二十話
俺が取り残された部隊と戯れている間、薬将軍と味方の争いは発生していなかった。
一息ついたので、本格的にこちら側に参戦しようと思ったのだが、両者睨み合っている最中で開幕のゴングはまだ鳴らされていない。
どうやら、一方的な薬将軍の独り語りを聞かされ続けていたみたいだ。
「優秀な人材と、一風変わった動物がいらっしゃるようですね。おや、貴方たちは確か……クョエコテク将軍の配下だったのでは? もしや、裏切られたのでしょうか」
「これは、薬将軍トワス様。我々は主に従うのみです。下僕である我らには崇高なるお考えを理解することは出来ません」
穏やかに問いかけるトワスと呼ばれた薬将軍に対し、艶やかな髪を腰まで垂らしたイケメンの一人が、胸元に手を当て頭を下げながら対応した。
「そうですか。ですが、肝心のクョエコテク将軍がいらっしゃらないようですが」
それには誰も答えることは無かった。ふっ、今、彼女は俺の中にいるぜ。
「だんまりですか。よいでしょう。後続と分断させた手腕はお見事でした。この中にこれ程の土操作を可能とする加護を、所有する方がいらっしゃるのでしょうか。是非紹介願いたいところです」
畑から腕を一本出して手を挙げておいた。
まあ、この天使もどきの背後だから見えないのだが。
「まあ、教えて頂けませんよね。ところで、皆様はたったそれだけの戦力で私を倒すつもりなのでしょうか?」
自信満々だな。だけど、あれは強がりでも虚言でもないようだ。イケメン軍団の何人かがその発言を耳にして、表情が少し揺れた。動揺しているのか。
「では、私と戦う権利があるのか、ヒープーと戦って証明してください」
あの男顔鳥はヒープーというのか。見た目に反してちょっと可愛い名前だ。
薬将軍がすっと手を挙げると、後ろに控えていたヒープーたちが翼をたたみ、一気に降下する構えを見せた。
「キュルクワアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
攻撃を加えようとしていた敵の背後から、黒八咫の音波攻撃が炸裂する。
広範囲にわたって影響を与える見えない音の波が、ヒープーと薬将軍を呑み込む。
近くにいたヒープーは羽を舞い散らせながら吹き飛び、衝撃波を耐えきった個体もいたのだが、その音は鼓膜から脳に突き刺さり、激しく揺さぶったようだ。平衡感覚を失い、きりもみ状態で墜落していく。
最高のタイミングだったぞ。
黒八咫は俺が壁になってからずっと、風が吹き荒れる壁の頂点に居座り、エネルギー補給の野菜を食べながら状況を見守っていた。そして、絶好のタイミングで舞い降りてきたというわけだ。
影響を受けなかった一部のヒープーも、ショタ下僕から放たれた矢と他の下僕の魔法。そして、モウダーさんの投げつけたナイフ……それも食卓に並ぶ方で撃ち落されていく。
「おー、見事なものですね」
撃墜されていく仲間を助けようともせず、傍観を極め込んでいる薬将軍は満面の笑みで手を叩いている――黒八咫の音波をもろに喰らったにもかかわらずだ。
音波が直撃する寸前、俺は薬将軍の周囲を風が取り巻いたのを目撃した。自分を取り囲むように発生した竜巻を。
「音で攻撃とは芸達者なキリセですね。それも、かなりの威力のようです。風操作の加護がなければ危なかったですよ」
やはり、アレは風の力か。それもかなりの高レベルで間違いない。
「土操作をしている方もかなり自信がおありの様ですが、私もそれなりだと自負しております」
それなりね。それは嫌味なのだろうな。
今、細い目が厭らしい感じに湾曲しやがった。相手を見下しながら口調は丁寧。これこそ、慇懃無礼の見本だな。
無駄な会話をしている間に味方が全て倒されているのだが、その余裕が崩れることは無い。ここまで落ち着いていると本当に不気味だ。
クョエコテクや下僕の人から集めた情報だと、風を操る加護を所有している以外は、殆ど情報が無いらしい。いつも笑顔で誰とも諍いを起こさず、怒っている姿を見たこともないそうだ。
部下にも丁寧な態度で信頼されているとも言っていたな。
