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現実主義者の就職理由

「で、なぜ君は騎士団に入ろうとしている?」

廊下全体が、一気に気温が下がった。

ような気がした。

後ろの2人が、身を強張らせる気配がする。

「なぜって、先ほども陛下に説明した通りなのですが…」

でも、聞きたいのはそこじゃないんだろうなぁ。

どうやって、説明しようか。

「就職を探していて、たまたま騎士職の応募を知ったから騎士団に入団しようと思ったんです。侍女職も考えたのですが、条件がそろわなくて断念しまして」

ここらはさっき、国王に説明した通りだ。

城下に降りて働くにしても、所持金0の私に生活基盤がない。

となると住み込み、食事つきの職を探すしかなく、字もよく判らない異国人である私にまともな職はつけない。

だが、幸いな事に条件さえ揃えば、騎士職・侍女職にはなれそうだった。

理想は、市井に混じってひっそりと暮らすことだったが、生活かかっていたら望まない職でも何でもしますって事で飛びついた。

まぁ、一定額がたまれば退職する手もある事だし、当座は自立するために、資金集めだ。

「そのまま何もしないでも、衣食住の保障はあったのに」

宗谷英規の言葉に、驚いた。

彼の口からそんな言葉が出てくるとは。

「保障って…本気でおっしゃってますか?例えばの話ですが、宗谷さんが社長とだったとして、何かトラブルが発生した時に、使えない人間に給料を払いたいと思いますか?デメリットしかない人間を、いつまでも社に置いておく意味は?」

宗谷英規がハっとした顔でこちらを見た。

なんとなく意味が通じたようだ。

義理や人情だけで世の中丸く収まるなら、誰も苦労なんかしないんだけどねぇ。

「それは…ないな」

宗谷英規は即答した。

今後経営を預かるかもしれない人材だ。

迷いなく答えた。

人件費には金がかかる。

余剰人員を削減できるなら、それに越したことはない。

しかも使えない人件なら、なおさらの事だろう。

例え、社に余裕があったとしてもこの乱気流経済を乗り切るには、余計なものは抱えない方がいい。

何が起こるか解らないからだ。

だが、会社での事ならクビですむ話だけど、今の私の状況は下手をすれば命が狙われたり、監禁されたり、逮捕されたりと不安要素がわんさかあるのだ。

何も知らない振りして、のんびり過ごすなんてとてもじゃないけど、出来ない。

だから素性を隠して、騎士なり何なりなってやり過ごそうと思っていたのだが、なぜか国王にまで知られるはめになってしまった。

「でしょう?今の私の状況は、まさにその使えない社員なんですよ」

少し自嘲気味に嗤ってしまう。

「すまなかった。そうか、そこまでは思い至らなかった」

まぁ、状況が似ているから、まさか私が宙ぶらりんな状態にいるとは考えなかったのだろう。

「いえ、謝る必要はありませんよ。宗谷さんだってすごく大変な思いをされてると聞いていましたので。それこそ馬車馬のごとくこき使われていると」

くすっと笑って努めて明るく言う。

せっかく、おいしいお酒を飲んだのだ。

後味はいいほうが言いに決まっている。

ふと、宗谷英規の顔を見ると、どことなくげっそりしていた。

これは相当、ファインさんこき使われていると見た。

「それに比べて私ときたら、今までのんべんだらりと過ごしていたわけで、実はこちらのほうが申し訳なくて」

それは本当。

ナリアッテから、宗谷英規の近況を聞いていて、何もしていない事に少しだけ罪悪感があった。

「それももう終わりです。仮入社?と言いますか、内定が決まったみたいで」

一応、心配してくれているようだし、報告だけしてみた。

「だが、騎士団は危険だと思う」

宗谷氏は結構心配性?

冷たい雰囲気のある人なので、他人を心配するような感じを受けなかったのだが、これは意外かもしれない。

「宗谷さん、そうそう危険な目には合いませんよ」

そんなしょっちゅう危険なんてあってたまるか。

戦争をするとか、テロがあるとかそういった話はないみたいだし。

今日国王から聞いた話でも、内乱は起こるかもしれないが、主犯がどうも張り合いのなさそうなタイプみたいだし。

ここは概ね平和な国だ。

「なぜそう言える。昨日の事のようなこともあるかも知れない」

確かに、そういった事はあるかもしれないが、一般兵の新人が国王の襲撃現場に居合わせるのってすごい確立だ。

まぁ、昨日はたまたま目の前で起こったけど、あれって完全に国王自ら襲わせていたところもあるんじゃないか?

何だかそんな気がしてきた。

それが本当なら、他のゲストに怪我させたらどうするつもりだったんだか。

「そうかもしれません。ですが、宗谷さん、私の前の職業知ってるじゃないですか。結局、なんだかんだ言っても、慣れた職が巡って来るもんなんですよ」

慣れない職に就いている宗谷氏には申し訳ないが。

「…そうか」

それっきり、宗谷英規は黙ってしまった。

沈黙の降りた廊下を黙々と歩き続ける。

やはり夜も遅いとあって、廊下の寒さがじわりと身にしみてきた。

そして、歩くこと数分、馴染みのある区画に到達した。

私の部屋に到着する。

「宗谷さん、送っていただいてありがとうございます。それでは、お休みなさい」

宗谷英規に、笑みを浮かべながら挨拶をする。

「あ、ああ」

ポツリと宗谷氏が言うと、私の顔をじっと見つめ始めた。

どうにも居心地が悪くて、体を翻して部屋の中に入ろうとしたその時、腕を掴まれた。

体が引き戻される。

「え?」

思わず宗谷英規の顔を見た。

少し酔っているのか、潤んだ目をしており、とても色気のある悩ましい表情でこちらを見ている。

はー、無駄に色気のある男って性質が悪いよね。

こういう無防備な顔をするから、女の子が勘違いするんだよ。

そんな事を考えながら、じっと見ていると宗谷英規の目が少し泳いだ。

「あ、いや、すまない」

そう言って、腕を放す。

かなり困惑しているようだ。

昨日でもそうだった。

お酒を飲むと、宗谷英規は言動がおかしくなる。

一つ学習した。

「あはは、酔っているとたまに意味不明な行動をする事ありますよね。私もよくあるんですよ。気にしないで下さい」

「…そうか」

複雑な感情がないまぜになった様な顔をしながら、ぽつりと呟いた。

「はい。お休みなさい。ヴォイドもそれからそちらの彼も護衛お疲れさま。それからありがとう。お休みなさい」

「ルイ様もお休みなさい。よい夢を」

ヴォイドがそう言い、隣の彼も軽く礼をする。

それを見届けてから中に入った。


今日は色々あったなぁ。

お酒も入っているし、ぐっすり眠れそうだ。

旧バージョン新バージョンともに、ここまでストーリーはほぼ一緒です。

続きが気になる方は、新バージョンの78話目よりお読みください。 http://book1.adouzi.eu.org/n5535m/78/ 

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