一話
積雪が少なくなり、昼間の日差しに温かみが感じられるようになって、大切な農作物も嬉しそうだ。
午前中で雪の除去も終えた俺たちは、前々から考えていたことを、実行に移すこととなった。
よっし、応援団長として気合入れていくぞ、おっす!
みんな頑張れー! オーエス、オーエス!
俺は土の手でお手製の旗を握り、応援団のノリで振り回す。声が出せない分、少しでも盛り上げないとな。
「ふぬううううう! ま、丸太を今のうちにっ!」
キコユが中腰で踏ん張り、渾身の力を込めて持ち上げてくれている。
隊員たちも何名かが丸太を使い、てこの原理を利用して踏ん張っているな。
「よっし、皆の者! 今だ丸太を滑り込ませろ!」
「はいっ、隊長!」
お姫様の号令に従い、隊員たちが一斉に少し持ち上がった家の下に、丸太を押し込んでいる。
よおおおし、もう少しだ! 踏ん張れーー!
ボタンとウサッター一家も手伝ってくれているのか。もう一押しだ!
「入ったぞ! キコユ殿もういいぞ、降ろしてくれ」
「はいっ!」
キコユがお婆さん家の土台の下に回していた手を引き抜くと、家の重量がかかった丸太がミシッと軋みを上げる。
これで、丸太を並べ電車のレール代わりにして、その上を渡し、お婆さんの家を畑まで運ぶことができる。
この方法は昔、ピラミッドの石を運ぶ方法として歴史の本で見たことがあるのだが、既に何回か別の物で試しているので、上手くいく筈だ。
前からお婆さんの家を畑の敷地内に移動させようと考えていたのだが、どう考えても人手が足らず断念していた。
ひょんなことから騎士団の面々と巨人族の幼女――って言ったら機嫌が悪くなるんだよな。キコユが仲間になってくれたので、こうやって実行に移せる日がきた。感無量だ。
現代日本の民家ならガスや水道管などの問題があるので、こんな強引な手段で移動させたら、とんでもないことになるが、お婆さんの家にそんな設備があるわけがないので、何の問題もない。
「さあ、あとは一気に畑まで移動させるぞ。守護者殿、畑の敷地に入ることをお許しください」
俺は土の手で丸を作り、OKのサインを出した。
思えば、この騎士団とも随分仲良くなったもんだ。元々、騎士団の爪弾き者が集まっているので、規則に縛られることなく柔軟な対応ができる人材が多かったのも幸運だったな。
「おおっ、ボタン殿やウサッター殿の御家族、黒八咫殿も手を貸して頂けるのですね。ありがとうございます!」
動物たちに礼を言う女隊長が帝国の第八王女だというのには驚かされたが、今の姿を見たら誰もそんなことは思わないだろうな。
手拭いを頭に巻き、お婆さんのお下がりである素朴な造りの作業服を着こんだ、第八王女ハヤチさんは、どう見ても農家の気立てのいい娘さんだよ。
当初の切羽詰った表情は消え失せ、今日も輝くような笑顔を見せてくれている。
変な名前の帝国で姫様なんかやっているより、ここで農業をしている方が、彼女にあっている気がする。
「隊員の四人は丸太のずれを確認してくれ。残りの面子は家の後ろから押すように。我と僕の皆さん、それに守護者殿はこの縄を引っ張ってもらえますか?」
シテミウマの蔦で作った縄をお婆さんの家にぐるっと回して、あまった縄が手元にある。これを綱引きの要領で引けばいいんだな。
縄を引くのは、先頭から順番にハヤチさん、ウサッター一家、ボタン、キコユ、そして俺となっている。黒八咫はこういう作業に向かないので、家の上に陣取り音頭を取る気のようだ。
この光景あれだな……大きなカブって話を思い出させる。
後ろの縄が結構余っているから、俺も本気を出させてもらおう。
あの日から出来るようになった奥義――腕増殖!
縄を掴む位置に土の右腕左腕が次々と地面から伸びていく。
ふははははは、土の腕がこれだけ並ぶと、某有名ゲームのあれみたいだが、この場でそれがわかるのは俺だけなので問題は無い!
