71 テレサを連れて城外へ
部屋に戻ってベルの紐を引く。程なくテレサがやって来た。
「お呼びでしょうか?」
「貴女が私の世話をしてくださるの?」
「あ、その。正式な任命は落ち着かれてからと伺っておりまして」
(嘘ね)
ヴィセンテがベルシエラを受け入れた以上、蔑ろには出来ない。しかし、現時点ではエンリケ叔父の顔色を伺うのも仕方がない。互いの様子を観察して牽制し合う待機室の様子が手に取るように分かった。
「そう?来てくれてありがとう」
テレサ、と言いかけて急いで口を閉じる。今回のベルシエラは、まだテレサの名前を知らない建前だ。
「それであなた、お名前は?」
ベルシエラは、ソフィア王女に教わった貴族の振る舞いを必死で反芻する。
「灯り係のテレサでございます」
「まあ、そうなの?それじゃテレサは魔法が使えるのね?」
テレサはハッと口を押さえて下を向く。どうやら、この城で誰が魔法使いなのかは機密事項に含まれているようだ。発光石を光らせるには、魔法の力が必要だ。灯り係であるならば、魔法使いで間違いない。
(前回は知らなかったわ。小説にテレサは登場しなかったから、ヴィセンテの復讐とは無関係みたいね)
「安心なさい、テレサ。貴女を困らせることなんかなくてよ」
テレサは俯いたままである。
「私ね、着替えなんて魔法で出来るし、水もお湯も魔法で出せるのよ」
放置された一周目で足りなかったのは食べ物だけだ。テレサがこっそりくれなかったら、ベルシエラは飢え死にしたかも知れない。ベルシエラはテレサに感謝している。
もっとも良妻をやめてからは、麓の村で食べ物を手に入れていた。実際のところ、突出した魔法使いであるベルシエラには、一周目の虐待などたいした影響を与えなかったのである。
ただ、城に味方がいなかったため、数の暴力には押し潰されるしかなかった。今回のベルシエラは、そこをどうにか改善したい。
テレサはそっと顔を上げた。一体何を言われるのやら、見当もつかない様子だ。
「御当主様が元気になったら嬉しい?」
ベルシエラは小声で聞いた。テレサは微かに頷いた。
「そうよね?だったら、付いてらっしゃい」
魔法で散歩着に着替えたベルシエラは、戸惑うテレサを引き連れて城外に向かう。門番小屋からは反応がなかった。
「門番はエンリケ派なのね。まあ、知ってたけど」
門番の居留守を意にも介さず、ベルシエラは通用口に手を当てる。蒼い炎が一瞬点り、鍵はガチャリと外れるのだった。後ろでテレサが息を呑む。ベルシエラは振り向いてにっこり笑った。
「少し歩くわよ」
朝に走った道をてくてく歩く。テレサがいるので走るのは控えた。
(テレサがいると、お姑様とはお話出来ないわね。夕方にでもまた来るかな)
ベルシエラが胸の内で算段していると、先代夫人の幽霊が見えて来た。ちょうどつづら折りの崖下あたりで、退屈そうに浮かんでいる。テレサには幽霊が見えない。やはり声を掛けることは憚られた。
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