長い髪も困りものだな
ユニバンス王国・王都北部ドラグナイト邸
「あふっ」
艶やかな声を上げてエウリンカが枕に向かい前のめりに倒れ込んだ。
うむ。エウリンカが相手なら負けない。僕の不敗神話がここから始まるのだ!
ただしエウリンカとかの一般的なノイエの姉たち限定でお願いします。ノイエを中心にした底無し組が出てきたら僕は絶対に負けます。
「あらあら。旦那さまは本当に……」
その言いかけて止めた言葉を最後まで聞こうかセシリーン?
彼女は何も言わずにベビーベッドの様子を覗いている。手探りではあるが2人の娘たちがちゃんと寝ているのを確認しながらオムツの具合までバッチリだ。
本当に盲目なのかを疑ってしまうほどのチートぶりである。
「普通娘たちが寝ている所で他所の女性と営むなんて」
「だってさ~」
僕もその気はありませんでした。
ただ湯上りのエウリンカが悪いんだと思います。あのエロい姿を見て欲情しない方が間違っています。
「言い訳ですか?」
少し不機嫌そうな相手の様子からして、理由を聞くまでもない。
子供たちの前でするなという話だ。
「ごめんなさい」
「分かってくれれば良いんです」
「今度からセシリーンも誘いますので」
「旦那さま?」
こちらに顔を向けニコリと笑う相手が怖い。
うん。軽くキレていらっしゃる。
「冗談ですよ?」
「分かってます」
あはは。ニッコリ笑顔がそのままです。
本当に冗談だと理解していますか? 本当に冗談ですからね? アルグスタさん嘘は吐かないよ?
とりあえず汚してしまったエウリンカを拭きつつ、彼女の裸体にタオルを巻く。
隠しておかないと僕の野性がまた目覚めてしまうかもしれない。
「ん」
ぐったりしているエウリンカをソファーに運んでベッドの上の清掃を終えた頃にノイエが戻ってきた。
余りにもピッタリなタイミングなので狙って戻って来たのかと疑いたくなる。
「ご飯は美味しかった?」
「はい」
お風呂を終えてから食堂に向かったノイエは夕飯を終えて戻って来た。
部屋の中を見渡すと、真っすぐベビーベッドに近づいてノワールの様子を確認している。
我が家の長女は爆睡中だ。どんなにぐずってもセシリーンの鼻歌一発で寝落ちする。歌姫の鼻歌最強説だ。それもあって僕はエウリンカとの情事にふけることができた。
こっちの怪しい雰囲気に気づいたセシリーンが2人を秒で寝落ちさせてくれたのだけど。
「寝てるわよ」
「はい」
娘の様子を確認していた姉の言葉にノイエは頷きこちらに来る。
ソファーでぐったりしているエウリンカの元に行くとその横に座った。
「お姉ちゃん」
「……」
まだ疲労困憊な姉は妹の言葉に視線を向けた。
「直して」
「……」
「直して」
「……分かった」
大きく息を吸ってエウリンカがソファーから立ち上がろうとして膝から崩れた。
床の上に座り込んで……何故か僕に非難がましい視線を向けてくる。
「確かに手を出したのは僕ではあるが、エウリンカも嫌がらなかったよね? むしろ進んで求めて来たよね?」
「そんなことは、」
「あら? 旦那さまに『もっと激しく』と言っていたような?」
「歌姫っ!」
顔を真っ赤にして怒るエウリンカは、自分の両足を叩いて強引に立ち上がった。
「もう良い。まずノイエの魔剣を直すことが先決だ」
その通りなんだけど何故かエウリンカが可愛く見えるのです。
怒っている様子が照れ隠しにしか見えないからか?
ただ先ほどまでのあれでエウリンカの格好は……そう思っていたらポーラが彼女の着替えを持ってやって来た。コロネはセシリーンの食事をカートに乗せて運んでくる。
また歌姫さんはここでご飯ですか? 少しぐらい子供たちから目を離しても大丈夫なんですよ?
