現実主義者の過去話
あ、危ない。
どうやら、今日は飲みすぎたみたいだ。
危うく流されるところだった。
ふぅ~。
一息ついて、宗谷英規に向き合う。
「どうやら、ご心配をおかけしてしまったみたいですね」
「全くだ。ああいうところは、昔に会った時から変わっていない」
え?
昔?
SOYAの本社に謝罪に行ったのは、それほど前の話じゃない。
確か宗谷英規を見かけたのは、それが初めてだったはずだが。
「やはり覚えていないか。2013年コンゴと言えば分かるか?」
2013年?
9年前?
ああ、あれか。
「あの時、あ、そういえば宗谷さんいましたね。確か」
なぜか、宗谷英規が項垂れている。
忘れてた事を少し申し訳なく思う。
「まさか、付いて来る護衛の中に女性がいるとは思っていなかった。当初はかなり不安を感じたものだったが…」
「でしょうね?実際護衛は、全員男の予定でしたから、あの時。それに、女性の派遣は考えものなんですが…」
そうだ。
あの当時、コンゴはだいぶ沈静化していたとはいえ、争いの多い国だった。
豊富な地下資源が、武装勢力への資金流出を起こし国内混乱を助長させ、少しでも東へ行けば武装勢力による女性への虐待が横行していた。
当時国際的に問題視されていたものだ。
それに、選挙が近かった為か、比較的ましと言われていた首都の、キンサーサでさえ、安全とは言い難い状態だった。
少し時期の悪い渡航だった。
運の悪い事に、本来派遣されるはずのチームが別の国に急きょ増援され、たまたま空いていていた私のチームにお鉢が回ってきた。
「確かあの時、来るはずの人員が数名足りなくて、現地調達かこっちの調整チームが行くかって話になったんですよね?」
「ああ確か、それを聞かされた時、信用できる君らに頼んだんだった。それは正解だったようだね。実際君らがいなければ、あの時は死んでいたかもしれない。実はずっと礼を言いたかったんだ。なのにそのままになってしまった」
そう、よりによって同時期に、すわ内乱と言う争いが起こり、宗谷英規共々巻き込まれた。
退路は別チームが確保していたので、無事だったが。
「いやいや、あの時のは仕事でしたから。守るのは当然の事ですし。お礼を言われると逆に困ります」
首を横に振る。
「それでも礼を言いたいんだ。ありがとう」
困った。
非常に困った。
とってもいたたまれない。
「あ、えーと、はい。というか、頭上げてください。本当に仕事だったんで、何というか礼を言われるとどうしていいかわかりませんから」
私がそういうと、頭をあげて苦笑されてしまった。
「そうだ、本当は現地にいた時に聞こうと思っていたんだが、一つ質問いいかな?」
「何でしょう?」
「何のきっかけであの会社に?」
あの会社というのは、今勤めている会社ではなく、前の会社の事だ。
彼の護衛に就くきっかけとなった、某国の警備保証会社。
今は引退し、紹介で日本の企業で事務やら何やらの仕事を7年前からしている。
「成り行きです。故郷に帰ることが許されて、日本でさて何しようかと考えていた時に、私をあの会社に勧誘してきた奴がいたんです」
「許されて?誘われたからって入ったのか?あんな危険な仕事なのに?もっと他に仕事があったんじゃないのか?」
こちらを責める口調になる宗谷英規に、少しうんざりしてきた。
「まぁ、女で入るのは稀らしいですけどね?しかも私は肩書を何も持ってないですし?こんな私を雇うわけがないだろうと思っていたんですが、私の事をどう説明したのか、面接通ってしまいました。雇うやつも雇うやつだと当時思ったりしたものです。もちろん、他の仕事というか、勉強して学校に行こうと考えていたんですが…あ、宗谷さんはハートロッカーって映画観た事はありますか?ずいぶん前の映画ですが、現地でネットで見てて思わず笑ってしまった映画です」
「ハートロッカー?ああ、学生時代に見たな。それが?」
突然何を言い出すんだ?見たいな顔をされたが、話を続ける。
「いやー、日本に住んでいると、どうも自分の存在が希薄になっちゃって。で、つい奴の誘いに乗ってしまったんです。丁度あのハートロッカーの主人公と同じです。あまりにタイムリーだったものだから、おかしくて」
いやー見てびっくり。
なんであの映画見たんだっけ?
ま、いっか。
「待て、それはいつの話だ?」
えーと、日本に帰国したのが2009年だったか2010年だったか。
「2009年ころの話ですよ」
「君が俺より年上でなければ、10代じゃないのか?」
「そうですね。活きの良い10代でした」
思わず遠い眼。
「おかしいじゃないか、何で10代でそんな仕事に就ける?」
さらに追求しようとしてきたので、ストップをかけた。
「うーん。秘密です。プライバシーですし、この話はこれでお仕舞いにしましょう」
ニッコリ笑って、追及を躱した。
やっぱり今日は酔っている。
喋りすぎたようだ。
正直これ以上の事は、人に話したくない。
というか数度会ったというだけの関係で、話せる事でもないのだ。
他人から見たら小さなことでも、当人にすればとても大きな出来事だってある。
だから、まだ誰にも話さない。
*1 コンゴ民主共和国(旧ザイール)。隣国のコンゴ共和国ではなくコンゴ民主共和国。
*2 キンシャサ。キンサーサは琉生の癖




