準備完了
奏と真琴は明日香たちがいる場所へと行った。奏は明日香と共にいる女の子に頭をもたげたが、すぐに未来だと感づいた。自分が傷つけてしまった手前、何かと明日香と目を合わせづらい奏はバツが悪そうに彼女から目を逸らした。
「ん? どうしたのかな姉?」
一方の明日香はそんなことを気にしていないようなそぶりで、屈託のない笑顔を奏に送った。
真琴がそっと奏の背中を押して、奏はようやく明日香と向き合った。
「明日香……その……ごめんなさい。私、あなたを攻撃しちゃって……」
「気にしてないよかな姉。それより、もう大丈夫なの?」
「明日香……」
彼女の優しさに心がキュッと痛くなり、奏は思わず涙ぐむ。それに慌てる明日香だったが、奏は笑いながら瞳から涙をこぼしていた。
「うん。大丈夫。明日香の優しさがとっても嬉しいの」
「そっかー。びっくりしちゃった!」
明日香と奏の二人が仲直りしている傍らで、真琴と未来が二人の様子を生暖かく見ていた。未来は真琴に向かって軽く肘打ちして、イタズラっ子のような表情を見せる。
「やるじゃん。真琴ちゃん」
「俺はあんまり活躍してねーよ。奏がうずくまって、何か呟いてたんだ。そしたら立ち上がって吹っ切れてたってわけだ」
「へー、不思議なこともあるもんだね」
「もしかしたら、奏の母が助けてくれたのかもな」
未来は真琴の正面に向かって、ニヤニヤと表情を変えていく。皮を被っているせいで別人のその姿だったが、真琴はぼんやりと未来本来の姿が浮き沈みしていくような感覚を覚えた。
「そんな謙遜しなくてもいいんだよぉ? もしそれだったら幽霊の仕業ってことになるけど、あの一件以来幽霊怖がりになった真琴ちゃんはいいのかなあ?」
「いいんだよ。そんな幽霊なら大歓迎だ」
爽やかで清涼感溢れる表情をして、真琴は奏を見つめている。
少しだけその視線が気に食わなかった未来は、ちょっとだけ彼をからかうことを決めた
「じゃあ、今日の夜に真琴ちゃんの家に忍び込んでラップ音鳴らそっと」
「それは止めろよ!」
「えー、ここで宣言したら人間の仕業って分かるでしょう? だったらいいじゃん」
「お前なぁ……」
ため息をつきながらも、未来に付き合う真琴。未来は、これで自分を見てくれてることを認識した。何故か、先ほどの視線で、未来は真琴が自分から離れてしまうのではないかと不安になった。
奏ちゃんには悪いけど、真琴ちゃんは私を見ててほしいなって。
独占欲が未来の心を支配しそうになったが、彼女は抑えた。自分の欲を認めてしまうと、このバランスが崩壊してしまう。証拠はないが、未来は確信していた。
一段落した奏は別人の姿になっている未来と向き合う。いつもの反撃か、奏は未来の姿に失笑した。
「フッ……。未来はそのままの姿でいいんじゃない? とっても似合ってるわよ」
「な、何を!?」
「特に胸が相応の姿になってていいと思う」
今の未来の姿では、胸はさほど大きくない。未来は胸を両手で隠して、奏に向かって怒りを見せた。
「ちょ、ちょっと! 奏ちゃんが良くても、この皮になってる人は可哀想じゃないの!」
「意外と正論を言うんだね……」
「もちろん! じゃないとこの子、一生皮のままだもん」
「ごめん未来。さっきのは冗談」
そう言って奏は、自分の中に取り込んだ新たな力を使用する。すると、未来を纏っていた皮が剥がれ、中から未来の本当の姿が現れた。破けた皮は奏が手をかざすと接着していき、元の形へと戻っていった。皮が膨らみ、人の形へと変化する。
ちょうど良い大きさになったかと思うと、皮になっていた少女は目を覚ました。起き上がって辺りを見回すが、未来以外知らない人たちに囲まれていた少女は目を点にしていた。
「あ、あれ? 私は一体何を……」
「ここで気絶してたんだよ」
クラスメートの前だからか、未来はすでに猫かぶりモードへとなっていた。
突然の変化に明日香だけが戸惑っている。
「かな姉、どうしてみら姉がおかしく――ムグッ」
「さーてと、私たちは帰ろうっか。ねえ明日香ー」
言うが早いか、奏は明日香の口を塞ぐと、そそくさと廃墟から帰っていった。
残った真琴と未来は少女に理由を話し、廃墟探索を続けることにしたのだった。
夜になり、真琴たちも帰った廃墟に一人の男性が佇んでいた。その男性の名前は和島という。至って普通の大学生のような風貌をしているその男性は、ジーンズとジャケットを着こなしていた。
和島はジーンズのポケットに両手を入れてぼんやりと歩いているうちに、廃墟の横で倒れていた男を見つけた。彼はその男に声をかけて、目覚めを促進させた。
「大丈夫か?」
「う……うう。俺は……」
記憶喪失なのだろうか。男は頭を掲げながら何故自分がこんな場所に居るのだろうと疑問でいっぱいだった。とりあえず、助けてくれた人に感謝しなければ。
そう思った男は立ち上がりながら声を出した。
「すまねえ。助かったぜ」
「いや、この程度構わないさ」
こいつは俺の知り合いだろうか。フレンドリーに話しかけてくれる和島を男は記憶から辿ってみるが、脳内に現れるのは『一致する情報は見つかりませんでした。』という文章だった。
怪訝そうな表情を見せる男に、和島は優しげに語りかけた。
「今までありがとう」
「え? 俺、何かしたのか?」
「まあ……な。その礼を言いたかっただけだ」
和島は怪訝を通り越して変質者を見るような目線になってきた男に向かって、ライターを目の前で差し出す。それから、即座にライターを点火した。
夜という暗闇の中で赤々と燃え上がるライターの炎。男はその炎に目が釘付けになってしまっていた。
「あなたは今の出来事を忘れる。忘れて、自分の家へと帰る。いいね?」
「あ……ああ」
ぼんやりとした表情をしながら、男は魂が抜けたように歩いて廃墟を出て行った。
再び一人きりになった和島はライターを消火してからポケットの中にしまい込む。そして、独り言を呟いた。
「やはり、神野未来か。イレギュラーな存在だよ彼女は……。だが、準備は整った。後は進めていけばいいだけだ」
オレの張った結界は完璧だ。さあ、仲良しこよしの君たち。準備はいいかな?




