※書籍化お礼SS-侯爵令嬢、再び誓うー
お久しぶりです。『かの侯爵令嬢に転生したので今度は絶対に生き残ります!』書籍化のお礼を兼ねてSSを書かせていただいたので、よければ楽しんでくださると嬉しいです^^
フィンベリオーレの王は他国に名を馳せるほど勇猛果敢だと、国民なら誰もが口を揃えて言う。
人には本来宿らぬ魔力を膨大に持つイザク陛下は、その存在自体が他国にとって脅威である。彼が王として君臨するだけで、領土の拡大を狙う周辺諸国の牽制になり、国の治安は守られるのだ。
国民はそんな彼を誇りに思い、中には神聖視する者も少なくない。
しかし――――そんな彼が、失うことに関してのみひどく臆病だと、シエナ以外の誰が知っているだろうか。
「陛下、ねえ、私なら平気だから……そろそろ王宮に戻りませんか?」
そう言うシエナの細い足首には、真っ白な包帯が巻かれている。今はネイフェリア邸の自室のベッドに腰を下ろしているのだが、シエナの足元には何と、イザクが膝をついていた。
王が膝をつくなど何事かと最初に一喝したのは三日前。
ルビーのような瞳に下から見上げられることにもすっかり慣れたシエナだったが、まあ要するに……イザクはシエナが怪我を負った三日前からずっと、王宮に戻らずネイフェリアの館で過ごしている。
「すまなかった」
シエナの足首へ視線を落とすイザクの声は固い。この謝罪はすでに三十回は聞いているので、シエナはこちらも三十回目となる台詞を吐いた。
「陛下のせいじゃありませんよ。お休み中の陛下に背後から近寄った私が悪いんです」
そう。事件は三日前にさかのぼる。
疲れからか、はたまたシエナの前だから気を緩めていたのか――――イザクが館の窓辺で珍しくうたた寝をしていた。陽光が差しこんでいるとはいえ、風は冷たいのでそのままでは風邪を引いてしまう。そう思ったシエナは背後からブランケットを持って近寄ったのだが、それがいけなかった。
国王ゆえ危険にさらされることも多いイザクは、シエナの足音に反応し、とっさに身をひるがえして立ちあがった。そして、それに驚いて一歩下がったシエナが足を捻ったのが事の顛末だ。
正直シエナとしては、普段あれほど長生きするため鍛錬しているくせに鈍くさく転んだなんて記憶から葬り去りたいくらいだ。本気で消したい。前世で中二の頃に書いていたポエムと同じくらい消してしまいたい記憶である。
が、シエナが前世のポエムノートの心配をしている暇はなかった。
何故ならイザクがシエナの怪我に責任を感じ、それから三日、この館でシエナの世話をかいがいしく焼きはじめたからだ。勘弁してもらいたい。
(だから、私の忘れたい失態なんだってば……!)
「でも、痛むんだろう?」
長い睫毛を伏せてイザクが問う。シエナはこの三日で見慣れたイザクのつむじをそっと指で押した。
「……っ。何を……」
「痛むのは胸です。この三日、私の世話を付きっきりでして……私が眠ったあとに王宮から持ちこんだ書類仕事をしているでしょう?」
「お前が気に病む必要はない。俺が……」
「でも」
シエナは低い位置にあるイザクの目元を、親指でなぞった。彼の薄い皮膚には、濃いクマが浮いている。
疲れていたからうたた寝をしていたのだろうに、シエナが怪我をしたことでイザクは余計疲労を溜めたに違いない。そう思うと、シエナは胸がチクリと痛んだ。
(私のために、ここまで……)
相変わらず、愚直なまでに真っすぐな人だ。不器用で、どうしようもなく優しい。
「クマができてます。顔も青白いわ」
「平気だ」
「陛下」
「それより、本当に足は」
「イザク」
諫めるような――――しかし優しさを織り交ぜた声で名を呼ぶと、イザクは隻眼をゆがめた。まるで迷子の子供のような表情だ。
シエナがイザクの動きを待っていると、彼はぽつりと零すように言った。
「迷惑か?」
「いいえ。でも心配、かな」
シエナはイザクの手をとって立ちあがらせ、ベッドの隣に座らせた。二人分の重みを受けて沈んだベッドの上、そっとイザクの大きな手を握る。落ちつけるように何度かその手を指の腹で撫でると、イザクは肩の強張りを解いた。
「――――――怖いんだ」
「……怖い?」
シエナが聞き返す。勇猛果敢だと他国に知れ渡るイザクからはかけ離れた言葉だ。しかし、イザクは自身のてのひらに視線を落とし、自嘲気味に言った。
「自分がこれほど臆病だとは思わなかった。今回はただの捻挫だったが、もしお前が……」
イザクの手が伸び、シエナの髪を耳にかける。しっかり目が合うと、イザクの中に潜む怯えが垣間見えた気がした。
「もしお前が……命に関わるような怪我をしたらと思うと、心臓が凍りそうになる。怖くて……片時も離れたくないんだ」
「陛下……」
「シエナに会うまで、こんな気持ち知らなかった。お前が教えてくれた気持ちだ。でも……」
イザクはシエナの腰を引き寄せ、足に響かないよう優しく抱きしめた。
「どうやらお前は、俺を弱くさせるな」
「……!」
弱々しく微笑むイザクに、シエナは胸のあたりがギュッとなった。
怜悧冷徹で、冷厳とさえ言われるイザクの、唯一の弱みが自分であることに動揺が隠せない。
(だって、望めばその魔力だけで、世界の勢力図さえ変えてしまえる人なのに……)
臆病になるのか。シエナの前でだけ。シエナのことでだけ。
(そんなのって…………どうしよう)
嬉しいと、思ってしまった。己のせいでイザクが脆くなるとしても、たった一人、自分だけがイザクを変えるのだと思えば、胸のあたりが温かくなる。
だって、臆病なイザクだって、シエナは大好きなのだ。
「……不安がらなくても大丈夫ですよ、陛下」
シエナは力強い声で言った。
「シエナ?」
「私、誰よりも長生きする予定なので」
イザクはシエナを抱く腕の力を緩め、切れ長の瞳を丸める。シエナは口の端を上げ、蠱惑的に笑った。
「私が陛下の弱みになっちゃうなら、ますます死ねないわ。だから安心してください」
シエナが悪戯っぽく抱きしめ返すと、イザクはややあってから、シエナの背に腕を回し参ったように言った。
「……お前にだけは、本当に勝てないな」
「それは嬉しいですね」
目を見合わせて笑うと、そのまま二人ベッドに倒れこむ。寝不足で体温の高いイザクの胸に耳を寄せていると、ややあってからイザクの寝息が聞こえてきた。やはり疲れていたのだろう、鋭角的な美貌からは想像がつかないほど無防備な横顔だ。
そして、そんな安らかなイザクの寝顔を見て、シエナはあらためて誓いを立てた。
かの侯爵令嬢に転生したので、今度は絶対に生き残ります! と。
コロナで大変な時期ではありますが……いよいよ明日5/27に発売されます^^
とっても美麗なイラストは山下ナナオ様が描き下ろしてくださいました!
本編大幅加筆に加え、イザクの前世が判明する番外編やシエナとイザクの後日談などが三本収録されておりますので、web版との違いを是非楽しんでくださると嬉しいです。
特典や通販できるサイト一覧については、活動報告をご覧ください。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
皆様の本棚の一冊になれることを願っています。




