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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第二章 夢の貴方を救いたい

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39 何れも夢でも小説でもない

 ベルシエラは、全てを思い出した。無念の死を遂げた時、犯人にも夫にも見えない幽霊と出会ったのだ。それは、城の回廊に飾られた肖像画で観た先代セルバンテス夫人であった。


 ベルシエラは、いつか見た夢の貴婦人は先代夫人だと気がついた。彼女は「エンツォ」「息子」と言っていた。ヴィセンテがエンツォと呼んでくれと言った時、なにか引っ掛かりを感じたのはそれだったのだ。



 監禁場所から逃げ出した()()()のベルシエラは、惜しくもここでエンリケ叔父に撲殺されてしまった。帰りがけに花粉を採取しようなんて欲を出さなければ、と後悔した。拉致された時にもこの花の花粉を集めに来たのだ。ここは道から外れた急斜面である。犯罪にはうってつけの場所なのだ。


 その時、先代セルバンテス夫人の幽霊が現れた。


「ベルシエラさん、あんなに不機嫌な息子を助けようとしてくれてありがとう」

「お(かあ)様ですね?」

「ええ、そうよ。私も魔法の力を買われてここにお嫁に来たの」


 貴婦人は唇を僅かに緩めて、ベルシエラを優しく見た。優しいふりをしているエンリケとは大違いだ。ベルシエラは心の底から安心感で満たされた。



「それにしても、この花の花粉に魔法酔いを和らげる効果があったなんて」

「はい、巡視隊のファージョン様が古い記録から見つけ出して下さったのです」


 ()()()のベルシエラも、巡視隊の世話になっていた。建国よりもなお古いあらゆる記録を今に伝えるファージョン家は、何よりも強い味方であった。


「ですが、呪いが込められた薬を処方され続けたら、完治は難しいですわ」

「そうね。エンツォが薬を怪しんでくれたら、あら?」


 言いかけて先代夫人が何かに気付いた。


「エンツォよ?どうしたのかしら?共の者も連れずに」

「花粉の発見で、少しずつお元気にはなられてましたけど」


 ベルシエラも、ヴィセンテが朝の散歩をひとりでする姿は初めて見た。


「相変わらず不機嫌そうな顔だこと」


 先代夫人は息子に小言を言いたそうだった。



 足音に気が付いたのは、先代夫人だけではなかった。木立の中でしゃがんでいたエンリケも、ハッとして立ち上がる。ベルシエラが事切れたのを確認した後、遺体を魔法で燃やそうとしていたのだ。エンリケはベルシエラほど魔法の力は強くない。杖に長いこと力を込めないと、人を焼くほどの炎は出せないのだ。


 魔法を中断して、エンリケは慌てて木陰に身を潜める。ヴィセンテはつづら折りの路を伝って、ぶらぶらと現場に差し掛かった。


「おや、あの花は」


 ヴィセンテは言葉を溢して花樹に近づく。


「ガヴェンの手紙にあった、魔法酔いの薬になる花じゃないか。ベルシエラさんが枝ごと見せてくれたっけ。こんな急斜面から採ってきてくれていたのか!」


 ヴィセンテの顔には、驚きと共に苦味が現れた。


「そんなにも真剣に僕の病気と向き合ってくれたのに、酷い言葉ばかり浴びせて。僕はなんて嫌な、弱い奴なんだ」


 自責の念に苛まれながら、ヴィセンテは急斜面へと一歩踏み出す。


「危ない!」


 ベルシエラと先代夫人は、二重の意味で注意を促す。病人にこの傾斜はきつい。そして、木陰には殺人犯が潜んでいるのだ。だが、幽霊たちの声は、ヴィセンテには届かなかった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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