戻る未来
真琴はカメラを持った少女を追って廃墟の二階へと向かう。コンクリート製の階段はまだ形を保っており、気をつけなくても比較的簡単に登ることができた。
二階は一階よりも悲惨な風貌となっていた。それも二階の窓ガラスが割れてしまったことによるものだった。雨風を受けた二階の壁は腐食し、コンクリートがあちこち砕けてしまっている。床にもひび割れがあり、真琴が遠くを見つめると崩れてしまった床もあった。
そんな危ない場所で、少女は激しく興奮しながらカメラに背景を写し撮っていた。
「おい!」
「……え?」
真琴に呼ばれて後ろを振り返る少女。カメラを手から離さずに、少女は真琴をジッと見ていた。
コイツが鍵を握っているはずだ。未来をこんな目に合わせたのは……コイツなのかもしれないからな。
真琴はあくまで警戒心を怠らず、真剣な眼差しで少女に話しかけた。
「未来が倒れてから……君は何をしてたんだ」
「倒れてた……あ、ご、ごめんなさい」
「……どうして謝るんだよ?」
少女は真琴から目を逸らしながら、唇を噛み締めて憂いを見せていた。
「何だか分からないんです。急に、未来さんを気絶させたくて堪らなくなって……クロロホルムを……」
「……おい、そんなことしていいと思ってるのか?」
何がしたいのか分からない少女に向かって真琴の怒りのボルテージが上がっていく。真琴は早歩きしながら少女に近づき、心無い言葉を投げかけていく。それは、未来を大事に思っているからこそだった。
「それから……」
「え?」
「それからだよ! アイツは……未来はどうなったんだ!」
「えっと……すいません。その後は急に記憶が無くなって……」
「嘘だろ?」
「嘘じゃありません。本当なんです信じて下さい!」
どうにもこうにも、少女の記憶が曖昧で不確かだ。これ以上追求しても、真琴が望む答えは得られないだろう。
万事休すか……。
真琴はため息をついてしまったが、脳内にある想像が浮かび上がった。先ほど偽物の未来がナイフで物を斬った時、その物は布というか皮のようなものに変化した。
そして、未来を斬ったら中から男が飛び出してきた。
未来がおかしくなったのは少女と未来が二人きりになった時。じゃあ……本物の未来はどこに?
そこまで考えて、真琴は怯えている少女を見つめた。
そんなことあり得るのか……? いや、未来ならあり得るって言うかもしれない。そういうTSFだってあるって言うかもしれない。
「お前……未来、なのか?」
「え?」
少女は首をかしげて真琴に対して訝しがる。確か、偽物の未来は記憶を有していた。なら、明日香の入れ替わりの能力みたいに他人の記憶に支配されているんじゃないか。
真琴はそう確信した。事件の前と後で雰囲気が変わらないのは彼女だけだ。
真琴は未来としての記憶を呼び起こさせるために、少女の肩に手をかけた。そして、必死に叫ぶ。
「なあ未来……! 目を覚ませよ。お前はそんな弱いヤツだったのか?」
「な、何を言ってるんですか? 私が未来であるはずがないじゃないですか」
「……だったら、これはどうだ」
真琴は少女の目の前で女の子に変身した。制服がセーラー服へと変化し、体つきも女の子らしく丸くなっていく。
本来ならば驚かなければならない少女だったが、彼……いや、彼女の姿に既視感を持っていた。それが何故だかは少女にも分からない。だが、少女の瞳に映る女の子は少女の何かを目覚めさせようとしていた。
「ほら、お前の好きな姿だぞ。最初はこれだけで鼻血出してたじゃねーかよ……」
「は……鼻血……」
次第に少女の記憶に見知らぬ記憶が書き込まれていく。それは真琴と過ごしたかけがえのない日々。そして、名前も顔も知っている見知らぬ人達との出会い。
少女の中で、何かがはじけた。
その時から、真琴を見る目はキラキラと輝いていた。
「ま……真琴ちゃん……! 私……記憶が……!!」
「ああ……!」
「ありがとうね、真琴ちゃん。私のために……」
「か、勘違いするなよ。俺は別にお前に惚れてるから助けたわけじゃないんだからな」
「うへへぇ……そんな姿でツンデレだと鼻血出ちゃうよぉ~」
姿は違くても、その雰囲気は確実に未来だった。未来は自分の記憶を取り戻したのだ。
姿を戻すのは後で考えよう。真琴は、今は未来が戻ったことにただ安堵していた。