その数、右腕10本、左腕10本の合計20本となっている。
ほんの数か月前まで一本の腕しか作り出せなかったのに、急にこんなにも腕を作れるようになったのにはわけがある。
騎士団の面々が初めてここに現れたあの日、俺はゴルドという無精ひげのオッサンに剣で斬られた。本体は畑だし、腕を斬られたところで何の問題も無かった筈なのだが、あの剣は普通の武器ではなかった。
精霊殺しという精霊を殺すことが可能な剣。精神体である精霊は本来、物理攻撃は全く通用しないらしく、加護の力を借りた不可思議な魔法のような力ぐらいしか有効手段が無いらしい。
ゴルドの所有していた剣は特殊な加工をしているらしく、精神体にダメージを与えることが可能だという話だった。
それで土の腕が斬られた時、俺の体に異変が生じた。
元々、俺の存在は精神のみのようなもので、土の腕なんて畑全体からしたら、ほんの一部だが、あの剣は俺の精神を切り離してしまった。
その切り離された腕を畑に吸収した際に、土の腕を作るコツが頭――畑に流れ込んできた。おそらくだが『吸収』という加護の隠された能力なのだろう。
ここからは俺の推測になる。『吸収』は生物から栄養を吸い取る能力以外に、他の能力を奪いとり自分の物にする、優れた加護なのではないかと。
で、様々な実験を繰り返した結果――ただし、自分が所有する加護のみに作用するという結論に達した。
ええと、何が言いたいかというと、今まで緑魔や黒い犬や魔物を使役する男、他にも動物を取り込んできたが、栄養以外に得る物が無かった。
今回自分の土を操る能力を、再取り込みしたことにより、土操作の技能が上がった。
で、勝手な憶測なのだが俺には『土操作』という加護がある。これのレベルが仮に5ぐらいだとしよう。そして、腕が切り落とされ『土操作』レベル5の力を持つ土の腕という存在をレベル5の『土操作』を所有する畑(本体)が取り込んだ。
このことにより『土操作』レベル5+『土操作』レベル5となり、『土操作』レベル10となったのではないかと考えた。
その証拠としては、腕を斬られた後、俺は今まで右腕しか出なかったのに、左腕も出せるようになった。そして、推測が正しいことを立証する為に、精霊殺しで土の両腕を切り落としてもらい、吸収するを繰り返した結果……こうなったんだよな。
ちなみに、精霊殺しは力の限界だったのか、実験終了後にお亡くなりになりました。尊い犠牲でした……。
それを見てゴルドは顎が外れそうなぐらいに大口を開け、放心状態だったのが印象的だったな。
「畑様の腕がそれだけあれば、力強いです!」
キコユは目を輝かせて、俺の腕たちを見つめている。どうにも、助けた日以来、俺に懐いているというか、尊敬……いや、愛情に近い感情を抱いているようだ。
可愛らしい女の子(巨大)に慕われるのは悪い気はしないが、俺の事を勘違いしている気がしてならない。
何度もそんな立派な人物――畑ではないと否定しているのだが、その度に、
「ご謙遜なさらないでください。私はわかっています」
と聞く耳を持たない。どうにも、脳内で都合よく変換されている節がある。
一途と言えば聞こえがいいが、過剰に美化しすぎると後で困ることになりそうで怖いのだが。
「おー、守護者殿がこれだけいれば、楽勝だな!」
振り返ったハヤチさんに見えるように、地面に『がんばります』と書いておいた。
あ、そうそう。この腕増殖、実は大きな欠点がある。今、右腕で『がんばります』と書いたのだが、全ての右腕が地面に頑張りますと書いている。
つまり、増やした腕は同じ動きしかできないのだ。右腕を増やせば右腕全部がシンクロして、左腕を増やせば、左腕と同じ動きをしてしまう。
今の様に縄を引くのであれば、同じ動きで構わないのだが、使いどころが難しい能力だったりする。まあ、単純に左腕が増えただけでも嬉しいので、贅沢な悩みか。
それと、ハヤチさんや騎士団の隊員に文字を教えてもらい、簡単な日常会話程度なら書けるようになったのを補足しておかないとな。
「では、皆の者、気合を入れていくぞ!」
「おーっ!」
「クワーッ!」
「ブフォー!」
隊員も動物たちもやる気十分だな。よっしゃやるぞ!
