現実主義者の例え話はどこかおかしい
ジョギングから帰ってきて、いったん風呂に入ろうと思いながら扉を開ける。
すると、ナリアッテが大変にこやかな顔で出迎えてくれた。
思わず扉を閉める。
そういえば先ほどサロンがどうのとか言っていた。
まさか!早朝から何かおっぱじめるつもりではなかろうか?
扉の前で、戦慄しているとヴォイドが不思議そうな顔をした。
「一体何をしているんです?入らないのですか?」
私は困った顔をして、ヴォイドを見る。
「入らなければいけないのは重々承知の上なんだけど、頭と体が連携とれてなくて。ヴォイド、今からとても変わった質問するけどいい?」
「え?ええ」
何だ?藪から棒に。みたいな顔をされたが、聞いてみたい質問だったからかまわず続ける。
「ヴォイドは自炊をした事はある?」
「自炊というか、陛下について他国に赴いた時に、道中一度飯炊き当番に当たった事があります」
自炊は自炊だけど、聞きたいのはそこじゃなかった。
「うーん。じゃあ、今から例え話するから、自分に置き換えて答えてほしいんだけど、いい?」
「はい」
「訳があって、城下で一人暮らしをしなければいけなくなったとする。玄関入ったら、すぐに台所という独り暮らし特有の狭い部屋で」
「?はい」
ああ、案の定だ。
1ルームの部屋って、見たことないんだろうな。
見たことがあるのは、かろうじて兵舎のベッドが置いてあるだけの部屋なんだろう。
まぁ、似たりよったりか。
「で、一人暮らしなのでご飯はもちろん自分で作らないといけない。そんな、ある日の暑い日。ご飯を作ってさあ食べようとういうところで、緊急の呼び出しがあって、仕事に行かなくてはならなくなった。もちろん食べる時間もなく着の身着のまま城に向かった。で、20日間城に詰めっぱなしの状態で家に帰るどころではなくなった。ここまで大丈夫?」
「あ、はい」
よしよし。
「で何とか処理が終わって、最終的に帰宅許可が出たのが30日後の正午だったとするね?」
「はい」
「で、ヴォイドは心身ともに疲れていたんだけど、そのまま素直に家に帰る?」
「え?全部の仕事を終えていて、もう自分に何もすることがなければ帰りますけど。疲れているという設定ですし」
ヴォイドが当たり前だろうというような顔をする。
「そう。で、今自分の家の前についたんだけど、その扉って開けられる?」
私は首をかしげて聞いた。
「そりゃあ、一人暮らしで自分の家ならば開けますが」
何を戸惑う必要があるんだ?というような顔をされた。
だって、ねぇ。
んじゃあ、こう聞こうか。
「出発前、何してた?」
「ご飯食べようと…」
ヴォイドが一瞬動きを止めた。
「季節は?」
「な…つ」
そして、かすれ気味に呟く。
ようやく、ヴォイドの頭の中に扉の向こう側が見えてきたようだ。
そして、どうやらリアルに想像もしてしまったようだ。
顔が引きつっている。
きっとテーブルの上の物体Xや、さらに想像力が豊かなら臭いまで感じたに違いない。
閉まり切った部屋と物体X。
相性は最悪だな。
だってねぇ、その上うご…
これ以上の想像は、地雷原以上に危険なので自主規制をかける。
少し間に合わなかったが。
とりあえず、さらに問い詰める。
「開けられる?」
「…。」
「開けられる?」
「せ、背に腹は代えられません」
ヴォイドは、どうやら覚悟を決めたようだ。
「休む為には、テーブルの上の物体X片付ける必要もアルけど?」
「ウ…何とかします」
そうか。
やっぱり逃げちゃだめだよね。
「そう。参考になった。ありがとう」
私がにっこり笑うと、思いっきり不審顔をされた。
ので適当に説明をする。
「いやね?形は全く違うけど、同じシチュエーションが目の前にあるんだ」
「まさか!この扉の向こうに物体Xが!?」
いやいや、そんな謎な物体があったら、セキュリティー問題でしょ。
「あー、似ても似つかない、美味しそうで、むしろ思わずお持ち帰りしたくなるような、物体Xならあるというかいるんだけどね?でもね?私には、こっちの物体Xのせいでこの扉開けたくないなぁって、考えてたんだよ」
さっき扉の向こうで見たきらきら笑顔は、危険物のにおいがするんだもの。
何だろう?と思って迂闊に開けると、きっと良くない事が起きるにきまっている。
でも、きっとそこには、拒否権なんてないんだろうなぁ。
言いだしっぺだし。
たとえ、酔ってたいとしても。
「で、さっきは、色々なものを捨てる覚悟をしていたんだよ。色々、ね?」
「はぁ」
何とも気の抜けた返事だ。
まぁ、いい。
とりあえず息を吸って、覚悟を持って扉を開けた。
扉を開けたら、ナリアッテがにこやかに立って待っていた。
ああ、ナリアッテがまぶしい。




