真琴と未来に忍び寄る敵
諌見と明日香が和島の手に堕ちた次の日の朝になった。
その事実を知らない真琴はいつも通りに朝を起き、身支度を整え、学校へと歩き出した。彼の登校タイミングを見計らったように、未来が彼の傍に寄ってくる。
幾人の同じ学校の生徒がいるためか、未来は猫撫で声で真琴に媚びるように話しかけた。
「おはよう真琴君。今日も素晴らしい朝だね」
真琴は、どうにも未来の表の顔は好きになれなかった。彼女がその顔をしている時に、真琴が嫌な思いをしたからであろうか。とにかく、いつも素を見せている彼女が偽って接してきているのが、真琴にとって不快だった。
「俺にとっては、その偽りの仮面を毟り取ってやりたい朝だがな」
「きゃー、真琴君ったら冗談言っちゃって」
刹那、真琴は殺気を感じる。慌てて後ろを振り向くと、そこには未来のクラスメートが歩いていた。真琴を睨みつけて歩いているのは、先ほど真琴の言葉のせいだろうか。その眼は『未来さんに向かってなんて口の聞き方だ』とでも言わんばかりだ。
あまり敵を作っても学校に居づらくなるだけ。仕方なく、真琴は表面上だけは仲良くすることにした。
「は……ははは! 今日もいい天気だなー未来!」
「うん、そうだね真琴君!」
二人の仲良さそうな光景を眺めて、未来のクラスメートたちは安心して登校を再開した。それらがいなくなって、真琴はため息をつく。
「はぁ。こういう時に奏が居ればなあ……」
「呼んだ?」
いつの間にか、真琴と未来の後ろに奏が立ち止まっていた。声をかけられた真琴は後ろを振り返ると、奏の姿にビックリして思わず飛びのいてしまった。
「おうわっ! 奏、いつからそこにいたんだよ!」
「いつからだろうね? 分からないや」
奏の調子が少しだけおかしいと真琴は思った。まあ、朝から同じテンションでいられるのは寄り添っている猫かぶり女くらいしかいないだろう。それ故、真琴はそれ以上詮索するつもりはなかった。
未来は笑顔で奏と向き合う。彼女に対しても表向きの顔で接している未来。
「おはよう。奏ちゃん」
「…………」
「あ、あれ?」
いつもならば、悪態の一つくらいはつくかもしれない。しかし、今日の奏は未来を一瞥するだけで無視を決め込んだ。
未来は怪訝な顔を浮かべて、それから心の中で結論を出した。
そうか。今日はそういうプレイなんだね奏ちゃん!!
どんな時でも前向きなのが未来の誇るべきところだが、ある意味でそれが裏目に出てしまったのが今回なのかもしれない。
奏は真琴と未来の顔を見比べて、手で招くような仕草をした。
「ちょっと来てもらいたいんだけど、いいかな?」
「え? 俺は別に構わないが……」
真琴は未来の様子を伺う。彼女も不満そうな表情はなく、快く承諾していた。
「私もいいよ。どこに行くの?」
「……私についてきてくれるだけでいいから」
そんないつもより大人しい奏に、真琴と未来が連れていかれる。
奏が指定した場所は、学校の傍の廃屋だった。廃れきったこの家には、学校から入ってはいけない場所の一つとして数えられている。それなのに、真面目な奏が入っていくのに真琴は疑問を感じた。
柵を越えて中へと入る三人。完全に侵入してしまっては、先生に見つかったら怒られるだけじゃ済まないだろう。
廃屋の中へと入り、奏はそこで立ち止まった。ここで何を話すというのか。真琴と未来はお互いの顔を見合わせていた。
「話すことっていうのはね……」
神妙な顔つきで語り始める奏を、真琴と未来が固唾を呑んで見守る。
「……君たちを洗脳する」
その瞬間、真琴と未来の左右に現れた人影。一方は諌見で、もう一方は明日香だった。仲間がすでにここにいたということにも真琴は驚きを隠せなかったが、それ以上に驚くことがあった。
それは、二人とも自分の命を狙っているかのような鋭い目つきをしていたのだ。
真琴は未来を抱き寄せて、後ろへと跳躍する。諌見と明日香の攻撃は真琴たちに当たることなく、地面が犠牲になっていった。
地面に着地した真琴は未来から離れて動けるようにさせてから、襲い掛かってきた二人を見た。
二人とも、いつものような元気そうな雰囲気は鳴りを潜め、砂漠さえも一瞬にして氷河へと移行させるような冷たい眼差しが真琴の心を抉る。
まさに、人形の眼そのものだった。
「ど、どうしちゃったのよ二人とも! クール通り越して寒いよその目は!」
未来は素を出して二人に話しかける。意識が混濁しているその瞳に、未来が映ることはない。その目は真琴を見つめていた。
「また……能力者なのか」
「え!?」
「未来、今度の能力は何なんだ? お前なら分かるんだろ?」
未来はこの状況下で合致するようなTSFの能力を考える。憑依、入れ替わり、変身、女体化、皮は既出だ。それ以外の能力で人を操れるものはあるのだろうか。
……ない。未来の導き出した答えは絶望的だった。
未来は額に汗をかきながら、自分の考えを真琴に伝えた。
「……ごめん真琴ちゃん。思いつかない」
「何だって!? そんなはずないだろ。俺たちの能力はTSFとかいうジャンルと似通っているんじゃないのか!?」
「それで考えても分かんないんだよ!」
「だったら、こいつらは今までの顔は偽物で、今日、本格的に俺たちを殺しに来たって言うのか!?」
いつもならば未来が簡単に能力の解説を行ってくれるはずの彼女が行ってくれない。いつもとは違うこの状況に、真琴は思わず未来に対する口調が強くなってしまっている。それだけ彼も焦っていたのだ。
「そんなわけないよ! 明日香ちゃんも諌見ちゃんもみんな良い子に決まってる!」
「……オレの能力、楽しんでくれているかな?」
その時、廃屋という物語の舞台に人物が一人加わった。大学生だろうか。社会人にしては顔つきが幼く、逆に高校生だと大人びている。ジャケットにジーンズといった普通の恰好をしたその人物は、諌見と明日香の間に来ると、真琴と未来をあざけ笑った。
「ああ。オレの名前は和島という。以後、お見知りおきを。まあ、お前たちもすぐに今の記憶がなくなるんだけどな」
「能力? 記憶? 何を言ってるの!?」
未来は和島に対してキッと強い目つきで睨みつける。しかし、すでに仲間を多く従えた和島には効かなかった。
「お前は神野未来か。言葉のとおりだよ。オレの能力で、お前たちの記憶を一からやり直す」
「能力!? ハッ! バカなこと言わないで! どこのTSFにそんな能力があるっていうのよ!」
「TSFとは少し違うな。オレの能力は……催眠」




