさんが涙目で訴えて来る。
おや? 僕ってば心の声を垂れ流していましたか? いや~うっかりうっかり。
「冗談だよ?」
「今うっかりとか言ってましたよね!」
あはは。そんなことはない。
そんなに魔乳を上下に揺さぶって抗議とかする必要はないんだよ?
「本当ですか?」
「……ホントウダヨ?」
何故か僕の口から出た言葉が片言になった。何故だろう?
「絶対に殴って無かったことにしようとしてますよね?」
「ナンノコトデショウ?」
そんな便利な魔道具は存在していません。本当です。
「今のは祝福か?」
「「……」」
かまってちゃんなテレサさんの相手をしている隙にフランクさんが復活していた。
ちっ…ポーラさん? ちょっと悪魔を召喚してこの2人の記憶を殴り飛ばしてくれますか?
ただウチの妹メイドは顔の前で片手を振っている。
『無理です』とか『ダメです』とかそんな類の動きに見えた。
「ユーファミラ王国にもやっぱり居ますか?」
「数人程度だがね」
流石は国の重鎮の1人である。知っていたか。
「祝福って何ですか?」
ただ重鎮であるはずなのにテレサさんは可愛らしく首を傾げている。
「知らないの?」
「はい」
「……」
彼女の教育係というか保護者に対して非難がましい視線を向ける。
フランクさんは……何故か遠い場所へ視線を向けていた。
「説明しちまうぞ?」
「あ~」
ちょっとだけ素に戻って相手に告げると彼はバリバリと頭を掻いた。
「大前提で言っておく」
「はい?」
吹っ切った感じでフランクさんが口を開く。
「祝福は“生まれ持って”の能力だ。良いな? それを心の奥底に刻んで彼の話を聞け」
「分かりました」
根が素直なテレサさんは全力で頷くと僕に視線を向けて来る。
そしてとてもナチュラルな感じで厄介ごとを振られた気がするんだけど……もしかしてフランクさんの間違いか? それとも辺境国だと認識が違うのか? ああそうか。このオッサンは本当にテレサさんの保護者なんだな。甘すぎると思うよ?
ただその優しさは嫌いじゃないのがアルグスタさんです。
「祝福って言うのはこの世界に生まれた人が何かしらの何かから与えられる特別な能力です。僕とお嫁さんであるノイエも持っていて彼女の祝福は簡単に言うと膨大な魔力を得るモノです」
「膨大ですか?」
「ええ。その気になれば1人で転移用のゲートを稼働することもできます」
「1人で?」
流石のテレサさんもゲートにたくさんの魔力を使うことは知っているようだ。
まあゲートにたくさんの魔力を使うのはこの世界の常識であって『東〇ドーム何個分』的な使われ方をされる。要は大きいとかたくさんを表現する単語だ。
「ただ祝福を使うと対価が生じます」
ポーラに命じられたのかコロネがバスケットを持ってこちらに向かっている。
僕はノイエのようにバクバクと食べたりしないから、基本パンで何かしらの具を挟んだサンドイッチ系を携帯食にしていることが多い。というか好きなんだよね。昔から。
「とにかくお腹が空くんです」
「お腹、ですか?」
「はい」
やって来たコロネからパンを受け取る。肉を挟んだヤツか。悪くない。
「ユーファミラ王国だとこの存在はちょっとあれかもしれないですけどね」
「その通りだ」
僕の皮肉にフランクさんがバリバリと頭を掻いた。
食料自給率の低いユーファミラ王国ではたぶんノイエ1人で国が亡ぶかもしれない。
ユニバンスはノイエのおかげでドラゴン退治がスムーズである。それもあって耕作が滞ることなく行われ食料自給率は100%を超えているのだ。
凄いなこの国って。本当に。
「ただこれのおかげで一つだけ助かることがあります」
話をしながらパンを食べる。
ごめんね。マナー的にあれかもしれないけど、ここってば対ドラゴンの最前線だから一応念のために備えておきたいんです。
ノイエって言う守護神が居ても備えておかないのは別の話だしね。
「祝福持ちは極度に太らないんです」
「……」
キラキラとその目を輝かせて話を聞いていたテレサさんの目が死んだ。