「さて皆さん。ここで戦っても良いのですが、どうです、降参しませんか? 私は無益な殺生を好みませんので、降伏するというのなら傷つけないことを誓いますよ」
その言葉に頷く者は当たり前だが、誰もいない。
これは個人的な感想なのだが、どうにもこの男は胡散臭い。自分で言うのも何だが、日本では若いながらも結構苦労をして、思い出したくもないような様々な経験をしてきた。
成人にも満たない人生だったが、人間の恐ろしさも素晴らしさも俺なりに知っているつもりだ。
その経験のおかげが、かなり勘が鋭くなってしまった。百発百中とまではいかないが、結構、当たるんだよな。その俺の勘が、あの豊豚魔を見た時よりも警戒音を発している。
「申し訳ないが、それは呑めないな! そちらこそ、降伏してはどうだ。部下は壁に隔たれ、お主はたった一人だ。こちらには一騎当千の猛者が揃っている。どう考えても勝ち目はないぞ!」
ハヤチさんが降伏勧告を口にするが、それに対する薬将軍の返答は――
「そうですか。降参して頂けませんか。いやはや、それは仕方ないですね。素直に降伏されたら――どうしようかと思いましたよ」
声色が変わった?
顔に右手を当て覆い隠し、左手は腹に当てている。そのまま、空中で大きく仰け反ったぞ。
「くくくく、あははははっ! いやあ、今日はついていますよ! わざわざ、部下と離してくださったので、遠慮をする必要がありません! 手足を切り落とそうが、目玉をくり抜いて食わせようが、咎める者がいないのですからっ!」
なるほど、これが本性か。いい性格をしているようだ。
狂ったように哄笑をする姿が大げさで、芝居がかった身振りに見える。
ある程度笑い続けて満足したようで、顔に当てていた手をすっと外し、軽くその手を横に振った。
その瞬間、空気が歪むのが見えた!
風を放ったのか!? 背筋がぞわっとする、あれはやばい!
それを感じ取ったのは俺だけではないようで、ボタンが皆の前にすっと立ってくれた。
ナイスフォローだ、ボタン!
ボタンが纏っている鎧に意識を移して、クジャクが羽を広げるように、鎧の土を扇状に開く。土に何かが突き刺さる感覚が連続して起こっているが、これを貫かせるわけにはいかない。後ろには大勢の人がいるのだから!
硬く、硬く、なるように意識を集中する。体の一部が欠けて地面に落ちていくが、まだだ、まだ、耐えられる!
無数の見えない刃を土の体で受け止め、風が止んだ時には切り裂かれた土が、地面に無数に転がっていた。
残った土を鎧の形に何とか戻すが、土の殆どが失われ、ボタンの頭をどうにか隠す程度しか残っていない。
だが、頑張った甲斐はあった。後方の仲間は誰一人として傷ついていない。
「ほほぅ、その鎧面白いですね。いやはや、私の風切りが防がれるとは。軽めの一撃でしたが、貴方たちぐらいなら、軽く両断できる威力でしたよ」
相変わらず嫌味な態度だ。相手に防がれはしたが、土の鎧は殆ど失われているもんな。そりゃ、余裕綽々な態度にもなるってわけだ。
だけど、これを見ても保てるかな。
ボタンの周辺に散らばる鎧の欠片がふわっと地面から浮かび上がると、ボタンの体に集まっていき、全ての破片が繋ぎ合わさり、元の形を取り戻した。
「なんと……まさか修復機能付の鎧とは。獣が装備するには出来過ぎた逸品ですね」
お、眉尻がピクリと動いたな。少しだが動揺してくれたか。
「ですが、軽い一撃を辛うじて防いだだけなのですよ。次に少し本気を出せば、その程度の防壁一瞬で切り刻めますよ」
その通りだな。だが、それをさせる気は毛頭ない。
ボタンたちも受けに回る気はないようで、今すぐにでも飛び出せるように体勢を低く構えている。剣技がメインの下僕や素手のステックは、空に浮かぶ薬将軍と戦う術を持っていない。
空に浮かんでいられるというのは、それだけで有利だからな。
敵が動く前に、イケメン軍団の遠距離武器を所有している面々が地上から、空に向けて攻撃を放たれた。
幾条にも分かれる雷撃。炎の蛇。連続発射される矢。細く伸びる水流。
その攻撃の全てを薬将軍の周囲に吹き荒れる風が弾き、逸らす。
風は攻防共に強いな。そして何より……見た目がカッコいい!