辺りが暗くなり、皆で温かい料理を食べ終え、入浴も済ました面々の大半が、畑に制作した地下室へと引っ込んでいる。
今日はお婆さんの家を畑へ移動させるという大仕事で疲れ切っているようで、夜更かしもしないで大人しく引っ込んだ。
畑の西側に設置しているコタツもどきで寛いでいるのは、ボタン、黒八咫、ハヤチさん。そして、体が大きすぎてコタツに入れないので、少し離れた場所に座っているのがキコユ。
ちなみにキコユは流石、雪童というべきか寒さに強く。簡易の屋根しかない寝床を作ると、そこで寝泊まりをしている。
本当は地下室を使わせたかったのだが、隊員たちへ提供しているので場所が無いのだ。当人は「畑様と一緒がいいので、屋外で構いません」と言っているが、何と言うか良心が疼くので、早めにもう少しましな寝床を作らないと。
さて、そろそろ話し合いをするかな。
ハヤチさんもキコユも眠たそうなのだが、もう少しだけ頑張ってもらおう。
「ええと、ハヤチさん。畑様がこう仰っています。たぶん、あと一週間もすればかなり暖かくなって、山の雪も溶けていると思います。そしたら、皆さんは自由ですので」
結局二ヶ月近く軟禁状態となってしまったが、騎士団の面々は結構楽しそうに過ごしていた。特に、第八王女であるハヤチさんが。
「おお、そうなのですか。今までお世話になりました」
ハヤチさんは律儀に頭を下げ、俺に礼を口にしている。
「それで、これからどうするのです? やはり、城に戻るのでしょうか」
「そうですね。先に行かせたゴルドから報告はされているでしょうが、我も行かねば……ならないでしょうね」
目がすっと細くなり、作業中とは違う真剣な表情を浮かべている。
こうしていると王女に見えなくもないが、コタツに置いてある蜜柑に似た果物ムキワを剥きながらというのが、マイナスポイントだ。
「ゴルドは守護者様を倒す目的で行動していました。そして、それはおそらく父――皇帝の差し金でしょう。今更なのですが、本当にゴルドを行かせてよろしかったのでしょうか?」
騎士団を捕えて三日後の朝、俺はゴルドだけを解放した。このまま、全員を捕えたままにしておくと、帝国からの兵がやってくる可能性を危惧してのことだった。
ゴルドを選んだのは手元に置いておくと、余計な事をしでかしそうだったというのもあるが、ボタンの道案内があるとはいえ雪が積もる過酷な山中を、他の隊員に行かせるのは酷だと考えたからだ。
「いいのですよ。変なことを吹き込まれていたとしても対策はありますから」
「それならば良いのですが。下手をすると新たな兵を差し向けるやもしれません。充分にご注意を。もちろん、我もそんなことをさせないように、皇帝へ訴えるつもりだが」
娘さんはとてもいい子に育っているのに、皇帝はあまり褒められた人物ではなさそうだ。まあ、ちょっと残念な姫ではあるが、それも愛敬だろう。
「我々は山を下りたら王城を目指しますが、守護者殿は今後もこの場で農作物を育てていかれるのか?」
そういや、騎士団の人たちは俺が畑の化身だということを知らないのか。土に宿る精霊のようなものだと思っているのだろうな。
どうするも何も、俺は畑だからこの場から動けないし、呪いで畑の外に土の腕を出すことすらできない。
だから、することは決まっている――前まではな。
「ちょっと世間を見て回ろうかと思っています」
「そうなのですか。では、畑は放置していかれるのですね。これ程立派な畑や設備を置いていかれるのは、少々勿体ないですね」
「いえ、全部持って行きますよ? えっ! 畑様?」
「えっ?」
ハヤチさんだけじゃなく、通訳係のキコユも目を見開いて俺を凝視している。
普通驚くよな。俺が何を言っているのかも理解していないだろうし。
そこで俺は悪戯心が出てしまい、キコユに伝えてもらうのではなく、地面に『いっしゅうかんご たのしみに』と書いておいた。
二人は首を傾げたまま顔を見合わせ唸っている。
楽しみは最後まで取っておいた方がいいからね。今から、二人の驚く顔を想像して、土質が柔らかくなった。




