唯一残った最後の希望
未来は深い眠りから覚めた。地面に寝転がっていた未来は何故自分がここにいるのか分からなかった。それはひとえに目が覚めてまだ脳が活性化していないからだった。
「あ……そっか。私……」
次第に脳が働くためのスイッチがonになっていく。それと同時に、未来は自分が置かれた状況を思い出し始めた。未来は今時分、起きたことを思い返す。
……奏に捕縛された未来は、真琴の意識が書き換えられていく光景を黙って見ているしかなかった。最後の方は目を逸らしてしまい、最後まで直視することは未来には酷だった。
真琴の洗脳が終わって、和島が未来へと近づく。
「それじゃあ、催眠開始」
その和島の一言で、未来の意識は混濁する。そして、和島は未来に向かって催眠を施した。和島の一語一句、全て未来は覚えている。
「そうだな。お前はTSFに関する記憶を全て消去してもらおうか。君は表向きの顔がお似合いだよ。これからは表も裏も表向きの顔で暮らすんだ。誰もが羨むお姫様の誕生だよ」
「くっ……! アンタなんかに負けない……負けてなるものですか!」
「その文句も聞けなくなるとは、オレもちょっと寂しいよ。でもこうしないとね。君はイレギュラーだから」
そこで未来の意識は途切れ、今に至ることになる。
和島の催眠に掛かっているとしたら、自分はすでにTSFに関する記憶が無くなっているのだろう。それを恐れた未来は真琴たちと過ごしていた記憶を思い返す。
「女体化の真琴ちゃん……変身の奏ちゃん……入れ替わりの明日香ちゃん……憑依の諌見ちゃん……あれ?」
全員の能力と名前が、自然と脳内から引き出すことができた。嘘ではない。昨日までの出来事を思い出すこともできる。
「覚えてる……私、みんなとの思い出。覚えてるよ……!!」
自分は催眠に掛からなかったんだ。その事実だけで未来は泣きそうになった。自分が掛かっていないなら、もしかしたらみんなも掛かっていないかもしれない。その希望が絶望の淵に叩き付けられていた未来を元気づける。
ここで泣いてる場合じゃない。
未来は腕で涙を拭って、すっくと立ち上がる。スマホを見れば、授業はすでに始まっていた。まずは自分の教室に行かなければ。そう思った未来は廃墟に無造作に置かれたカバンを手にとって学校へと歩き出した。
未来のクラスは彼女が遅れて来たことがちょっとしたニュースになっていた。いつもは笑顔を絶やさない未来も、この時ばかりはさすがに苦笑いをしていた。クラスメートたちは授業中に未来が入ってきたことで騒然とする。
ある男子は未来を拝み、またある男子は未来に近づいて彼女の手を握って無事を喜び合う。
「どうしたの未来さん! 遅れて来ちゃって……」
「あ……うん。ちょっと色々あってね……」
クラスメートに、男によって真琴たちが洗脳されてしまったなんてことは言えない。とりあえず、家の事情ということにして、事は終わった。
真琴、奏、明日香の無事が気になった未来は休み時間に彼らの様子を覗くことにした。それぞれの教室へと足を運ぶ未来。こっそりと廊下から教室の中を覗いた。
明日香は椅子に座って、教室の中で他の女子と話し込んでいる。
良かった。明日香ちゃんは無事なんだね。でも……。
教室の中を見たが、真琴の姿を発見することはできない。長居するわけにもいかない未来は、明日香の無事だけを確認して教室から離れていった。
まあ、放課後とか、明日の朝でも遅くない……か。
未来は、次に奏の様子を見に行くことにした。真琴と明日香の教室と同じように廊下から教室の中を覗く。
奏は中で読書をしているようだった。女子に話しかけられた時は笑顔になって談笑しているが、男子が彼女の体に触れてしまった瞬間、竹刀を取り出してその男子を叩いている。
「アンタね……男の分際で私に触れるとはいい度胸してるじゃない。お詫びに竹刀でぶっ潰してやるわ」
「ちょ、ご、誤解だって相田さん!」
「問答無用! 死ね!!」
男子もわざとではないが、涙目になって否定していた。
……いつもと同じ、かな?
彼女と入れ替わって暮らしたことはあったが、彼女の教室の様子は未来は今までに見たことがない。一応、男の子を嫌っているような素振りの奏は未来が今までに見ていた奏の人物像と一致している。
奏も、もしかしたら催眠に勝ったのかもしれない。そう思った未来は奏も無事だと確信した。
ここまで確認して、奏と明日香が問題ない。和島の催眠術も大したことのないじゃないか。思わず未来は心の中で和島に嘲笑を送った。
次はこっちから反撃してやるわ。放課後はその相談に行かないとね。まずは奏ちゃんに会いに行かなきゃ。きっと奏ちゃんならいい作戦を思いついてくれるに違いないよ。
二人の無事を確認した未来の気持ちは舞い上がっている。それはクラスメートの男子の目にも明らかだった。
「どうしたの未来さん? 何かいいことあった?」
「え? うーん……そうだね。凄くいいことだよ」
未来は再び席に着き、安心した気持ちで授業を受け始めた。




