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TS☆ふぁなてぃっく!  作者: 烏丸
第三章
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奏の微かな変化

 その日の放課後、未来は奏に会うために彼女の教室をもう一度訪ねていた。昼間のような、廊下からちょこっと覗くだけでなく教室に直接入って奏を呼ぼうとした未来。しかし、彼女の姿は教室にはいなかった。不思議に思った未来は教室に残っていた人たちに奏の居場所を伺うことにした。


「あのー、ちょっといいかな? 奏ちゃ……いや、相田さんを探しているのだけど、どこに行ったか知ってるかな?」


 男子は奏の名前を聞いただけで震え上がり、未来から目を逸らしてしまう。未来はその男子の反応に再び疑問が浮かんだ。最初に奏の様子を見に行った時も感じた微かな違和感。

 自分が入れ替わって奏として暮らした時、男子は奏に対してそこまで恐れていただろうか。少しは男子に対しては近寄りがたい雰囲気を前々から醸し出していた奏だったが、名前を出した人物の顔を見れなくなるほど恐れてはいなかったはずだ。

 未来はその時点で嫌な予感が頭を過った。もしかしたら、奏の催眠術はまだ解かれていない。

 恐縮しきった男子に代わって、女子が未来のために答えを出してくれた。


「相田さんなら部活に行ってると思うよ。武道場にいると思う」


「……ありがとう。そこに行ってみるね」


 居場所を教えてくれた女子にお礼を言って、未来はモヤモヤとした気持ちを心内に秘めながら武道場へと向かった。

 未来は武道場の扉の前で立ち止まり、中の音を聞く。竹刀が打ち付けられる音がひっきりなしに聞こえ、更に人の奇声も遅れて未来の耳に入ってきた。部活は予定通り行われているようだ。未来は一度深呼吸してから武道場の扉を開けた。

 中で繰り広げられるのは試合の練習だろうか。しきりに相手の体に竹刀を当てて、動きを注意されている。未来は部員が数人いる中で奏の姿を探す。しかし、全員が防具を着用し、面という名のヘルメットを被っているので見分けが付かない。

 その途中で、未来に気づいた女の子の部員が彼女に声をかけてきた。


「どうしました? もしかして、入部希望者ですか?」


「あ、いえ……。相田さんに用事があって……」


「ああ。そうでしたか。今呼んできますね」


 女子はすぐに未来を背にして奏の元へと向かう。親しそうにしている女子は『相田っち』という愛称で奏を呼んだ。呼ばれた本人は小手を外してから面を脱いで、自分の顔を未来に見せた。それから未来の元へと歩き、彼女に対して笑顔を絶やさないでいた。いつもと変わらない奏の表情に少しだけ安心した未来だったが、その安心はすぐに崩れ去ってしまった。


「それで私に何の用事でしょうか? あなた、私と会ったことありました?」


「え?」


「あ、ご存知だとは思いますが、私の名前は相田奏と申します。あなたのお名前は?」


「じょ……じょーだんキッツいなあ……。入れ替わった仲じゃん……!」


 気丈にも振る舞う未来を見た奏。しかし、未来の思いは届かず、奏は怪訝そうに頭をもたげるのだった。自分のことを忘れてしまっている奏に、未来の心は傷つけられる。普段はこんな冗談を言い合っていても、本当に言われてしまっては辛いのだと未来は知った。

 未来は不本意ながらも、もう一度奏に自己紹介をした。


「……ごめんなさい。私の名前は神野未来っていいます。よろしくお願いします」


「ええ。よろしくです。ところで、どうして私を呼んだのですか?」


「それは……」


 あなたが変身の能力を持っていて、催眠術を能力にしている男を倒すための作戦会議をしよう。

 こんなことを今の奏に言ってしまえば、変人の烙印を押されてしまうに違いない。かと言って何の用事もないと言ってしまっても奏は疑うだろう。未来は今の状況で言える選択肢を考えて、言葉にした。


「実は入部を考えていて……それで、巷で噂の相田さんの練習風景を見てみたなー……なんて」


「え? ……私、そんなに有名になってるの?」


「え、ええ。一部の人たちには結構人気があるんですよ」


「……神野さん」


 奏は未来の手をギュッと握りしめると、涙目になって喜び始めていた。


「一部の人たちっていうのは……もしかして、私と同じ人たちってこと?」


「は……はい?」


「そうなんですね? ああ、つまり神野さんもそうなんですね? ね?」


 奏は何を言っているのだろうか。主語を交えない会話に、未来は汗をタラっと流しながら必死に奏の言いたいことを詮索する。奏は不思議と未来に対してある感情が芽生え始めていた。


「よく見なくても可愛いですよね。神野さんって……」


「え……ええっ!?」


「……うん。神野さん! 是非剣道部に入りましょう! そして私と愛を育みましょうよ!」


 未来はようやく奏が言っていたことを理解した。つまり、今の奏は極端な性格になっているのだ。前はゲージがやや女性よりになっていたのを、今はもはや振り切っている。


「……こんなの、奏ちゃんじゃないよ」


「何か言いました?」


「ねえ奏ちゃん! 目を覚ましてよ! 奏ちゃんが好きな人は女の子じゃない! 男の子でしょう!?」


「男の子は嫌いですよ? 大っ嫌い。世の中の男子は皆滅べばいいとさえ思ってますし」


 そんな……。

 この後、見学を続けた未来だったが、一度足りとも奏の方に目を向けることはなかった。

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