何か、こう、主役や重要なポジションの人が使いそうだ。くっ、土は地味だが、俺は嫌いじゃないぞ!
いぶし銀の良さというか、落ち着きがあって心が和む趣があるから!
と、張り合っている場合じゃないな。相手は防御と攻撃を同時にはできないらしく、今は防戦一方なので味方が攻撃を受けていないが、攻めに回られると、あの破壊力なら一気に殺られる恐れがある。
こっちも支援をしたいが武器は使い果たしてしまった。それに、投げつけたところであの風に弾かれる未来が見えるだけだ。
それに壁の向こうから何とかしようと、俺に攻撃を加えてくる残りの敵も放っておくわけにはいかない。
予定では将軍をぼっちにして、あとは皆との共同作業で悪即斬という流れだったのだが、予想外の強敵だ。空を飛ぶ敵に対して有効手段……あることはあるんだが。う、うーん。クョエコテク解放して大丈夫かな。
元々敵の将軍で防衛都市を滅ぼそうとしていた。今は野菜で手なずけてはいるが、逃げられないように体を封じられているから、仕方なくやっているだけだよな。
まだ、半日程度で信用に値するか否か。うん、やめとこ。
昨日までの強敵が仲間になった! 何て少年漫画では王道だが、人生そんなに甘くない。それは身にしみて理解している。
彼女たちは野菜を使って、じっくりことこと煮込むように味方に引き込むしかない。
やっぱり、他人任せは良くないな。自分で何とかするしかない。
俺が考え事をしている間も、味方の攻撃が止むことはない。全員が理解しているのだろう。風の刃を放たせてはいけないと。
畑の体で押し潰すという強引な方法が一番効き目ありそうだが、それをすると壁がなくなり残りの部隊が流れ込んでくる。
薬将軍を倒すにも味方の体力があるうちに、まず、向こう側をどうにかするか。
残された部隊は警戒体勢のまま、一定距離を保っているようだ。
残りはトビウオと羽の生えた人か。翼人魔も風をある程度操れると考えるべきだよな。トビウオは何も考えてなさそうだが、翼人魔の言うことに従っているように見える。
トビウオね……魚か……ん?
あることを思い出し、じっと観察するが……してないなやっぱり。
だったら、これは効き目抜群のような。
畑に沈めている貯蔵庫から、とある野菜の粉末を詰め込んだ袋を幾つも取り出す。
翼人魔は何度も何度も仕掛けてくるが、トビウオは遠距離の攻撃手段がないらしく、ぼーっと宙に浮かんでいるだけ。あれなら余裕でぶつけられそうだ。
相手に気づかれないように、攻撃を受けている地点から離れた場所に腕を五本生やして、粉末の入った袋を鷲掴みにする。
風は無風。方角良し。コントロールを重視して、投球開始!
袋は狙い通りの場所へ山なりに飛んでいき、固まって待機していたトビウオたちに命中する。そこで、袋の口を閉じていた畑の土で作った輪を開放させた。
中身の粉が飛散してトビウオたちの周辺が赤く染まっていく。
「ど、どうした! 暴れるなタブエア!」
狂ったように暴れはじめたトビウオを何とか落ち着かせようと、翼人魔が近寄ろうとするが、暴れるトビウオの尾に何人か吹き飛ばされている。
あの粉は唐辛子に似た野菜、タエギリスの粉末で、栄養の注入により辛み成分を強化させたものだ。
瞬きを一度もしていなかったので確信はあった。瞼のない魚の目にタエギリスの粉末。効果は抜群だ!
