現実主義者の朝
私は、どうやら相談先を間違えたらしい。
ほぼ酔いに任せて言ってしまった感も否めないが、言ってから少し後悔した。
そうきっと、侍女さんたちの娯楽は少ない。
そんな中に、ちょっとした娯楽を提供してしまったらしい。
「フフフ、それはとてもいいお考えですわ。とことんレイ様モードになっていただきながら、たまにルイ様モードになって団長をひきつけ、団長が少し惹かれ始めた時に、レイ様とルイ様どちらが本当のお姿なのか苦悩する団長。その狭間に悩み苦しみルイ様が女性だと気づいた時にはもう遅く…」
おーい、戻ってこーい。
それから、ナリアッテの言っているような事態にはならないから。
それに、団長と早々会う機会とかないと思うし。
えーっとそれから、ときどき琉生モードって何?
ナリアッテの中では、どういうシチュエーションになっているんだろう?
聞くと恐ろしい事になりそうだから、聞かずにおいた。
それにしても、どうやら時代は団長らしい。
しばらく、侍女たちはこの娯楽を手放さないだろう。
「っは!申し訳ありませんわ。私ったら。この件について、ルイ様を綺麗に着飾る為に集う会とレイ様を徹底的に支える会の両方に会にお伝えせねばなりませんわ。ルイ様構わないでしょうか?」
何とか会がもう一個増えてる…
頭が真っ白になりそうだ。
「う、うん。あっさり団長にあんなこと言われちゃあ、もう予定通りというわけにはいかないからね。レイと琉生を分ける必要性もなくなってしまったし」
はぁ~。
もうどうでもいいかも。
「解りましたわ。会に掛け合って、今後の方針を協議せねば」
使命に燃えているナリアッテの顔は、いつもの倍輝いて見えた。
私の顔はきっといつもの倍暗く翳っていたのではないだろうか?
そうして、風呂入って着替えて寝た。
怒涛の一日だった。
疲れた~
――――――――――――――――――――――
どんなに、疲れていてもやはり目が覚めるのは6時だ。
いつもの習慣で顔を洗って、シーツ直して、服を着替えて、ジョギングに行く準備をする。
するといつものようにナリアッテが入ってくる。
いつもより肌がつやつやしている。
「ルイ様。おはようございます」
「おはよう、ナリアッテ」
「昨日の件、会に掛け合った結果、ルイ様を綺麗に着飾る為に集う会とレイ様を徹底的に支える会が統合されました。その名もル・レイ会です」
短っ!
「で、早速ですが、今のままでは女装趣味の女男との評判が広まり切ってしまうので、周りから固めようと我々は考えました。侍女の連絡網を使い、普段のレイ様の噂を流し、男性像を固めてみました。これだけで、ずいぶん訓練もやりやすくなるのではと思います」
少しジーンとしたけど、気になる単語が。
連絡網…
噂…
「ちなみにどんな噂を…」
恐る恐るナリアッテに聞いてみる。
「物腰柔らかで誠実で紳士的。エスコートも完璧で、思わず連れて歩きたくなる事間違いなし。うっかり目を見ると、動けなくなるので要注意」
どこのホスト…
てか、私はメデューサ?
ナリアッテ、恐ろしい子…!!
「後は既成事実が必要です。ルイ様、今日お暇でしたよね?」
うっ、何も予定が入ってない。
「はい…」
冷や汗が…
「ふふふふふ。では、サロンデビューですわね、レイ様の。皆様に完璧な紳士スマイルをお見せ下さいな」
…ナリアッテ、もう私は何も言うまい。
いつもより遅れてジョギングに出る。
何だか今日は足が重い。
ヴォイドに二日酔いを心配されたが、違うと言っておいた。
「首のお怪我は大丈夫でしたか?あなたをエスコートすると言いながら、あの場で俺は何もできなかった」
少し後悔のにじむ声だ。
本当にまじめだな。
走るペースを少し落とす。
「いや、昨日のは私の自業自得。宗谷氏にも指摘された事だけど、現場近くにいすぎた私にも問題があったと思うし、ヴォイドが悩む事ではないと思うよ?」
「そうでしょうか?」
ヴォイドが、思わずと言った体で立ち止まる。
「うん。ヴォイドはちゃんと仕事を完璧にこなしていたよ。優先順位を間違えず、完璧にね。それはすごく評価のできる事だよ。それだけでは駄目なのかな?」
私も立ち止まり、振り替えってヴォイドの顔をじっと見上げる。
走っていた為か、ヴォイドの顔が少し赤い。
「…いえ。ただ怪我をさせてしまった事が許せなくて」
ヴォイドの瞳に後悔が宿る。
「本人は至って元気だし、痛みもないし傷も残らないし、ヴォイドを責める理由なんてないんだけどな?」
首をかしげて、ニコッと笑う。
うーん、まだ悩みそうだな。
よし。
「それに、私は怪我した事より、団長の男発言を鵜呑みにされた事の方がショックだったんだけど?」
「え?」
「完全に信じてたでしょ?」
「あ、いや、ちが」
「そして、今でも信じてる、と」
「あ、だから、それは」
えいっと、ヴォイドの弁慶の泣き所をけってみた。
これで少しは浮上すればいいんだけど。
クスッと笑って、その場を後にしてジョギングを再開する。
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ヴォイドはしばらくその場で呆然としていた。
爽やかな朝の風を受け、走っていくルイの背中を見て思わず目を細める。
「まったく、人の気も知らないで」
髪を軽くかきあげる。
「貴女には、本当にかないませんよ」
ふっと笑顔が漏れる。
そして、ルイの背中を追いかけはじめた。