「太らないんですか?」
「太りません」
「どんなに食べても?」
「使えば使うほどお腹が空くので食べ続けないとむしろ餓死します」
餓死は言い過ぎかな? 実際祝福の使い過ぎで餓死した人が居るとか聞いたことはない。
もしそれが事実の場合、ルッテなんて超スマート体型だろう。
あんな胸に栄養とか蓄えられないはずだ。
「なんて羨ましい」
呟くテレサさんに対し彼女が腰に佩いている魔剣がカタカタと震えている。
本日のキラーは幻影を使っていない。あれはあれで内部魔力を少しずつ消費するので今日はお休みらしい。というか本日はユニバンスのドラゴン退治の紹介である。故に魔剣として十全な能力を発揮できる姿で居たいのであろう。キラーも何だかんだでテレサさんに対して甘いな。
「ちなみにルッテやモミジさんも祝福持ちです」
「あの2人もっ!」
友達になったらしいがその事実は知らなかったらしい。
テレサさんは目を丸くして驚いている。
「まああの2人は自分の立場と貴女が余計なことを知り過ぎないように配慮したのでしょうね」
色々と性欲の塊であるが、あの2人は友達を思う心ぐらいは存在してますしね。
パンを食べ終えコロネから濡れたタオルを受け取り手を拭く。
はて? 普段ならこの手の仕事はポーラが進んでするはずなんだけど今日はどうしてコロネ?
嬉しそうに僕が手渡したタオルを抱えてコロネが走って行く。視線の先ではポーラが待機状態だ。ただし本日の彼女は真面目なメイドさんモードだ。ぶっちゃけた言い方をすると一般的なハルムント式の武装メイド的な雰囲気だ。護衛の色が強すぎる。
別にこの2人に対して警戒とか要らないと思うんだけどね。
「ルッテの祝福は物凄く便利で」
言いながら靴底で地面に大きく文字を書く。
『や~い。この変態巨乳。昨日は何回楽しんだ?』
うむ。素晴らしい出来だ。
書き終えてしばし待つと、建物のドアが勢いよく開いた。
「誰が変態ですかっ!」
「で、何回よ?」
「昨日はしてませんからっ!」
言って彼女はドアを閉じた。
今日もルッテの目は絶好調らしい。
その様子にテレサさんが地面の文字を見つめてから……魔剣に手を伸ばし、顔を真っ赤にした。
「何て失礼な質問をっ!」
「いや待て。今キラーに地面の文字の意味を聞いたか?」
「ナンノコトデショウカ?」
言葉と視線を震わせてテレサさんが誤魔化そうとする。それは良い。良いのか? まあ構わん。
「もう少し勉強も教えてやれ」
「……一応してはいるんだが」
ため息混じりにフランクさんが答えてくれた。
テレサさんは遠い場所に視線を向けて何も聞こえませんモードである。
「生まれが生まれだから、自分の名前の読み書きすら怪しい状態だったんだ」
「まあそれなら仕方ないね」
ウチのポーラだって最初はそんな感じだったしね。
ただあの子は生まれ持っての天才児なので、環境が整えば爆発的に成長する。おかげで今では僕以上に知識を有する状況だ。頭の良いメイドが傍に居ることは悪いことではない。
唯一問題があるとすればそれが『妹』だということだ。
「で、食べても太らない祝福ですが」
知識とは正しく伝えることが重要です。
そして何よりユニバンスはスパルタな国なので、甘やかしたりはしません。言葉は選ぶけどね。
「実は後天的にその能力を得ることができます」
「本当ですかっ!」
案の定太らないという部分を知ったテレサさんが、視線を戻して食いついてきた。
© 2025 甲斐八雲
ユーファミラ王国でもちゃんと後天的に祝福を得ることは知られています。
ただその方法はね…だから国の偉い人たちはテレサさんに祝福のことを伝えていないのでしょう。
別の理由もあるかもしれませんが。
そしてみんなして忘れているだろうけどコロネも祝福持ちです。
力のある貴族なら喉から手が出るほど欲しい存在です。義腕もあるしね。
故にアルグスタが普段から傍に置いている理由はそれなりに存在しているんです。
作者からしたら使い勝手が良いから置いているわけじゃないんですw
次回、あれが来ます