実はこの『その綺麗なおめめに唐辛子塗りたくってやんぜ』作戦には懸念があった。趣味で魚釣りをする人が良く口にする「魚は痛覚が無い」という話だ。
辛みというのは痛覚の一種らしく、あれは痛みだという話をネットで見たことがあった。なら、痛みを知らない魚に辛み成分は効果あるのかと。
実際はこうやって効き目があった。案外、魚に痛覚は無いというのは、キャッチアンドリリースをすれば問題ないという、ゲームフィッシングをする釣り人の免罪符であって、事実ではないのかもしれないな。
まあ、異世界の生物には、それが当てはまらないだけかもしれないが。
「ぐおっ、目が痛いっ! あいつらに近寄るなっ!」
強化した辛み成分の効果は絶大なようで、周辺にいる翼人魔たちにも影響を与えている。目と口を抑え、出来るだけトビウオから離れようとしている。
全員意識が逸れているな。俺から完全に背を向けた状態だ。
なら、あれを出すか。
俺は土の中から細く長く硬い、茶褐色の物体を抜き出した。
先端が鋭く、一メートル強の長さをした棒状のモノ。獲れたてなので畑の土がたっぷりとついた状態の――ゴボウである。
ゴボウは食物繊維が豊富で煮物やきんぴらにされることの多い食材。だが、俺の畑で採れたゴボウはそれだけではない。実験場で固さだけを強化してみた品種改良済みの作物。
壁と化している畑の側面に土の右腕を限界の10本作り出すと、その手に何本かまとめてゴボウを握りしめる。
赤い粉から距離を取ることに必死な翼人魔の背に向けて、槍投げの要領で一斉に投擲する。
「ぐはっ!」
「何だ、背後から奇襲かっ!」
「巨大な矢のようなモノだ! 全員回避しろ!」
土の腕の怪力と噛み砕くことが不可能になったゴボウだったモノのコラボは、凶悪な兵器と化している。背中に突き刺さるどころか余裕で貫通して、射線上にいる次の獲物の体も貫いているぞ。
豊豚魔の持っていた槍より余裕で貫通力あるな……ごぼう。
一投目で数十体の敵を貫き、二投目も発射する。
流石に相手も二投目には警戒していたようで、数発のゴボウが命中しただけで、殆どが回避するか風で方向を逸らされてしまった。
「同じ手を喰う……がはっ……何故……」
躱した翼人魔が俺に向かって吐き捨てるように叫んでいたのだが、その言葉は腹を貫いたゴボウにより遮られてしまった。
穴の開いた自分の腹を見つめているが、何が起こったのか理解できぬまま翼人魔が崩れ落ちていった。避けた筈のゴボウが背後から再び襲ってきたら、そりゃ驚くよな。
他の翼人魔も二投目に集中していたので、後ろからUターンして飛来してきたゴボウに背後から次々と貫かれている。
そして、何人もの翼人魔を葬ったゴボウたちは、俺の手元の地面に突き刺さった。
何故、投げたゴボウが戻ってきたのか。答えは単純明快。ゴボウに畑の土がたっぷりと付着していたからだ。
畑の土は少量であれば、呪いという名の自己修復機能により畑へと戻ってくる。
つまり、投げたゴボウの土を呼び戻すことにより、投げても戻ってくる投擲武器へと変貌したのだ。
敵は背後へ抜けていったゴボウに注意を払うと、今度は正面からゴボウが飛んでくる。前後から雨や嵐の様に降り注ぐ、横殴りのゴボウの豪雨。
その理屈もわからず、貫通力の優れたゴボウに成す術もなく撃墜されていく一団。ゴボウがゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
多くの仲間を失い戦意を喪失した一行は俺から離れていった。ここで粘っても無駄死にをするだけだと判断したのだろう。
これで、ようやく本腰を入れて加勢が出来る。
さあ、今度は薬将軍トワスの番だ。