たぶん本人もそれを理解しているのだろうが、それでもセシリーンは自分の娘の傍を離れたがらない。
寝ている時などは起きるまで傍に居る。下手をすれば自分の睡眠時間を削りトイレを我慢してでもセシルの傍に居たがるのだ。溺愛が悪いとは言わないけどセシリーンの健康が気になってしまう。
ただ彼女へのハイカロリーご飯はようやく終わった。
セシリーンもようやく平均体重になり体力もそれなりに戻って来た。何よりセシルの食事に離乳食が混ざるようになったので授乳機会も減りつつある。
ミルクの回数が減ったらセシリーンの消耗もだいぶ緩くなったので、ある意味今は普通のご飯量である。僕らから見ると少なく見えてしまうが、祝福持ちの僕たちって普通の人たちより食べる量が多いので比べる物差しとしては不適切なのだ。
エウリンカの着替えを眺めつつセシリーンが椅子に腰かけて食事を始める。
彼女が使っている机と椅子は普段先生が使用しているモノである。
まあアイルローゼも机と椅子を使われたぐらいで怒ったりはしないだろう。
ゆっくりと食事をするセシリーンは常に耳を澄ましているのか、ベビーベッドでノワールが動いただけでも反応している。セシルはまだ寝返り回数が少ないので寝てても動きが少ない。代わりにノワールは落ち着きがないので都度セシリーンが反応してしまい見てて可愛らしく思えて来る。
だが僕の視線は現在大忙しである。
セシリーンの愛らしい姿も捨てがたいが、エウリンカの着替えシーンも色々とエロい。
改めて汚れた体を拭ってからの下着の装着なんて、見ててまた襲い掛かりたくなるほどのエロさだ。
挙句下着姿で服を着る姿もまたエロい。着た服を脱がしたくなるほど危ない。
「する?」
「髪が治ってからね」
「はい」
姉2人に向けていた視線に気づいたお嫁さんが目の前に来て甘えて来たので妥当な返事をしておく。
妥当だよね? 髪が治ってからという返事に間違いはないはずだ。なのにどうしてノイエさんはやる気に満ち溢れているのだろうか? 今夜から僕に静かな夜は無いのだろうか?
「長い髪も困りものだな」
最後に黒く艶やかで奇麗な髪を無造作に払いながらエウリンカの支度が終わった。
「長くて奇麗だと思うけどね」
「……邪魔なだけだ」
「ノイエもそう思うでしょう?」
「はい」
「……なら仕方がない」
僕らの言葉でエウリンカから髪を切るという選択肢が失われた。
でも長くて奇麗な髪なので本当に切るのは勿体ないと思います。
「女性の魔法使いって自分の髪の毛とかを触媒にするんだっけ?」
髪の毛は魔力が流れやすいからとかそんなことをよく聞く。
「自分の場合は余り使わない」
言いながらエウリンカは自分の髪を手に取っていた。
「魔剣はその性質が魔道具とは違うからね」
「そうなんだ」
納得した。
するとエウリンカは部屋の中を見渡し……部屋の隅に設置されている台の方へと向かう。
それはアイルローゼのコレクションですよ?
魔道具の材料になるかもってことで色々と集めている鉱物とかですね。
「もう少し種類が欲しいのだが?」
「ならポーラの部屋に」
「兄さま~!」
妹様が何故か吠えたが気のせいだ。
君は我が家のメイドであろう? メイドたる者主人のために私物ぐらい提供してご奉仕しなさい。
「刻印の魔女が使うために集めていたモノだか色々と揃っているはずです」
「そうか」
大きく頷いたエウリンカの行く手を阻むようにポーラが手を広げ……そのまま潰れるように床へと飛び込んだ。
「……兄さま?」
その背中に僕の放った重力魔法を受け、床の上に釘付けされた彼女がどうにか振り返りもの悲し気な目を向けて来る。
「ノイエのためです。提供しなさい」
「兄さま~!」
彼女の声がポーラのモノか悪魔のモノかは今は気にしない。
むしろこんな日のために集めていたと思えば良いだけのことだ。
「コロネ。エウリンカをポーラの部屋に案内してあげて」
「……わかりました」
自身を睨んでくるポーラの視線から逃れつつコロネはエウリンカを連れて部屋を出て行った。
しばらくすると何個か鉱物を抱えたエウリンカが戻って来る。コロネは他のメイドさんに呼ばれたらしく厨房へ向かった。ノイエの夜食が出来あがったらしい。
あれ? この部屋に来る前にノイエさんは夕飯を食べていませんでしたか? 気のせいですか?
「これだけあれば直せるとは思うが」
ベッドの上に鉱物を置きながらエウリンカは一度首を捻る。
「問題は普通に直して直るかだな」
はい? 何を言ってますか?
「つまり壊れた魔剣を直しても強度がな」
言ってエウリンカは何か考え始めた。
© 2025 甲斐八雲
ようやくノイエのアホ毛が治ります。
治るよね? 治りますか?




